ものごとの三つのレベル/文化の企画力/「文句のある奴は前に出ろ」
Posted at 06/09/24 PermaLink» Tweet
最近、どんなことでも三つのレベルがあると考えると分かりやすいな、と思うようになった。
『王様の仕立て屋』に書いてあったことだが、服飾の分野で服装には「クラッシック」と「モード」と「カジュアル」の分野があるのだそうだ。モードは流行を追うけれども、一人前の人間はクラッシックを着こなせなければいけないという共通意識がヨーロッパにはあるのだという。とあるサッカー選手が日本ではモードを着こなしてセンスがよいと思われていたけれども、クラッシックを着ない彼はヨーロッパでは一流とは認められなかったという話である。(このテーマを扱った話はまだ単行本化されていない)
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クラッシックスーツというのは不易流行で、イギリスやミラノ、ナポリなどの老舗の仕立て屋街で作られるものが基準となるようだ。つまり町の仕立て屋できちんと仕立てた背広を一着は持っていないと、ということらしい。私も吊るししか買ったことがないので資金が出来たら一度きちんと仕立てなければいけないと思っている。
吊るしを買うということは結局はモードのもの、昔の言い方で言えばDCブランドのものばかりを買っていたと言うことになる。モードは分かりやすい。クラッシックはやはりあまりに変化がない感じがして若いころは敬遠してしまう。10代20代のカジュアルをいつまでも着ているわけには行かないと思うし、少し気の利いた程度のモードが一番手に入れやすいし着ていて安心感がある。
服装ではそういうことになるが、たとえば書籍などでもそういう分類が可能なのではないか。クラッシックというのは言うまでもなく古典。それも現代の状況に鑑みればギリシャ・ローマや漢籍、源氏などだけではなく、基本的には既に現存しない作家はクラッシックと考えていいのではないかと思う。鬼籍に入った作家は自力で再ブームを起こすことは出来ない。ある意味「完成された」作家である。「死んだ人はなんて立派なんだろう」と言うようなことを小林秀雄が書いていたが、そういう意味かもしれない。
モードは、いわゆる純文学の現代作家たちと考えればいいのではないか。もちろん国内海外を問わない。また海外の作家は物故者でも日本に紹介されていない人がいるからある程度前まではモードといってよい気がする。現代でも何度も評価しなおされるカフカのような作家はその現象においてモード的だと言うことも出来るかもしれない。モードはつまり、「不易流行」の「流行」の部分であり、時代が過ぎれば生き残るべきものはクラッシックに入り、力のないものは脱落していく。純文学作家でなくてもある種の格調のあるものはカジュアルではなくモードに分類されるべきだろう。
カジュアルというのはいわゆる大衆文学ということになろうし、そういう意味では幅が広い。江戸川乱歩やコナン・ドイルなどの「カジュアルの古典」とも言うべきものをどのように分類するかというのはちょっと難しいが、ミステリーや推理小説、BL小説もあればマンガも全般的にすべてカジュアルの中に入ると考えてよいだろうが、個人的にはマンガの中にはむしろモードに入れたい、つまりいずれは古典と考えるべきものもあるように思う。文学性とか芸術性というものにおいて、いずれはマンガという存在を無視しては語れなくなる(今でもある程度はそうだと思うのだが)と思うし。
それぞれの分野は相対的に独立して話が進んでいくが、その全体像を見通していくためには、こうした三分類的な考え方が有効であるような気がする。
そして今最も見直され、力が入れられるべきなのはモードの分野だということになると思う。現代作家は興味深い人が多いが、文化の歴史全般を見通して作品を書いている人はそう多くないと思うし、そのあたりのところでそういう意識が高まると日本文化の将来のために有効な議論ができるのではないかと思う。
***
昨日はいろいろなんとなく探し物をしているような一日だった。なかなか見つかりそうで見つからなかったのだが。夕刻駅の近くの本屋に出かけて本を少し見て、川上弘美『蛇を踏む』(文春文庫、1999)と岡倉覚三『茶の本』(岩波文庫、1929)を買った。上の分類で言えばモードとクラッシックということになる。川上の作品は以前から話のネタにはよく使っていたが実際に読んだことはなく、一度きちんと読まなくてはと思ったからで、岡倉天心もまあ結局は同じ動機で買ったのだが、両方ともまだ読んでいない。探し物がまだ終わっていない感じがしたからだ。
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家に帰ってきてなんとなくテレビを見ていると、MXで石原慎太郎がホストになっていろいろな人と対談する『東京の窓から』(今MXのサイトを見て笑ったが、これは「東京都の広報番組」なのだという。そうかなあ。)をやっていたのだが、昨日のゲストは鳥海巌氏で、この人は丸紅の出身で民営化された東京国際フォーラムの経営を任されているのだという。私は以前の閑散とした国際フォーラムのあたりを歩くのが好きだったのだが、最近は人出が多いなあと思っていたらこの人がいろいろな企画を持ってきて大賑わいになってしまったらしい。特にモーツァルトの「熱狂の日」という企画は凄かったが、現在国際フォーラムの経営は黒字だというからたまげた。
このように文化をきちんと商業ベースに乗せていくということが、やる人がやればできるんだなあと思う。まあもちろん商業ベースで図りきれないところを以下に大事にしていくかということもまた大切なことなのだが、しかしそういう資金的なベースを持たなければ、文化というものが枯渇してしまうのもまた確かなことで、文化の花を咲かすためには資金力という養分がなければ無理だ。そしてそれを盛り上げていくためには文化的な政策の起案力といったものが絶対に必要なのだが、この人の話を聞いているとそういうことは日本でも不可能ではない、今の官僚はどうしても縮こまった思考をしてしまうが、カジュアル大国アメリカではなく、モードの先進国であるフランスなどを見習って、文化振興のためのビッグアイデアを次々に企画・構想していくだけの力を日本の官僚は、いや官僚だけでなくすべての企業人や文化に携わる人全般が持っていかなければならないと思った。そういう意味での文化的リーダーシップの取れる存在はぜひとも必要だし、つまりは政治家にもそういう人が出てこなければならないと思う。日本の文化政策をリードするなんて、これ以上やりがいのある仕事はないと思うのだが、誰か頑張ってくれないかな。
そんな話を聞いていたら久しぶりに豊かな気持ちになれた。志のある人は誰でも、自分なりの文化振興の構想を練って、それを実現していく、そんなことが可能になるように、どこかで提言していけたらいいなと思う。
そのあとなんとなくネットを彷徨っていたら佐藤亜紀の日記に行き当たり、そのインタラクティヴ・ページである「文句のある奴は前に出ろ」を読んだ。佐藤亜紀は笙野頼子を「現在日本で天才の名に値する作家は彼女だけでしょう。」と書いていて、読んでへえと思った。佐藤によると『タイムスリップ・コンビナート』などは「普通に日本文学として読んだ」そうだが、『母の発達』『カニバット』『おたんこ』などは無条件に凄いのだそうだ。確かに『タイムスリップ』は「ほかの作品も読みたい」という気持ちを強くそそるようなものではなかったのでほかのものを読んではいないのだが、『天使』の佐藤亜紀がそんなに絶賛するなら絶賛するものを読んでみたいと思った。ちょっと図書館でどれかを借りてこようと思う。
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