佐藤亜紀『掠奪美術館』:絵を絵としてみること/モノクローム(フォルム)と色彩
Posted at 06/01/18 PermaLink» Tweet
昨日。『ヘッセの読書術』と佐藤亜紀『掠奪美術館』、『バルタザールの遍歴』を携えて家を出る。丸の内の丸善で万年筆の本に少々目を通したあと、新宿に出て特急で帰郷。車中、『掠奪美術館』読了。メーヘレン作のフェルメール(つまり贋作)の話などが面白い。フェルメールをゲーリンクに流したことを糾弾された画商メーヘレンはその作が自分の描いたものであったことを白状し、なおも疑う人々の前で裁判所で実際に描いて見せたと言う。今でもメーヘレン作の『楽器を弾く女』はアムステルダム国立美術館にあるとあるが、すごい話だ。図版を見る限り、今の私から見ても「フェルメール風の絵」ではあってもフェルメールその人の作といわれると「そうなの?」と感じられるような作品なのだが、当時の人々にとってはフェルメールそのものに見えたと言うことは不思議なことではない。逆にラファエロの作品などで、「何かラファエロっぽくない」と思うようなものもあるわけだし、真贋などというのはえらい話だと思う。
佐藤は美術史の学生だったと言う。美術史の時代は絵画を絵画としてみることが出来ず、美術史の学生であることをやめたとき、モネの睡蓮を見て今まであれだけ軽蔑してきた絵がこんなに美しい、ということに泣かずにはいられないくらい切なかった、と書いているが、それはよくわかる。絵が好きだから美術史を専攻したのに、絵をみることそのものの快楽に浸ることからかけ離れた取り組みをせざるを得なくなってしまったと言うことなのだろう。私の「歴史好き」というのもそういうものだったなと思う。もっと語学力があればフランスの史料そのものの愉悦に耽溺できたかもしれないが、その能力もなく歴史に描かれたさまざまなイメージ=幻像やその喚起力にひかれて歴史に取り組み、かえって無残にそういうものが失われた、という感じがある。学問と言うものは「イメージ」や「感覚」とは違うものなので、イメージが欲しいのなら学問にはあまり近づかない方がいい。自らのイメージを養うときに必要なら学問に近づけばいい、というくらいのスタンスでないと、虎の子のイメージがいつのまにか死んでしまうのである。
美術史上にデッサンが重要か色彩が重要か、という論争があったそうだが、デッサン派、つまりフォルム重視派が勝つことが多かったそうで、それは実は哲学的な深遠さに基づいた議論と言うより、その人の視覚の特性、物をとらえるときに形と色とどちらを重視するか、ということにかかっているのではないか、と言う話を読んでふむふむと思う。最近ろくな夢を見ていないが、子どものころに比べると夢の中で色を意識しなくなっている気がする。子どものころは、「白黒の夢」というのもみたことがあるが、これは明らかに「ウルトラQ」や「どろろ」などの影響で白黒テレビの画面の影響を受けたものであった。「仮面の忍者赤影」などカラーの番組のイメージで夢を見ることもあったし。
普段は普通に色を意識しているようでいて、あれ、あんまり考えてないなと思うのは例えばサイトを作るときにバックの色、文字の色、この区画はどんな色にするか、などを考えても組み合わせにあまりストックがない、ということで初めて気がつく。たいていは、人がつけた色で何もかんじていないのだ。
このブログの色の組み合わせも「和風」と指定されたグリーン系の色を組み合わせているだけで、そうオリジナリティはない。でもまあ他にあんまりこういう色のサイトは見ないし、一応自己満足に浸っている。
絵画にしても映画にしても、やはり色彩と言うのは欲しいなと思う。目が楽しいと言うか、うきうきしてくるのはフォルムより色彩だ。フォルムの美しさに感動することもあるが、それはもっと精神性に近い部分のものではないかと言う気がする。映画でもたとえば『バリー・リンドン』でおぼえているのは圧倒的な色彩美だし、パラジャーノフの『ざくろの色』なんていうのも色彩がなかったら全く別物だ。しかしフェリーニの『道』やあのころの数々のイタリア映画など、色彩がなくても全然いいし、色彩がないから物の形がはっきり見える、という側面もまた確かにある。
日本の絵画を考えるとやはり水墨画のようなモノトーンのものもあるし伊藤若冲のようなカラフルな色の化け物みたいな絵もある。そういえば昔は若冲がすごく好きだった。西洋の銅版画などでもそうだが、やはりモノクロの絵画というのは精神性を感じさせ、色彩豊かな絵画は官能を刺激する、ということなのだろう。私はポール・マッカートニーの方がジョン・レノンより圧倒的に好きだったが、まあそういうことと関係しているような気もする。しかしアリとキリギリスではないが、世の中はどうもモノクロ派のアリの方が、色彩派のキリギリスよりも強いと言うことになっているらしい。色彩がないと世の中つまらないが、モノクロ(つまりフォルム)がないと世の中は動かない、というような関係にあるのだと思う。
芸術と言うものはやはりいろいろなことを考えさせてくれる。
午後から夜にかけて仕事。合間に『誤訳をしないための翻訳英和辞典』を読んだり(いまgまできた)、夜は『ヘッセの読書術』を読んだり。12時ころ就寝。
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