ロシアの不幸/アメリカが成立させた強大なシーア派ブロック

Posted at 06/02/13 Trackback(1)»

昨日。大仕事を終えてちょっとぼおっとした感じ。早く郵便を出そうと思ったのだがうだうだしていたらお昼ころになってしまった。深川局まで歩き、駅前の書店を物色したあと、地下鉄に。どこかに行こうかと思ったが思いなおして南砂町に出て、江東図書館で『プーシキン全集』の4巻を借りる。今読んでいる3巻がかなり順調に読んでいるのですぐ読み終えてしまいそうな感じだからだ。イオンの未来屋でSAPIOを買い、1階で昼食の買い物。米を買わなければ、と思ったが5キロを運ぶのは面倒。とりあえず帰宅して昼食。家の近辺を歩き回っただけだがこれで1時間以上かかった。

午後は時々思い出したように放送大学を見たりしながら(「鉄鋼産業の再編成」とか「21世紀の南北アメリカの展望」とか「文化人類学はどこから来たのか」とか「小スンダ列島の住まい・スンバ族」とか「文化人類学研究」とか。どれも断片的)プーシキン「ボリス・ゴドゥノーフ」を読む。誰も悪い人が出てこない話、というのが世の中にはあるが、誰もいい人が出てこない話、というのは結構珍しいのではないか。ラストのきり方とか、結構めちゃくちゃだなと思ったが、現代劇にみられる異化効果的な感じさえある。非常にシェークスピア的な結構で、人物の性格はよく書けている。何だろう、何というか、優雅でない、という感じがする。デカブリストの乱の直前の何か切迫した感じのようなものがこの劇にはある。歴史を動かすのは輿論、あるいは民衆だ、という主張がある。しかしこれを現実の「動乱」時代のロシアに当てはめると何か空恐ろしいものがある。

リューリク朝がイヴァン雷帝の子息フョードルの死により断絶し、その義兄に当たる摂政ボリス・ゴドゥノーフが皇帝となるが、フョードルの若い弟ドミトリー(ディミトリー)がボリスにより暗殺されたと言う史実・伝説がこの劇の下敷きになっている。そしてこのドミトリーを名乗る僭称者が現れ、ゴドゥノーフ朝を断絶させて帝位につく。まるで芝居のようだが、史実である。ロシア史上「偽ドミトリー」と呼ばれるこの皇帝の素性は全く分からない。カトリックのポーランドと結託した彼が殺されるとシューイスキーという貴族が帝位についたり、呆れることにドミトリーを名乗る人物が再び現れて「偽ドミトリー2世」と名乗ったり、ポーランド王ジグムント3世がロシアを支配したり。最終的にはポーランドを撃退した貴族たちがロマノフ朝を推戴するわけだが、このあたりは気持ち悪くなるような乱れ方である。この気持ちの悪さに突っ込んでいくプーシキンの筆がデカブリストの乱直前の予感のようなものとして不協和音的な緊張感を醸し出しているのかもしれない。ロシアは不幸な生い立ちをした子ども、のような感じがある。それももちろん日本人である筆者の感じ方なのだろうけれども。

この芝居の中にはさまざまな象徴的な場面があって、そのあたりを分析するのが好きな人はたくさんいそうだが、とりあえずはこの気持ち悪さをこの芝居の特徴としておきたいと思う。

続いて「吝嗇の騎士」を読む。これは中世フランスあたりが舞台なのだが、この男爵のケチぶり、守銭奴ぶりというか拝金者ぶりも物凄い。最後には主君の目の前で少しは金をまわせと要求する息子に決闘を申し込むという常軌を逸した行動に出て直後に発作で死ぬというもの。なんだか○○えもんと呼ばれる人物を思い出す。こうした人物造形はやはりプーシキン独特のものがあるように思う。

***

夜はNHKスペシャルで「シーア派台頭の衝撃」というのを見る。イラクのシーア派の指導者がフセイン時代はほとんどイランに亡命していたということは知らなかった。イランが積極的にイラクのシーア派に連帯を呼びかけているのは知っていたが、その関係の深さがそこまでだと言うことは知らなかった。総選挙の結果イラクにシーア派主導の政権が出来るとイランとはますます接近することになるだろう。フセイン時代に「見捨てられていた」シーア派地域のインフラの整備にイランは今積極的に援助・投資を行い、高校を建てたり橋を掛けたりしているのだという。あれだけアメリカと対立していても、やはり産油国であるイランは大国なのだと言う認識を新たにする。驚くほど近代的なテヘランの町の映像を見て驚く。

そして知らなかったが、クウェートからサウジアラビア、バーレーン、カタールにかけてのペルシャ湾南岸は、実はシーア派の住民が多数を占める地域なのだと言う。湾岸諸国と言えば王族の専制国家で穏健なスンニ派・親米の産油国という認識しかなかったが、民衆は違うのだ。これらの諸国にアメリカは圧力をかけて「民主化」を強要し、選挙を行って議会を開かせたが、その結果シーア派が政治にどんどん台頭していると言う。彼らはイラクのシスターニ師を精神的支柱としているそうで、そうなるとどんどんシーア派の国際連帯が強まり、精神的にはイラク・ナジャフのシスターニ師を、軍事的・政治的にはイランを中核としたペルシャ湾岸シーア派ブロックが強大な石油利権を持った形で成立していく可能性がある。

アメリカはパンドラの箱を開けた形だ。フセイン政権を倒し、湾岸諸国の専制を配すると言う無邪気な進歩思想の強大な軍事力を背景にした押し付け(これはGHQのやり方と構造的には全く同じだ)により、強権で抑えられていた原理主義的傾向の強いシーア派がもくもくと煙のように立ち上り、アメリカを脅かすことになりそうである。

結局、アメリカは単独行動主義に走るあまり、伝統的なバランス・オブ・パワーの政治学の研究を怠った、ということになるのではないか。逆に言えば、冷戦終結後の自ら=「唯一の超大国」の力を過信しすぎている、ということだろう。力は何も軍事的・経済的・政治的な力だけではない。宗教的な団結力というものの強さをアメリカは軽視しすぎたのだろう。それはアメリカの世俗意識の高さの故ではなく、ブッシュ政権自身の原理主義的・福音主義的な傾向の強さの故かもしれない。アメリカは「唯一の超大国」であり、「ベスト・アンド・ブライティスト」の頭脳集団であるのだろうが、世界を差配するには力不足であると言うことはますます明らかになっているのだろうと思う。


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