「自分」探し/「父」の問題/古井由吉「辻」/阪神巨人戦
Posted at 06/05/05 PermaLink» Tweet
連休に入ってから思考モードというか、あらゆる人間的な活動が緩慢になってしまって「何か」について探している、感じになっていたのだが、いったい何を探しているのか見当がつかなかったのだけど、今朝目が覚めたときに「自我」「自己」といったものを探しているのだということに気がついた。「自分探し」である。ただ普通にいう自分探しというのは「自分にあったものがどこか遠くにある」という自己の適性をめぐる青い鳥探訪のようなものであるかと思うが、今回の探求は自分自身の自我と正面きって向き合うという方向にいっているようだ。それはまあ、ずっと文学を読んでいることの影響が大きいと思うし、特に「文学は徹底的に個人から発するものでなければならない」という保坂和志の主張に影響されているところが大きいのだと思う。
今まで自我と向き合うということは自分にとっては鬼門だと思っていたし、そのうちあまり考えもしなくなっていたのだが、自分ひとりで考えていてもあまり自我というものは見えてこない、つまり倫理的に自分のこういうところが嫌だとかそういうことばっかり見えてきてどうしようもなくなるのだけれど、文学を読んでいるとそういう方向でなく自分のことについて考えざるを得ない部分がいろいろとでてきて、そういう意味で自分自身を知り、また少し分かるともっと考えなければならない部分が出てくるという形で自我についての追求が始まる、というような感じになっているようだ。
近代文学はちょっともう時代が離れている感じになっているから自分自身の自我を見定めるためにはそんなに役に立ちそうもない、というかもっと違う美しいものとして鑑賞すべきものだと思うのだけど、やはり日本の現代文学は自分の自我の置かれている位置からそんなに遠いところにあるわけではない、という感じがするので読むという行為が必然的に自分自身への問いを生み出し、その問いについて考えざるを得ないという繰り返しになる。
今一番考えているのは「父」の問題だろう。これは内田樹のブログで「村上春樹における父の不在」論を読んだときから考えているのだが、極東ブログの過去ログを読んでいて藤原咲子が父・新田次郎について書かないこと、吉本ばななが父・吉本隆明について書かないことについて書いているのを読んで「父について書かないという決意」のようなものが現代文学の一つの意志なのでは無いかという気がしたりしていたのだ。自分自身のことを考えても、とりあえず「父」について書きたいと思わない。それは現実の父というだけでなく、たとえば中国における中国共産党であるとか、北朝鮮の金日成とか、そうした社会的な「父」についてもあまり書きたいと思わないという気持ちともつながる。「祖父」あるいは「先祖」についてなら書いてもいい気はするが、「父性の復権」という本もあったけれどもつまりは現代は父性の喪失の時代であって、伝統はあってもそれを強制する力としての「父」、フロイト的に言えばスーパーエゴというものが徹底的に相対化されてしまい、もう語る意味さえなくなった、そういう時代なんではないかという気がする。伝統を受け継ごうという気持ちが人にあっても、それは「父」に強制されたからではなく、「自我」が選び取ったものとしての伝統であって、何かそこには必ず変質があるように思う。もちろんそのようにしてしか伝統というものを維持していくことはもはや出来ないような気がするけれども、そうした変質がどのように結果していくのかは私には今のところよくわからない。
まあいずれにしろ自我とかそういうあたりを巡ってうろうろしているゴールデンウィークである。
***
昨日は午後でかけ、日本橋で降りて書店をいくつかめぐる。丸善で文芸書をいろいろ見ていたら笙野頼子やカズオ・イシグロ、村上春樹なども新刊が出ていてちょっと興味を引かれたが結局買わなかった。八重洲地下街に潜りブックセンターの地下街店で同じように文芸書コーナーを見ると村上春樹が特集されている一角があって、カフカ賞受賞でノーベル賞に最短距離、受賞前に読んでおかないと話題についていけないよという趣旨の特集であった。探して見つからなかった文庫などがあったので買ってもよかったのだが触手が伸びず、村上春樹論を特集した文芸評論の本をいくつか読む。小谷野敦が女にモテまくる男ばかりを書く村上は嫌いだと宣言している評論があったのでちょっと読んでみるが、まあ趣旨はともかく、文壇事情について書いていたり、『ねじまき鳥クロニクル』は破綻していると書いていたりして、まあ言いたいことは分からんでもないがそうじゃないだろという気がしたが、まあそんなことを言われるであろうことも分かっていて小谷野という人は書いているんだろうなと思ったりした。
さらにブックセンターの本店に行き、適当に道を南下。東京国際フォーラムが見えてきた。なんだかモーツァルトの巨大なコンサートが行われているらしいが、どうもあまり近づく気がしない。銀座の領域に入ると人が膨大に増えてきて、中央通に踏み込むと歩行者天国の車道も歩道も人が溢れていてああ来てはいけない日に来てはいけない所に来てしまったなという感じ。教文館で本を物色しているうちに古井由吉『辻』(新潮社、2006)を見つけてしまい、買う。あの蓮実との対談を思い出すとやはり読まなければいけないだろうなという気がしていたのだった。少し読み始めてみたが、「父」の問題がドドーンと正面からぶつけられていてうひゃあと思う。
夜はなんとなく阪神巨人戦を見ていたが、テレビが途中で中継をやめてしまったので久しぶりにラジオで続きを聞く。聞いているうちにうとうとしてしまい、気がついたら阪神矢野がインタビューを受けていた。三塁ベースに当たるさよならヒットか。うーん、力と力が拮抗した試合はそういう運命のいたずらのようなことで勝敗が決するのだなと改めて感慨を覚える。
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