お見舞い御礼/戦後政治/安倍晋三『美しい国へ』

Posted at 06/07/22

このたびの災害につき皆様から暖かいお言葉を頂戴いたしましたことを心よりお礼申し上げます。そのような言葉はこういう際には本当に励ましになるのだなと実感いたしました。ありがとうございました。

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水木金とハードではあったが何とか床上浸水の復旧作業も目鼻がつき、後は週末のスタッフに任せても大丈夫そうだったので、東京に戻ってきた。最大の問題は「同じことがふたたび起こること」なのだが、こればかりは警戒してもしきれるものではない。いまのところ梅雨前線は南下しているようだが、基本的に梅雨前線が北上しなければ梅雨明けにはならないので、ある時期にまた北上を始め、そのときがまた問題になる可能性がある。台風は次々と発生しているし、今回の豪雨被害の台風4号の残骸からの湿った空気の大量供給のようなことがふたたび起こらないとはまだ断言できない。今日明日くらいは大丈夫そうだが来週はまた少々警戒する必要がでて来るだろう。浸水後の消毒作業も必要だし、物置の片付けなどは一応被害のおそれがなくなり晴れてくれないとなかなかやりにくいので、とにかく天気が好転して欲しい。来週もまだこういう作業が完全には片付いていないだろうと思う。

いや今週は大変だったが、土石流の被害や崖崩れにあったところの人々に比べればずいぶんましだし、浸水しても市街地なので孤立家庭が出るような場所ではないから深刻度も全然違うだろう。私自身、いままで床下浸水というのは子供のころ経験したことがあったが、床上は初めてだ。一日中中腰で雑巾で床を拭き続けたので足腰や腹筋がパンパンだが、ある意味いい経験だったといえる範囲に収まっている。とにかく今後もその範囲で収まるように、祈るしかない。深刻な被害にあわれた方は本当に大変でしたねとご同情申し上げるしかない。

帰りの特急の中では楠精一郎『大政翼賛会に抗した40人』(朝日選書、2006)を読み、読了。大政翼賛会というと一般の印象がどうなのか、この時代に入り込んでいるとよくわからなくなっているのだが、やはりナチスのような独裁的な一党支配の組織だと考えられているのだろうか。実際にはそういうものだと観念されて政党がすべて解党したのだが結局は「公事結社」ということになり政治活動が禁止されることになったというかなり間抜けな組織である。綱領発表等も近衛文麿に一任されたのだが近衛は結成の目的は「臣道実践」のみだ、というはなはだ漠然としたもので、いわゆる精神右翼から国家社会主義者、あるいは社会大衆党系の社会主義者まで、つまり右から左までのそれぞれの漠然とした期待からはかなり遠いものだった。それに関してこの本があまりよく書けているとはいえないが、翼賛議員同盟や大日本政治会といったほとんどの議員が所属したまさに政府に対して「翼賛」的傾向の強い議員たちとは一線を画し、議会人としての独自性を固守する立場を取った人たちが参加した「同交会」という院内団体についての研究である。

大政翼賛会に抗した40人―自民党源流の代議士たち

朝日新聞社

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この昭和16年から17年にかけて存在した「同交会」のメンバーは昭和17年に実施された翼賛選挙、つまり東條内閣による推薦選挙で非推薦となった議員が多く、また逆に非推薦で当選した89人の議員のうちのかなりの部分を占めた。(ちなみに戦後街頭活動で知られた赤尾敏も東條内閣に反抗し非推薦で当選した人物である。彼は反共の立場から英米との提携を主張していた。)昭和17年といえば大東亜戦争緒戦の勝ちいくさに湧いていた時期であり、そのような時期に行われた選挙でそれだけの非推薦の当選者を出すという日本国民のバランス感覚というものも侮れないものがあると思う。このあたりのことは以前古川隆久『戦時議会』(吉川弘文館、2001)を読んである程度知識はあったのだが、『大政翼賛会に…』はその時期の同交会の議員たちのケーススタディーと言うべき作品である。まだまだこの辺の研究は不十分であると思うが、「戦後」もまた歴史の一ページになりつつある現在、戦前に胚胎した「戦後」の源流として研究の進展が望まれる分野ではある。

戦時議会

吉川弘文館

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同交会37名のうち私が初めて知った議員もかなりいるが、主な議員を幾人かあげると、芦田均(戦後に首相、日本国憲法九条二項の「芦田修正」で知られる)、大野伴睦(戦後に衆院議長、自民党副総裁、保守合同に活躍、親分肌の人情家として知られる)、尾崎行雄(大正政変以来の「憲政の神様」)、片山哲(戦後社会党結成、首相、クリスチャン)、川崎克(戦時中に松尾芭蕉の記念館を建設した文人政治家)、北昤吉(北一輝の弟、226直前の選挙で初当選)、鈴木文治(日本の労働組合運動の父の一人)、世耕弘一(陸軍が戦後決戦に備えて備蓄し戦後引退蔵された物資を摘発する「世耕機関」の責任者)、鳩山一郎(戦後首相、日ソ共同声明、日本の国連加盟実現、吉田茂とのライバル関係で知られる)、林譲治(戦後衆院議長、吉田派の中心として活躍)らがいる。

