つくづくイヤなヤツ/ジブリの時代性と「うす甘いサヨク」性
Posted at 06/04/07 PermaLink» Tweet
昨日はよく晴れたが、今朝は春らしい薄うく曇った空。陽射しは明るい。これが霞というものか、という感じ。昨日はずっと『アイヴァンホー』を読んだが、おかげで相当進んだ。昨日一日で200ページくらい読んだか。現在44章中34章まで読み終え、502ページ中375ページまで来ている。二段組の文学全集を何日もかけて読むなど、そういえば小学生以来かも知れない。あのころ何を読んだか―『二年間の休暇』とか『スイスのロビンソン』とか、『黄金虫』とか『バスカーヴィル家の犬』とか、いずれにしても少年向けのものだっただろう。そういうものを飽きることもなく読んだ。中学生になって、『岩窟王』の原作が『モンテ・クリスト伯』だということを知り、読んでみたがすぐ飽きてしまったり、モーパッサン『女の一生』を少し読んですぐ嫌気がさしてしまったり、太宰治が嫌過ぎて全然読めなかったりといわゆる文学については読書体験で蹉跌が続いたために「大人の文学」は詰まらないもの、と自分の中で結論づけられていた。あのころウォルター・スコットを知っていたら、もっと夢中になって読んだだろうなと思う。しかしそれで現実感覚をもっと失って、騎士道物語の世界に没入し、頭の中がすっかりドン・キホーテ化してたんじゃないかという気もする。文学を読まなくなってよかったんだかどうなんだか。
それにしても、『アイヴァンホー』に出てくるジョン王、つくづく嫌なヤツだ。これも子供時代に読んだと思う『ロビン・フッド』ものに出てくるジョン王も嫌なヤツだったとは思うが、あまり記憶に残っていなかった。ジョン失地王(あるいは欠地王)ということばを知ったのは、文学から歴史に乗り換えた中学生時代のことだったと思うが、これだけ何度も取り上げられて罵倒される王様も珍しいだろう。それでいて現在のイギリス王室はジョン王の血を引いているわけだから。
夜仕事を終えて帰ってきて、テレビを見たらジブリのプロデューサーが出ていた。何の気なしに見始めたが、「時代性」ということばが印象に残って結局最後まで見てしまった。
私はジブリの作品はなんとなくイヤなものを感じて全然見なかったのだが、その原因は昨日の番組でよくわかった。『もののけ姫』で「生きろ」という言葉をコピーに使っていたのはよく覚えている。あれは鮮烈ではあったが、一面非常に「臭い」ものだった。『千と千尋』をスーパーに陳列されているテレビでちょっと見たときも「物分りのよい妖怪」がたくさん出てくるのが気色悪かったし、テレビで『トトロ』をちらっと見たときも「元気のいい少年」みたいな役どころを女の子がやっているのにアニメの仮面を被ったフェミニズム、的ないやらしさを感じてすぐ消した。
昨日の番組を見てなるほどと思ったのは、彼らは時代の空気をつかむことに非常に努力しているということだった。あの「生きろ」というコピーはバブル崩壊の暗い世相に対するメッセージであり、今製作中のアニメのコピーを若手が考えるシーンでは「2006年の7月」という公開時がどんな世相なのかを考えろ、消費税が引き上げが問題になったりして嫌な感じになっているのではないかというアドバイスがあったり、また「農民は土地を離れ、職人は技を忘れた」(言葉は不正確)という設定に現代性があるんじゃないか、しかし「農民」という言葉に身近なものがない、というようなやり取りがジブリという集団の性格を非常によくあらわしているんじゃないかと納得したのだ。
つまり、彼らのいう時代性というのは、左翼的な感性に基づいたものであり、しかも原則主義的ではないいわば「うす甘いサヨク」の、暗黒の中で一般大衆よりはほんの半歩くらい先のところの地面を照らす光のようなものなのだ、ということである。で、それがメガヒットにつながるということは、要するにこの国、日本の大部分の、「ジブリを見に行くような人々」は「うす甘いサヨク」なのだ、ということなのだ。考えてみれば例えば「寅さん」などのメガヒット作もあの時代の「うす甘いサヨク」的な部分を大きく担っている作品であるわけだし、(もちろんもっと気骨のようなものがそこそこはあったが)ものすごく飛躍すると今私が読んでいるスコットなどもおそらくはその時代のイギリスにおいては「うす甘いサヨク」的な作品だっただろうと思う。
まあ現代はスコットの時代ではないから、スコットを読んでも現代的な時代性はないが、だからこそ私などは読んで面白いのだと思う。私の中にもそういう「うす甘いサヨク」性的なものが多分にあり、しかし現代のそういうものを拒絶する態度がはっきりしているために、逆に昔のそういうものに心を動かされるというある種の倒錯が生じているのだろう。
ま、それはともかく、大概の時代において時代のセンター、言い換えれば大衆性というものは「うす甘いサヨク」的なものなのだと思えばよいのだろうと思う。その「うす甘さ」というのは、その前の時代に比べてほんの少しだけ甘くなっている、という穏便な甘さであり、もちろん時代の変化に応じて相当揺れる。
私は「時代の語られ方」が常にステロタイプ化していくことにいつも強い拒否感を持っているので、とは言ってもこれは大学生のころ以来の斜に構える態度から来ていることで本質は多分そうでもない部分があるのだが、ジブリが割合鮮烈なまでにストレートにステロタイプ化した時代性を打ち出してくることに本質的な拒否感を感じているのだろうと思う。ステロタイプに惑溺することがそんなにえらいのかと思う一方、ステロタイプを作る人々が前の時代のステロタイプをあげつらって批判する(つまりポリティカル・コレクトネス的なものだ)ことになんだか義憤のようなものを感じているんだろうなあと思う。私の保守性というのもそんなような部分もあるんだろうなあとも思ってみたり。
まあしかし、ジブリのプロデューサーという人も、本質的には大きな反時代性のようなものを抱えている人て、だからこそ時代が見える、という部分もあるのだろうなとテレビを見ていて思った。うす甘いサヨク性が時代のセンターだとすると、それより右も左もアナクロになるわけで、多分左よりの人だとは思うが、育った時代から来る私などに比べての封建性もあるだろうとは思うし、まあそんな簡単なものではないなとは思うけれども。
まあ、どんなものを書いていく上でも、そういうようなことを押さえておくことは必要だろうと思う。時代との接点がないものはなかなか読まれない。しかし時代への迎合性しかないものだとすぐに忘れ去られる。「時代と寝る」のも「時代に背を向ける」のも、やはり未熟なのだろうと思う。作品世界とか研究内容とか言うものもまた、そういうものなのだろう。
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