佐藤亜紀『天使』:『掠奪美術館』/立て続けに道を尋ねられる

Posted at 06/01/16

昨日から佐藤亜紀『天使』(文春文庫、単行本2002)を読み続け、昼ころ読了。何でも知っているしなんでも書ける作家という感じだ。20世紀初頭のオーストリアというものにある種の偏愛を感じる。

貴族のもっとも貴族らしい社会が18世紀末のフランスで崩壊した後、それを最後まで保っていたのは20世紀初頭のオーストリアだろう。イギリスをもともとは産業革命と金融資本主義によって台頭した新しい貴族たちの国と考えると、矛盾と荘厳に満ちた貴族社会が最終的に崩壊したのは第一次世界大戦の終末に伴うオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊であったと言ってよいだろう。相した滅びの美のようなものを背景に、作者は物語を書き綴る。

この作家には気に入らないところがあって、それが最初は鼻についていたのだが、そのうち思わず噴出すような言い回しをところどころに見つけていくうちにどんどんペースについていけるようになる。その最初のせりふはこうだ。舞台はペテルブルク。

「アルカージナ・Kは、麦藁色の髪を断髪にして、男物の綿入れの上着をジャージー織の胴着の上から引っかけていた。若い女というよりは、高い頬骨の上の落ち窪んだ目のせいで革命暦4年の公安委員のように見えた。」

「革命暦四年の公安委員」なんて言い回しを何の前触れもなく突きつけられると仮にも革命史をやったことのある人間としては噴出さずにはいられない。しかし現実には革命暦4年の初頭(1795年10月)には公安委員会は解散されているはずで、そんなものはいないのだが。しかしそういうふうに言われるとマラーかロベスピエール、あるいは派遣議員のタリアンかフーシェあたりの陰鬱な虐殺者のイメージが浮かび上がってくるところが巧いと思う。で、これは言い回し上、革命暦4年でないとだめなのだ。たとえば3年では。

ウィーン在住のセルビア人の志願兵を乗せた列車がベオグラードに向かう様子。

「全員が、ベオグラードで志願するつもりでいた。全員が、ベオグラードなど見たこともなかった。」

戦争の熱狂とはこういうものだろう。

「ウィーンでは、人間は男爵から始まる、というのは傲慢や狭量から来る台詞ではない。むしろ寛大すぎるくらいのことばだ。」

本物の貴族社会、階級社会というのはそういうものだと思う。

まあなんだか歴史のネタばかりになったが、表現もおっと思うのがある。

読み終えて感想を喋ろうと友人に電話するが留守なのでレオンの大聖堂の絵葉書に簡単に感想を認める。銀行と郵便局に出かけたついでに投函。そのまま日本橋に出て、地下の店で鰻を食う。なぜか腹が鰻を要求していた。本屋を冷やかしつつ銀座へ。結局bk1で佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』(文春文庫)と『ヘルマン・ヘッセの読書術』(草思社、2004)を買う。松屋の向かいで、車に乗った大阪弁のおばさんに東京駅への道を聞かれた。一応説明したが分かったかどうか。

久しぶりにカフェ・ド・ルトンへ行って珈琲にクレープ。『読書術』を少し読む。甘みに満足して早めに店を出る。でたところでガイドブックを手にしたインド人風の男に焼き鳥屋の場所を聞かれる。地図を見せろと言って見てみたらこれが中央区全体が出ているようなべらぼうな地図だ。だめだ分からん、ソーリーと言って歩き出したら目の前にその焼き鳥屋があった。メイビーヒヤ、と言ったら笑ってサンキューと言って店の中に入っていった。一日に二回道を尋ねられるというのはずいぶん久しぶりの気がする。旭屋書店まで行ったついでに日比谷図書館に行こうと思い立つ。『天使』の続編の『雲雀』を読みたかったのだが、生憎無し。仕方ないので同作者のエッセイ、『掠奪美術館』(平凡社、1995)を借りる。ついでに虎ノ門まで歩いて書原の霞ヶ関店を覗き、帰宅。帰ってから友達と電話で話したり『掠奪美術館』を読んだり。

この作者の気に入らないところというのは女の野蛮さには寛容なくせに男の野蛮さは全く許容しないところで、まあ女というものは概してそういうものなのだが、『掠奪美術館』で「ナポレオンの戴冠」を評した記述を読むと全くもって散々である。

「男のロマンという奴くらい、男の口から聞いて恥ずかしいものはない。お前には羞恥心というものがないのか、という気になる。もっと言うなら、男のロマンとはすなわち男の自惚れの自制心を失った垂れ流しであり、ただでさえ馬鹿ばかしい男の自惚れが、おまけに垂れ流しになっているのでは、もう、笑うほかあるまい。」

まあ言いたいことは分からないでもないが、そういってしまえば身も蓋もないというものである。しかしまあ、エッセイというものは小説に比べると格段と構築力が弱くそれだけ隙も多いので、弱点も偏見も見えてくるところが面白くもあり幻滅でもある。この日記のような駄文などもとより隙だらけであるから私のほうこそ笑われているのにも気付かずに人を笑う愚者なのだが。

夕食は結局裏の藍屋で天丼を食べる。昼夜丼物になった。丼の精でも憑いているのだろうか。


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