小川洋子『博士の愛した数式』
Posted at 06/09/18 PermaLink» Tweet
昨日。だいたい曇っていて、家でなんだかんだとやっているうちに一日がたった。夕方少し出かけたが結局夕食の買い物をして帰っただけ。いろいろやることをやっていた。
しかし何をやったのだろうと考えてみると、一番時間をかけていたのは小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫、2005)を読むことだった。そのほかの時間は大体ネットをいじっていた。
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小川洋子『博士の愛した数式』は読了。だいたい何というか、予想の範囲内で話が展開していくのだが、江夏にこんなにこだわるというのは予想外。最後まで江夏が絡んでくるなんて。切りのつけ方が秀逸だし、ちょっと泣きそうになる。江夏自身が読んだらどう思うんだろう。
「8時間しか記憶が持たない奇妙な老人」でしかなかった博士が、主人公の家政婦や息子のルート、義姉との関係が進展したり明らかになっていく中でさまざまな表情を見せていくところが秀逸。記憶が持たない、といえば数時間しか記憶が持たない人を、あまり親しくではないが、私は知っていた。その生活は話を聞くだに大変だった。もうひとつ思い出したのは寺山修司の遺作となった映画『さらば箱舟』だ。山崎努の扮する主人公の記憶がどんどんなくなっていき、主人公は物の名前を忘れないために紙に墨で大書して家中に貼り付ける。記憶というものの人間にとっての意味。
「最早弱々しい老人でも、考えることに取りつかれた学者でもない、小さき者の正当な庇護者だった。」ルートとの関係で、博士は別人のようになる。ずっと取り付かれたように解法を考え続けた数学の懸賞問題が解けると、「博士はしばしば、自分の導き出した回答に満足しつつ、「ああ、静かだ」とつぶやいた。」数学に見出す静けさ。真理は「静か」である、という信念とそれへの愛。これはとてもよくわかる気がする。
『神は存在する。なぜなら数学が無矛盾だから。そして悪魔も存在する。なぜならそれを証明することは出来ないから。』これも判る気がする。矛盾に満ちた中で暮らしていると、それが当たり前になってきて、どんどん神と遠い場所に行ってしまう。そういう悲しみもある。
整数に関するさまざまな問題が展開されていく話のストーリー。それについてどうこう言っても仕方ないのだが、こういう「静謐な愛」とでもいうべきものを描くのが、この人は得意だ、と思う。多分これが彼女の代表作になるのだろう。ただ、ちょっと「よく出来すぎている」ということがむしろ問題かもしれない。よく出来すぎているという桎梏を持った作品は、評価はされても本当の意味で理解されることは難しい気がしてならない。
福田和也『作家の値打ち』(飛鳥新社、2000)を読み直してみると、50点台から70点台の分布になっているが、「中の上」といった評価であると言っていいだろう。まだ『薬指の標本』も『博士の愛した数式』も出る前の作品群についての評価だから私には良く分からない点も多いのだが、「作者の感覚は、主観はどうであれ、迫害される側でなく迫害する側にあるということだろう。もしくは迫害する者よりもより邪悪な者として迫害される者が立っているということだろう。」という福田の指摘は、本質を突いているように思う。まさしく文学でしか表現できない何かを表現している作家なのだと、改めて思った。
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gooブログがトラブルを起こしていて、書籍画像へのリンクが貼れない。gooブログは土日休日は絶対に手直しなどの業務はやらないようだが、ほかのブログはどうなんだろう。(追記・9月20日水曜日に回復した)
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