「存在を読む」ということ/「ぬるき」と「たぎる」
Posted at 06/09/20 PermaLink» Trackback(1)» Tweet
昨日帰郷。家を出たときは、前登志夫『存在の秋』(講談社文藝文庫、2006)を持って出た。書かれている世界と私の日常との間にはやはりかなりの懸隔があり、近づくのが難しい部分がある。しかし、吉野という場所の霊的な凄さとでも言ったらいいか、そういうものが強く感じられる本である。
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「わたしの晴耕雨読の間の抜けているのは、はじめからわかっている。だが、かつがつ山の暮らしを守ることによって、わたし自身に出会う場所がおのずから見えてくる。半人前のわたしの耕は、存在を読むことであろうか。」
存在を読む。これだけではそれがどういうことを意味するのか、まだよくわからない。ただ、存在を読むのが歌人なんだろう、というふうには思う。
「日本の古い文化の栄えた故郷である飛鳥には、ふしぎに何も残されていない。仏像も、お寺も、宮殿も、みんな滅びてしまった。今では、飛鳥川やいくつかの丘や、古墳や、田圃や、石が残っているだけである。わたしは、大和国原の南の端にたたずむ飛鳥という廃墟を見下しながら、祈るような気持ちであった。咲き出たばかりの菜の花を、この古国に捧げたいと思った。」
これを読んで、飛鳥、という存在がとてもよくわかった気がした。そう、飛鳥には「何もない」のである。あるのはそこを散策し、古代を偲ぶ人々の思いと、古代の人びとの思念の残像のようなものだけである。新羅の古都である慶州に行ったとき、この地が非常に飛鳥に似ていることを感じた。はるかな故地。あるようでいて本当にはもう何もない、「みんな滅びてしまった」いにしえの都。何もないことで、飛鳥は確かにある。充実した空白とでも言おうか。飛鳥文化の代表といわれる法隆寺でさえ、飛鳥ではなく斑鳩にある。
「子供のころ、雹が降ったり山が荒れたりすると、女人禁制の大峯山にこっそり女人が登ったからに違いないという年寄りの話を信じた。たくましい峯入りの行者のむれに、ひっそりまぎれ込んだ男装の女人と、初夏の山の突然の嵐――。春から夏への季節、山が荒れ狂うたびに、わたしは、山上の崖道を必死になってあえぎ登る、罪ふかく美しい女人を思わずにはいられなかった。」
美しい絵だ。こんな美しい絵があるものかと思う。女人禁制というタブーが、これだけの美しい絵を生み出す。こうした年寄りの話があるということは、実際に禁制を破った女人が少なからずいたということだろう。彼女らはこの修験の山に、いったい何を求めて登ったのだろうか。民俗と、想像力の、思いがけない衝突の生み出すこの世のものでない美。
「定型に、私たちはどれだけ多くの沈黙をはらませることができるか、ということにほんとうの詩人の努力はあるにちがいない。ひとつのことばが、わたしたちにやってくるまでの沈黙の深さをおもえば、夜空を鳴いてすぎた時鳥に、とてもかなわないな、と神妙な気持になる。」
三十一文字にどれだけ多くの内容を詰め込むかではなく、どれだけ多くの沈黙をはらませることができるか。私たちはそこに、どれだけ豊かな沈黙を読むことができるのか。
「石をまつる」に書かれた地蔵盆の風景の豊かさ。路傍の石地蔵が集落の人たちによって室内に迎えられ、荘厳される。石地蔵を抱き上げて、「今宵はお泊まりくださいますか。お帰りになりますか?」と問う。石地蔵がいつもより重たいときは、その夜は帰りたくないと言っているのだという。だからその家で一夜を明かす。そうでなければ、「お帰りになりますか、それではお送り申します」ということになり、「数人の村人や子どもたちの、ほっとしたような笑いがさざめく。」ということになる。
まるで鑑賞文を書いているようだが、確かに前の文章はそこで何か情報を読み取るというたちの文章ではない。癒しやエンタテイメントを受け取るためのものでもない。地蔵盆がそこにあるように、飛鳥がそこにあるように、確かにそこにある、そういう文章である。私たちも存在を読まなければならない。
現在55ページ。「読む」という行為が成り立っているのかどうか戸惑いながら、読んでいる。
***
東京駅に着いたのは11時過ぎだった。丸善によって気になっていた「和敬清寂」について書いている本を探す。筒井紘一『茶の湯名言集』(淡交社、2006)を買う。
茶の湯名言集淡交社このアイテムの詳細を見る |
お茶についてはほとんど何も知らないので、書いてあることはどれも非常に興味深い。茶の湯における逸話は、本来茶席での「数寄雑談」として作られたものだ、という話には意表を突かれた。このような逸話は元禄以後、2000以上も作られたのだという。「逸話」という文化。逸話は歴史とは違うといえば違うし、また文学とも違う。しかし場合によってはその両者を飲み込む力を持つ場合もあり、逸話というものそのものを考えてみることは面白いことだと思う。古いものは神話、新しいものは「都市伝説」などといわれる場合もあるが、多くのものが「逸話」の範囲に入ってくるだろう。それに虚構性と笑いを持たせば小話、ジョークになる。人が本当に必要とするのは、歴史なのか、文学なのか、逸話なのか。
まだ43ページだが、今まで読んだ中で一番印象に残ったのは「ぬるき」と「たぎる」という言葉である。ぬるい、というのはわれわれも日常的によく使う言葉であるが、その反対の「たぎる」という表現はなかなか使わない。しかしこれはいい言葉だなと思う。静寂を旨とするような茶の湯で、「たぎる」ことが重視されているのは面白いことだと思う。
今日は自民党総裁選。「美しい日本」もいいが、もっとたぎったほうがいいかもしれない。
***
タイでクーデターがあった。タイは「成熟した民主主義国」だと思っていたのだが、そうでもなかったか。今後どのように展開するのか。
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from 小さな画室 別室 at 06/12/22
石舞台を左に見て祝戸の棚田を見渡せる道を登る、奥飛鳥らしい風景はだらだら登りでしばらく続く、この辺りは万葉集の中でも多くの人に知られる「采女の袖吹き返す明日香風京を遠みいたずらに吹く」と言う歌があるが、今はなき犬養孝さんが朗々と詠まれる声が聞 ...
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