卑俗とキッチュ
Posted at 06/05/25 PermaLink» Tweet
昨日。ひどく雷がなったり、大雨が降ったりした。仕事に出かけるときに、ちょうど大粒の雨が降ってきて、傘を持つ手に力が入った。仕事はあまり忙しくなかったが、だいぶ冷え込んできたので5月も下旬だと言うのにストーブを入れた。
フローベール『感情教育』は74ページまで、『ボヴァリー夫人』は52ページまで。ネットで調べると、『感情教育』と『ボヴァリー夫人』はフローベールにとって少し意味が違うらしい。まだ読み終わっていないから分らないが、確かに『感情教育』はずっと一人称的で、『ボヴァリー夫人』はもっと突き放した印象がある。ただそれぞれのディテールは魅力的で、まったくおフランスだなと思う。
ミラン・クンデラ『カーテン』は第三部、「事物の魂に向かうこと」を読んでいる。第二部「世界文学」はいろいろ衝撃を受けた。フランス人が評価するフランス文学のベスト1はユーゴー『レ・ミゼラブル』だという。11位はド・ゴールの『回顧録』なのだそうだ。以下ラブレーが14位、スタンダールは22位、フローベールは25位、バルザック『人間喜劇』は34位で、アポリネール、ベケット、イヨネスコは100のリストに入らなかったのだそうだ。
これだけではまあ、ふうん、そんなものかという感じなのだが、クンデラはフランスに来た際、スターリン主義や「迫害、強制収容所、自由、祖国からの追放、勇気、レジスタンス、全体主義、警察的な恐怖政治」と言った大げさな言葉(つまりそれがクンデラがフランスに来たときに「憑いてきた」ものたちなのだが)、「厳粛な亡霊のキッチュ」を追い払いたいと感じていたという。キッチュとは彼の言によれば19世紀中葉にミュンヘンで誕生した「偉大なロマン主義の生気の甘ったるい屑」である。言い換えれば「オペラのテノールたちの圧政」であり、「まるで香水でも振り掛けられたようなパン(ムージル)」であり、まあワグナーの亡霊とでも言うべきものだろう。「中央ヨーロッパ」では長年にわたって「最高の美的悪」であった、というわけだ。で、クンデラがフランス人に、女たらしの友達と名前を交換し、自分がフランスにいなくなってしまったことで彼の恋人たちが途方にくれた、と面白おかしく話したら、「そんな話、私には面白くないな」と言われてしまったという。
そして、フランス人にとってはユーゴーの人道主義やドゴールの決断の偉大さこそが好みであり、「卑俗」こそが「最大の美的排斥」を意味する言葉だと言うことを知る。カミュはアルジェリア出身のフランス人であるとか、「晴れ着を着た百姓」という言い方で排斥され、フローベールもまた卑俗であるという理由で排斥されていることに気がつく。
つまりフランス人の言う「卑俗」と「キッチュ」とは全く違う概念であり、フランス人は「偉大さ」を尊崇する民族である、というわけである。逆にいえば、フランス人の生活にはある意味でのキッチュが満ち溢れていると言う言い方も出来なくはない。
これは私には結構ショックで、やっぱフランスという国を全然誤解していたなあ、と思う。彼らは結構、いや本当に本気でナポレオンやドゴールが好きなのであり、フローベールやゾラがフランス人の代表だと思うのはまったく見当違いなのだ。明らかに自分が共感できるのはクンデラのほうであってフランスではない。
***
もう一つ印象に残ったことを書いておくと、ブロッホの「小説の唯一のモラルは認識である」という言葉、フローベールの「事物の魂に向かうよう努めて来た」と言う言葉、小説は反抒情的な詩である、という言葉である。このあたり、上に書いたこととも通じるが、なんだかじっくり表裏ひっくり返して考えてみたい言葉である。
午後になって、だいぶ暑くなってきた。影の色が濃い。このまま初夏が続いてほしい。
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