『日本思想史入門』:中世思想の世界性と近世思想の秩序性
Posted at 05/11/08 PermaLink» Tweet
昨日は「正法眼蔵」の感想を書いたところで息切れしたが、昨日朝の時点では『日本思想史入門』は「説教集」の途中まで読んであった。その後「葉隠」伊藤仁斎「童子問」と読了し、現在は荻生徂徠「弁道」に入ったところである。
昨日読んだ分の感想も少しずつ。「歎異抄」では、阿弥陀信仰の根拠が「大無量寿経」であり、その中で法蔵菩薩が阿弥陀仏になる前にたてた四十八の誓願のうち第十八、十九、二十願がその根拠となっていて、中でも十八願「たとい、われ仏となるをえんとき、十方の衆生、至心に信楽(しんぎょう)して、わが国に生まれんと欲して乃至十念せん。もし生れずんば、正覚をとらじ。ただ、五逆と正法を誹謗するものを除かん」というものを悪人正機説の根拠としているということを知る。宗教の改革運動というものがこのように経典の解釈の中から生まれてくると言うのは面白い。解釈を純粋化したり本来の字義に戻ろうとする言わば復古的な営みの中から全く新しいものが生まれてくるのは、プロテスタンティズムでもよく見られる。
「徒然草」は通読したのはバロン吉本の『マンガ日本の古典 徒然草』だけ。中世隠者文学というが、隠者というのは喜撰法師の昔からあったのではないかと思ったが、若年の遁世者が出てくるのは平安末期以降であり、彼らは寺院に属して信仰に生きるわけでなく、したがって身分として僧籍に入るわけでもない(在家の沙弥という形態)。僧形になっても歌会に出席し、また「遁世」自体が王朝的美意識を反映したものだという。「無常」を感じ尋常一様の出世から離れはするがそれは自らの心の平安を求めるものであり、一種の自由人であると解釈できるという。このため彼らはのちには「数寄者」の名で呼ばれ、風狂の思想とその系譜を生み出していくのだという。
私などは確かに西行などの存在がどうも不思議でならなかったのだが、そのように整理してもらえると分かりやすい。寺院に入るいわゆる出家と、西行のように気ままに生きるスタイルはどう考えても全く違う。比較するならばポリス社会崩壊以後のストア派やエピクロス派あるいは犬儒派の哲学者たちのようなものか。しかし日本の風狂の思想は哲学にもならず信仰を深めるわけでもなく教理体系を打ち立てるわけでもなく、つまりは文学的なものであり、「彼らの残したのは、自らのありようをめぐる観念や感情がさまざまに動き交錯する、その内面のドラマそのものであり、それゆえそれらは随筆や歌集といった私的な表現の形態をとった」のだという。このあたりちょっと類例を思いつかないが、その辺に日本文化の独自性の大きな部分があると言うことだろうか。まだうまくまとまらない。
本文で一番印象に残ったのは「死は前よりしも来たらず。かねてうしろに迫れり。」という言葉である。確かに、死は生きようとして向かっていく先に待ち構えているのではなく、ある意味見えないところから近くに来ているものだと思う。人は刻々に死んでいる、それを人は刻々に生きている、と歪曲することが文化の本義だと野口裕之氏は言っているが、そんなことを思い出した。
「説教集」。親兄弟という情の論理を重視していて、家族の中で誰かが欠けているという家族の欠損の状態(父の不在・あるいは子の不在を埋めるために神仏に祈願して生まれた「申し子」)から物語が生まれ、「情」という内的・極私的な論理が救済の論理に転ずるという構造を持っている、というところをふむふむと読むが、今のところこれが日本の思想全体にどのような意味を持ちうるのかはまだ深く考えていない。
「葉隠」。先日読んだ『男の嫉妬』の中でずいぶん貶されていたのでどうもそういう先入観からいちいち引っかかる箇所が多くなってしまったが、なんというかまあそういうものだと思いつつ読むようなものだなと改めて思った。一番大切だと思うのは「兼ての覚悟」というものだろうと思った。戦場で主人が危なくなったら第一にその前に立ちはだかり、命を落とすことを普段から意識していることが武士道の全てだ、というわけである。なんというか、ある意味徹底的な反知性主義で、「出来るやつほど死を惜しむ」から「出来ないヤツの方がよい武士だ」というくらいの徹底性を持っている。
これは確かに日本人の精神基盤に今でもあるわけで、できる社員よりも忠誠心だけは厚いという人間の方が評価されたりする。それを面倒に感じる人は多いだろうが、日本人の精神性のひとつの特徴だし、そういう人間がいて始めて組織が成り立つくらいには日本の組織はもともと弱体なのだとも思う。「無能な人間の忠誠心」こそが、実は日本的経営の中核だったのではないかと、まあそういうものがなくなりつつある現在思ったりする。アメリカ的経営に換骨奪胎することはそういう意味では日本的組織と日本社会をいったん全面的に崩壊させることにつながる可能性があるというくらいには思っておいたほうがいい。
「童子問」。伊藤仁斎の著作を部分的にでもきちんと読んだのは初めて。「葉隠」もそうだが、中世の乱世の時代にはある意味世界的なスケールを持った思想が生まれ得たのだが、安定した封建社会が成立した近世にはむしろその秩序性のなかから世界を解釈するような思想が生まれてくるのだと思った。そういう意味で、儒教が近世の主要思想になるのは政策的にも社会の必要からもしかるべきことなのだろう。私の友人で、なぜ日本にはロシアのトルストイやドストエフスキーのような芸術上の巨人が生まれないのだろう、と悩んでいる人がいたが、日本は19世紀ロシアのような徹底的な社会矛盾を抱えた恐るべき社会ではないからなのだろう。そう考えてみると、日本中世の「乱世」というものがどのようなものであったのか、ちょっとぞくっとする。
仁斎を貫いているものは朱子学批判であるといってよい。孔子・孟子を徹底的に研究することで性理論を否定し、山崎闇斎らの主張する「敬」(かしこまった態度・厳格性といえばよいのか)よりも人間性の根本にあると考えた「已むを得ざるもの」としての「誠」を重視した。また朱子の思想を「理が先にあり気が後にある」思想とし、「理」は後から作られたもので、先にあるのは「気」であると考えた。まあ朝鮮朱子学なら存在を許されない異端である。このあたりからはっきりと日本と朝鮮の思想的対立ははじまっているのだなあと思うが、もちろん顕在化するのは数百年後のことである。
近世儒学は自分にとって最も知識も理解も欠けているところだなあと改めて思う。逆に言えば、戦後的な倫理教育にとって、中世の思想というのは非常に適合していたと言うことが出来るのかもしれない。そういうものが自分の思想理解の中でも明らかに投影されているように思う。自己の世界理解の体系を与えられたものではなく自分自身の意思によって再構築していくということは大変なことだなと改めて思う。
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