こうして一覧してみるとわかるが、戦後政治で重要なポジションについた人々の多くが同交会に所属していており、戦中戦後を通じての議会政治の伝統が彼らによって守られた、というのが著者の主張である。まさに尾崎行雄と鳩山一郎が同じ少数会派に属したというのはその連続性を言っていいだろう。戦後は鳩山一郎の公職追放により政権についた吉田茂が彼らたたき上げの政党政治家(党人派)を嫌い、官僚を一本釣りして側近を固めていった(池田勇人、佐藤栄作ら)ために官僚人脈と党人派が戦後の保守政治家の二大潮流となったが、三角大福中の時代、つまり197080年代まではこの種別も相当の意味があった。90年代に入ると宮沢喜一を最後に官僚出身の首相が出なくなったのでやはり93年の自民党下野は大きな政治の潮流変化だったなと思う。「国民的人気」が支えのポピュリズム的傾向が強くなり、小泉政権誕生でそれが炸裂した。経歴よりも政治家の個性の時代である。いろいろな意味で、戦後政治は「総決算」されつつある。戦中戦後の政治の展開に興味のある方にはお勧めである。ただ連載ものであった関係上、章が短くぶつぎれになっていて読みにくいのは瑕疵ではある。それにしても、憲法云々で空理空論を並べ立てている人々には、とにかくその時代の実情を知ってもらうためにこういう本を読んでいただきたいものだとは思う。

新宿で下車し、東京駅まで来て食事を済ませ、八重洲ブックセンターで本を物色して安倍晋三『美しい国へ』(文春新書、2006)を買う。まさに安倍の「政権宣言」の一書だといってよいだろう。まだ読みかけだが、共鳴するところは多い。微妙に感覚が違うな、というところもあるが、それはまあ仕方がないだろう。章名を上げてみると、「はじめに―『闘う政治家』『闘わない政治家』」、「第一章 わたしの原点」「第二章 自立する国家」「第三章 ナショナリズムとはなにか」「第四章 日米同盟の構図」「第五章 日本とアジアそして中国」「第六章 少子国家の未来」「第七章 教育の再生」「おわりに」となっている。まだ第四章の途中までしか読んでいないので全体像はわからないが、やはり「国家はどうあるべきか」、ということを熟考し、実践している政治家であるということはよくわかる。「闘う政治家」であることを意識している点ではある意味『大政翼賛会に…』に出てくる政治家たちの姿勢と共通しているし、数少ない政治家らしい資質を持った政治家だと思う。

美しい国へ

文藝春秋

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いろいろエピソードを引用しているが、吉田松陰が好んだ孟子の「自らかえりみてなおくんば、千万人といえども吾行かん」という言葉を引用している。これはわたしの出身高校の校訓でもあったのでよく知っているが、吉田松陰との絡みは初めて知った。それからナチスとの融和を進めるチェンバレン内閣に野党を代表して質問に立ったアーサー・グリーンウッドが首相の答弁にたじろいでいると、与党席から「アーサー、スピーク・フォー・イングランド」という声が飛び、その声に勇気付けられて歴史的な演説を行った、というエピソードが書かれていた。これは知っていたが、なんど読んでも感動するものはする。早くから外務省の妨害や親中・親北朝鮮派の中傷にめげず拉致問題を取り上げ続けた安倍だからこそ、こういうことを書いても説得力があるわけで、誰にでもできることではないと思う。

国民的人気という点では共通していても、そういう意味では安倍晋三は小泉純一郎とは全く違う個性の持ち主だといってもいい。小泉ほど首脳外交に向いているかどうかがわからないところがいまのところ安倍の難点だと思うし、官房長官なら強硬外交に成功しても首相としては未知数ではあるが、新しい時代の個性的な総理大臣になることは間違いないだろうと思う。やはり昔の政治家は大人物かなとは思うがあまりに時代的な違いからかセンスの面で理解しにくいところが多いが、安倍のストレートなセンスはわたしなどには非常に理解しやすいし共感もする。ただそのストレートなところが危険だと思う人たちがいるのは私としても理解は出来る。しかし、現在の世界の政治家を見てもわかるように、ストレートな表現のほうが外交上は理解されやすく、プラスになると思われるので、いいほうに出てくれればいいなと思っている。

福田康夫は結局総裁選を降りてしまったが、靖国問題を争点にすることを嫌った、というのはある意味その通りだろう。またミサイル問題での安倍の手腕とそれへの評価を見て流れは決したと思ったのかもしれない。確かに70の首相よりは50台の首相のほうが世界の趨勢からいえば望ましいだろう。村山元首相のようにサミットのイタリア料理が当たって腹を下すようでも困る。

「漫画好き」の麻生や「自転車狂」の谷垣などある意味現代的な意味で個性的な総裁候補たちだが、まあやはり安倍だろう。


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