失われた十年/いわゆる靖国問題とまだ見ぬ日本流サッカー
Posted at 06/08/17 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。お昼から親戚の集まりが合ったため、いつもより早く9時前に家を出る。通勤時間だが、地下鉄の中は空いている。いつもこんなものならいいのだが。東京駅の券売機で座席予約状況を見たらほとんど埋まっていたので、念のため座席指定を取った。丸善に戻り、何か読もうと思って下川浩一『「失われた十年」は乗り越えられたか』(中公新書、2006)を買う。経済分野は自分から積極的に読んで行かないとなかなか理解の足りないところ。バブル崩壊と平成不況における自動車産業のあたりを読んでいるが、面白いし知らなかったことが結構ある。その期間における日本メーカーの成功と失敗。ビッグスリーの成功と失敗。やはりそれぞれ国民性が反映しているという分析はなかなか面白い。トヨタ・ホンダが勝ち組で、ダイムラー・クライスラーやGMが苦しんでいる現状が納得出来た。まだ読みかけ。
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特急の中はほとんど家族連れ。騒いでいる子どもが多かったせいか、座席についたら隣のおじさんが自由席の方に引っ越してしまった。そのため混雑にもかかわらず二席を自由に使えてお得だった。子どもはうるさかったが、アンジェラを聞いたり本を読んでたり寝ていたりしていたらあまり気にならなかった。
集まりの席上では田中康夫落選の話など。私の周辺には反田中の人が多いので、みな大いに溜飲を下げて舌も滑らかだった。逆にいえばこの6年間は実に重苦しかったとも言える。地方において知事の存在というのはとても大きなものだ。そのあといわゆる靖国問題についていろいろ話が出たが、この問題はどうしても平行線になる。私の田舎は議論好きの人が多い土地柄だが、結局善悪論になってしまうと絶対に議論が収束するようなものではない。若輩者としては右的意見も左的意見も気に入らないが身内だとしがらみ的関係が絡んでくるので上手く議論は展開できず、「どっちにしてもそんな単純なものではない」と言明して無理やり終わらせた。
うちに帰ってきて義弟といろいろ話をしたり、送り火を焚いたり。夜はサッカーを途中から見た。阿部のゴールも佐藤のゴールも見たが、なかなか良かった。しかし、「引いて守る」相手に対する対処の仕方はオシムがいうように確かにまだいろいろあり得るだろう。昨日は全体的に空回り的だったので苦戦に見えたが、イェメンの選手がみな痙攣を起こしていたりして結局そういうところにレベルの違いが出るんだろうなあと思った。
夜自室に戻ってネットをいろいろ見る。いわゆる靖国問題に関連していろいろな人のいろいろな意見を読む。最大公約数的な賛成反対がほとんどだが、ときどき面白いもの、引っかかったものも。まず第一に靖国問題を騒ぎすぎだ、という意見には全く賛成。NHK及び民放各社がそれぞれヘリを出して首相公邸から靖国神社までずっと車列を映しつづけていたのは「馬鹿じゃないの」と思った。もっと他に公共の電波で報道すべきものがあるんじゃないだろうか。この問題、何でこんなに盛り上がっているのかいまいちよくわからないが、年中行事好きの日本人の夏の風物詩として定着しつつあるんだろうか。これに関してはつくづく就任一年目の13日参拝という中途半端さが後を引いていると思う。一年目からガッとやっておけば、それが「現状」になったわけだから、そこから議論が始まったはずだ。この問題に関しては、日本側が分祀その他どのような姑息な手段で批判を回避しようとしたところで、全く無意味だ。中国はすでにBC級についても問題にしようとしているし、韓国も参拝の形式その他でなく歴史認識そのものを問題にすると明言している。彼らの立場からすればそうに決まっているわけで、この問題については「譲歩」など無意味である。オール・オア・ナッシングしか成り立たない問題である。
竹島を侵略している韓国や、東シナ海の大陸棚で不法な開発を続け、チベットや東トルキスタンで極端な人権蹂躙を続けている中国が、神社への参拝などという非物理的な行為に非難をぶつけるのは、全く侵略的な行為など微塵もない現代日本に対し有利な立場に立とうとして言うに事欠いてやっていることに過ぎない。それに同調する勢力が日本国内にあるから盛り上がっているように見えるだけだ。
この問題について現時点で感じたこと、考えたことを少しまとめておく。まず、特に反対派の議論に私には目に付いたことだが、思想の違いを「認識不足」「学習不足」と言い換える非難が目立つように思う。自らのイデオロギーに反する意見を「勉強不足」と意味転換をして攻撃するのはいわゆる知識人がよくやることだが、これはやはり傲慢な態度であると思う。この問題は、スキームのとらえ方自体が賛成者・反対者によって明らかに異なっているのだから、それを学習程度の違いの問題に転換して攻撃するのは妥当ではない。キリスト教徒が仏教徒を「唯一神の信仰を持たない彼らは野蛮だ」という傲慢さ、あるいは無知と同じである。これはもちろん賛成派の議論の中にも見られる。そのあたりに関しては内田樹氏の指摘が右にも左にも当てはまる。学習障害に喩えるのはPC的に問題がないとは思わないが。私はこのあたりに関しては強いPC感覚を持っていることを今回のさまざまな議論を読みながら自覚した。
