科学を「信じる」日本人/お前はあたしさえ見てればいいんですよ/「週刊金曜日」記事盗用事件
Posted at 05/10/05 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。信州はさすがに冷え込むな。それも今朝のように雲が低く垂れこめている日は見るからに寒々しい。しかし放射冷却がないだけましなはずなのだが、晴れてたらいったいどんなことになっていたのだろう。
出かける前に極東ブログのこちらの記事を読んでいて触発されるところがあり、丸ノ内の丸善で山本七平『静かなる細き声』を探す。単行本はなかったが文藝春秋から「山本七平ライブラリー」が発行されており、その第16巻がまさに「静かなる細き声」(1997)だったので少々値が張ったが購入。ぱらぱら読んで、今までの私の山本七平のイメージが間違っていたことを早々に発見。私の中ではこの人は単なる俗流保守派知識人であり、『日本人とユダヤ人』を「偽名」で出版したインチキな人物、という印象だったのである。この書の中では、特に文章の初出が『信徒の友』という雑誌に連載されたエッセイだったせいもあるのだろうが、非常に真摯で知的な書きぶりで、今までのイメージを全く吹き飛ばすような文章だった。
一番気になった文章、つまり日本人に進化論と現人神の思想が自然に同居していたことの指摘は小室直樹との対談『日本教の社会学』にあったのだということを今前出サイトで確認したが、その後の進化論に関わる部分は「静かなる細き声」に展開されている。
「四柱推命は信じられる、なぜならば四柱推命は科学だからだ。科学ならば信じられるが宗教は信じられない。」という主張を聞いて山本が可笑しく思ったということから話が始まり、そう言えば日本の新興宗教は「創価学会」だの「立正佼成会」だのと宗教色のない命名のされ方をしているのは、「宗教だと信じてもらえない」からではないか、という指摘をしている。クリスチャンでありその伝道を問題意識に持っている山本は、キリスト「教」を他の名にしたらもっと伝道がうまく行くのではないかとも。
まだこの部分をそんなにきちんと読んでいない、というか後半の「昭和東京物語」の方が面白く、相沢事件や2・26事件のころの東京の様子などの方を読んでしまい、また『べけんや』の方を読んでしまったりしたために山本の根本的な論点はまだつかんでいないのだが、私としてはこれは日本人が根本的に持つ現場志向・行動重視、反形而上志向の現れで、いろいろな意味で「役に立つ」学ならば受け入れるが「益体もない」教え、宗教は拒否するという志向の表れなのではないかと思った。つまり「学」とはサイエンスではなく、ある種の技術体系だと受け取られている傾向があるのではないかということである。
これだけでは論の展開は不十分だが、日蓮宗系の行動と意志の教えや陽明学の思想が日本で影響力を持ち得たことと通底しているのではないかということである。まあそこのところはもう少し考えてみなければならないが。
いずれにしても山本七平というのはインチキだの俗流だのと切って捨ててよい知性ではないということはよくわかった。こういう偏見は恐らくは呉智英の評論を愛読していたころに身についたものだと思うが、呉智英もまた何らかを足がかりに評論家としての自己を確立していく時期の作品なのでやや暴走気味のところもあったのではないかという気もする。まあどんなものであれ自分の目で見、自分の頭で判断しなければならないのだなということをいつものように痛感させられたことではあった。
* * *
『べけんや』読了。やはりいい本だった。高座で落語をしているときに先が言えなくなってしまい、「勉強しなおしてまいります」と一礼して高座を降り、そのまま引退して亡くなった落語家がいたという話はもちろん知っていたのだが、それが八代目桂文楽であったとは知らなかった。そしてそう言って高座を降りたときはむしろ機嫌がよかったという話も驚く。つまり、高座でボケてしまう醜態を晒すことを文楽は一番恐れていたそうで、ついにそのときが来た、と悟ったときにそのように身を処すことが出来たのを嬉しく感じていた、ということらしい。まさに美学である。
「らしくぶらず」ということばも聴いたことはあったが、いい。噺家は噺家らしく、噺家ぶらず。これは何事にも言えるだろう。教師らしく、教師ぶらず。看護婦らしく、看護婦ぶらず。いい言葉だと思う。
著者の小満んが前座時代、噺を一つしか覚えさせてもらえず、「お前はなんのためにいると思ってるんだい。お前なんぞ、まだ噺家の卵にもなっていないんですよ。」「お前はあたしさえ見てればいいんですよ。噺なんざ、まだどうだっていいんだ。」などといわれたということばも、師が弟子にいう言葉としてはこれ以上にふくよかで愛情と信頼に満ちた表現はないように思った。自分の全てを伝えるという気概。自分の全てを盗み取れという愛情。人に物を教えるということは、究極にはそこまで行かなければならないのだろうと思う。
* * *
左翼系では大御所の面々が編集責任者に顔を連ねている雑誌、『週刊金曜日』で記事盗用問題がおこり、編集長が共同通信と時事通信に文書で謝罪したという。その記事を読売と朝日で読んだが、改めていうことでもないかもしれないが、両者のスタンスの違いがよくわかって面白い。読売の記事では共同・時事両社の記事を配信契約を結んでいない週刊金曜日の外部の執筆者が無断借用し、「両社が週刊金曜日に問いただした」結果、謝罪文書が送りつけられた、としている。朝日の方は記事の内容を「自民党の驕りと戸惑い」と題されたもので、外部ライターが書いた記事を編集部がまとめたと詳しく紹介し、188行中時事から70行、共同から35行を盗用したと詳しい。「読者からの指摘」の結果、ライターが「自分の取材と齟齬をきたしていないため時間に終われてそのまま使った」と「話し」、編集長の「いかなる理由であれ、契約していない通信社の記事を無断で使ったのは盗用と指摘されてもしかたがない。」というコメントで〆ている。
読売の方が通信社側から記事の盗用行為を強く糾弾するカラーが出ていて、朝日の側が「金曜日」側から自民党を批判した記事だったんです、意図はよかったけど方法がまずかった、とか、読者から指摘を受けて、つまり「問いただされる前に自浄的に」調査をはじめていたと言うニュアンスを出したり「いかなる理由であれ…しかたがない」となんとなく非を認めたくないニュアンスに同情的である印象を受ける。このあたり、勝谷誠彦氏の言う「築地をどり」の「身内をかばう」所作、という感じがありありで、返って可笑しい。こうした部分があまりにも党派的だと、結局は読者の喪失につながるのではないかと思うのだが。
* * *
それにしても寒い。気温は上がらないし雨まで降ってきた。
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