『アフリカのひと』:「自分という刻印」と西欧文明の「過剰」な性格
Posted at 06/06/13 PermaLink» Tweet
昨日。昼過ぎまでいろいろやる。創作はもう時間をかけだしたら無限に時間がかかる。一応最後まで書いたが、途中直した方がいいところが山のようにあるのは自覚している。またもう一度手を入れないといけない。
2時半ごろ置き薬の人から電話があり、3時ころに来てもらう。ワールドカップの話が雑談に出、今日は大丈夫でしょうといっていたのだが。のだが。のだが。
3時過ぎに家を出、ゾラの『制作』を探しに行く。まず三省堂で見るが在庫なし。東京堂に行ったら下巻だけあった。岩波ブックセンターは在庫なし。書泉グランデは下巻のみ。東京堂に入ってきいてみるがやはり在庫切れとのこと。信山社(岩波ブックセンター)になければない、といわれた。なるほどそういうものか。仕方ないのでとりあえず下巻のみ買う。
三省堂で仕事の買い物をし、書泉ブックマートで『バーテンダー』の3、4巻を買う。これはなかなかいいなあ。『スーパージャンプ』は表紙が女の子の裸(それも二次元)系で状況によっては今一買いにくいのだが、最近の大人向けコミック雑誌の中では相当充実しているように思う。後は懸案だったサイード『文化と帝国主義』をぱらぱらと読むが、とりあえず買ってある『オリエンタリズム』にまず挑戦したいと思う。
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行き帰りの電車の中でル・クレジオ『アフリカのひと』の続きを読み、帰ってきて読了。副題が「父の肖像」とあるように、ル・クレジオの父で医師としてガイアナやカメルーン、ナイジェリアに派遣された父ラウルと、8歳で初めてナイジェリアの港で会ってからの著者との心の行き違いや通行についてがまずは主題である。
ガイアナは南米の北端だが、そこでデメララ川というのがでて来る。これは酒飲みには身近な地名で、ラムにレモンハート・デメララというのがある。デメララ川というのは砂糖の集散に使われているのだなとラム酒との関係を知る。
ル・クレジオを読んでいると、強い内側からの息遣いとともに「ああ、そうだよなあ」といいたくなるくだりがいくつもある。たとえばp.137以下。
「私が絶えずもどりたいと思いつづけているのはアフリカであり、私の子供のときの記憶である。私のもろもろの感情ともろもろの決意である。世界は変わる、確かにそうだが、かの地で丈高い草の平原のまんなか、サバンナの匂い、森林の鋭い音を運んでくる暑い風のなかに立って、唇に天空と雲の湿り気を感じている子供、あの子どもは今の私から大変遠く離れてしまっているので、いかなる物語、いかなる旅をもってしても、私がふたたび結びつくことは出来ないだろう。」
「唇に天空と雲の湿り気を…」というくだりが衆を絶している。この散文的なポエジーは書いてみたり声に出してみたりすると本当にぞくぞくする。
「何かが私にあたえられ、何かが取りもどされたのである。それは私の幼年時代には決定的に欠けているものである。すなわち父親がいたということ…/しかし始めてアフリカに着いたとき、私が受け取ったものはすべて覚えている。まことに強烈な自由、それで私の心が熱くなり、酔いしれたほど、私が苦痛なまでにその喜びを享受したほど強烈な自由。
私はエグゾティズムのことなどは言いたくない。子供たちはそんな悪習とは絶対に無関係であるからだ。というのも子供たちは人間たちや事物を通して何かを見るのではなく、まさに子供たち自身だけを見るからである。…」
子供にはエキゾチズム、すなわちサイードの言う「オリエンタリズム」とは無縁だ、と断言するル・クレジオの言葉は印象的だ。そしてそれは正しいように私には思われる。子供は――子供による部分はもちろんあるかもしれないが――自然を文化としてではなく、もっとストレートに受け取る。それを子供の時代に感じるか感じないかということは決定的に重要なことである気がする。「都会的」な作家とそうでない作家がいるとしたら、そういう「自然」が体内にあるか否かという問題である気がする。都会的な作家の書く自然はどこか「オリエンタリズム」がある。が、まあこれは蛇足だろう。
いずれにしろ子供のころ、あるいは大人になってからも、どのような「刻印」がその人間に押されるかというのが決定的に重要なことであって、ある人間は植民地主義者になり、ある人間は植民地主義的なエコロジストになり、またある人間は非都会的作家になり、ある人間は自分が何者かわからないまま彷徨い続ける。植民地化と脱植民地化という過程は、そういう意味では一人の人間にとってはあまりに巨大なサイクルであって、ほとんど善悪を超越しているというのが正直なところだろう。その善悪を超越しているという表現ですべてを済ませてしまっていいかといえばもちろんそうではない部分があるということは私も思うけれども、まず個人にとっての体験の意味の方が、少なくとも文学にとっては、先にあるべきであると思う。
植民地化と脱植民地化というサイクルは、基本的には西欧文明の持つ「過剰な性格」がもたらしたものだろう。だからそれはむしろ文明の原罪というべきで、文明自体の再検討がない限り、違った形でこうした「過剰」の生む害は繰り返し生産されるように思う。重要なのはそれが「過剰である」ということをどのように認識すればよいかということであって、そのためにはおそらく文学というものが、大きな働きをするのだと思うし、そこに多分、ポストコロニアルという理論の存在価値があるのだいう気が私はする。
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