その私の感覚に最も抵触した、最も気持ちの悪い表現に感じたのが「B層」という言葉である。これは郵政民営化の際に小泉内閣の支持基盤を分析したペーパーに由来する。これはある傾向を左右方向・上下方向にとって座標軸上にそれを表現しようという方法で、座標軸上にある傾向の集団を見出そうという方法である。リンク先を見ればわかるが、左右軸(x軸方向)は構造改革にポジティブかネガティブかをとっている。それはまあいいが、上下軸(y軸方向)にIQの高低を取っていることが問題化したのである。私はこの図をはじめてみたときそのあまりの不用意さに思わず笑ってしまったが、もちろん内部資料であれこのようにリークの多い日本社会で問題解決や啓発活動に「知能程度」をグラフにしてあらわすということがどのような反応を招くかという認識が全く欠けているというべきだろう。政策にどの程度の関心を持ち理解しているか、という程度の軸設定なら問題化しなかっただろうが、「頭が言いか悪いか」ととらえられかねない、いやとらえられるに決まっている軸設定で表現した時点でなにか根本的なデリカシーというか、そういうものが欠けているといわざるを得ない。
そういう認識はともかく、こういう座標軸的な表現は社会学者などもよく使っているし、多分アメリカ人好みの方法だと思う。私などはこのような単純な図式化は好きではないし、上記のような意図があったかどうかは知らないが差別的なニュアンスが含まれがちであるから用いるのに慎重であるべきだと思う。
このペーパーを書いた人はともかく、その後の流通の仕方から見て「B層」という言葉には「馬鹿な大衆」というニュアンスが多分に含まれていることは議論の余地がないだろう。したがってこの言葉は2ちゃんねるなどで使われるような用語であって、真っ当な人間が自分の意見を表明する場で使うべき言葉ではない。私には、「大衆は豚だ」というようなファシズム的な表現と全く同根だと思われる。それならば「下流」とか言う決め付け方の方が意図がクリアなだけにまだましである。このような持って回った言い回しは複雑な悪意をさまざまにこめやすく、実際にこめられているためにきわめて品が悪い。
私はこの言葉を郵政民営化の頃に見て失笑してそのまま忘れていたが、一部では「小泉内閣を支持する頭の悪い大衆」という意味内容を持って流通しているということを今回はじめて知り、きわめて不快に感じた。これをいわゆる靖国問題に当てはめれば、参拝反対=思想的に健全かつ頭いい、参拝反対=小泉の笛に踊らされている馬鹿、という構図が当然成り立つ。強烈なレッテル張り効果のある言葉である。このような議論の仕方には不愉快の念を感じざるを得ない。相手の思想を頭の良し悪しで測ろうとするのはきわめて妥当性を欠いていると言うべきだろう。
もう一つ非常に短絡的なものを感じたのが加藤氏宅放火事件を「戦前回帰だ」とする論調である。留守宅に放火するなど卑怯なやり方を、戦前の暗殺者たちがやるはずがない。一対一で政敵と向き合い、命を投げだしたからこそそのやり方や思想に議論はあれ彼らは「国士」「義士」として遇されたのだ、という認識を、戦中戦後の人びとの手記等を一定数読んでいれば当然理解できるはずである。たとえばもし安重根が伊藤博文の留守宅に放火するなどという卑小な犯罪者であったら、彼が「義士」として遇されるはずがないだろう。私はもちろん政治テロという手段に賛同できない。だからといって放火犯と義士を味噌も糞も一緒にするのは間違っていると思う。神風特攻隊と911のテロリストの混同とかにも見られる、ことだが、それこそ「もっと歴史を学んでほしい」といいたくなる粗雑さである。安重根など日本人にとっては明治の元勲を暗殺したテロリストに過ぎないが、だからといって彼の至情を全く無視していいとは私は思わない。そうした行動に出る人々の心情に尊いものがあると見る気持ちがなければ、何のために歴史など学ぶのだろうか、と私などは思う。それと留守宅放火犯を同一次元で語ることは許せないことであると私には思われる。
これも平行線の議論に違いないが、歴史において重視するものの違いが人にあることを認め合う寛容の必要性を痛感する。
靖国問題自体の話に戻ると、結局は戦後体制を物神化するか否かというところに問題の核心があるのだろうと思う。どういう信条を持とうともちろん自由なのだが、日本国憲法ができる前から日本という国はあったわけだし、日本という国の実情に合わせて日本人が制定したものでない憲法に日本という国の実情を合わせようというのはきわめて倒錯した思考であると思う。日本サッカーは南米流にすべきか、欧州流にすべきかという議論と同じである。オシムの言うように、日本流のサッカーを見出し、戦って行くべきだという答えだけが正しいと私などは思う。また多くの人がオシム監督に期待しているのは、「まだ見ぬ日本流サッカー」への期待が極めて高いからだと思う。
サッカーの日本化が叫ばれているように、憲法も日本化されなければならないと思う。それはもちろん、大日本帝国憲法と同じものというわけには行かない。国体論を憲法の支柱に据えるのもそのままでは無理だろう。そういえば主体論を支柱に据えている国はあったが。「日本化された憲法」はまだ影も形もない。
少なくとも戦後体制を仏神化する姿勢からは、そうした創造的な憲法論は出てこないだろう。また保守の側にしても、逆説的に聞こえるとは思うが、丸山真男や南原繁は読まれるべきで、そこから吸収すべきもの(もちろん批判的に、というところは多いだろうが)はたくさんあるように思う。お互いがお互いをまともな論敵と認め合っておらず、試合会場外での場外乱闘ばかりが繰り返されて無理解の断絶が深まる一方なのである。
なかなかこういう問題は書き尽くせない。結局歴史理解のスキームの根幹に関わる問題で、そこを譲ればすべてが崩壊するという性質の問題だからだろう。そしてそういう問題だからこそ、フェアな議論が必要だと思う。ただただ直接的な、あるいは陰にこもった罵倒の応酬であるならば、そんな言葉に価値などない。
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