陰陽師/角を曲がると景色が変わる/出逢い系/フランス敗れたり/狐に摘まれる

Posted at 05/08/01

金曜日の夜に帰京し、土曜日はやや調子悪し。しかし町に出かけ、岡野玲子『陰陽師』(白泉社)の12巻が出ているのを発見。ずっと巻名は十二神将の式神の名がつけられていたのでてっきり12巻で終わりかと思っていたら、最後まで読んでも物語は終了していなかった。予告を見ると13巻で完結だという。内容的には安倍晴明の妻女・真葛の出産と村上天皇の新内裏への遷御、蘆屋道満との術比べ(伝承とは全く違うが)といった筋立てで、ここ数巻の中でははっきりと筋立てが分かって欲求不満に陥るところの少ないものであった。話は壮大になっているはずなのだがあまりそういう感じがしてこないのはちょっと不思議である。なぜかエジプト風味が加わっているが。

読了後、神田に出かけ、読みたいものを見つけられず六本木一丁目の書原へ。自分のやっていることにやや不可解なところがあり、いろいろ考えていたのだが、今まで生きてきた中での選択で、それまでの過去と完全に決別せざるを得なかったことが何回かあったことに気が付いた。過去といっても人間関係的な部分だが、30歳を過ぎてからそういう大きな転換があると失う友人の数は膨大で、それと同じだけの友を再び得るのは回復困難な面が多い。単に数的にだけでなく、質的に。しかしそうした決断は自分にとってはどうしようもないそれしかない決断であったのだから、後悔のし様もない。もう角を曲がってしまい、見える景色は全く変わってしまったのだ。今から戻っても、もう誰にも追いつけないし、おそらくは道すらないだろう。

そんなことを考えながら本を物色し、ドナルド・キーン『足利義政 日本美の発見』(中央公論新社)を買う。日本美、のなかに角を曲がったあとの私の目当てにするものが見つかるか。ただ、それに近い何かはありそうに思う。

一気に読んでしまうものと平行して読んでいるものがいろいろ錯綜してくる。今は本当に、何かを見つけなければならない時なのだと思う。土曜日の夜から不調が本格的になり、簡単に絶食を試みる。日曜日の朝と昼を抜く。

午前中神田に出かけ、内田春菊『出逢いが足りない私たち』(祥伝社コミック文庫)と水木しげる『神秘家列伝』其ノ四(角川文庫)を買う。内田春菊は久しぶりに読んだが、それは帯の斉藤学の「ネットって、人間の精神に何かを付け加えてくれるものなのか、それとも崩壊のプロセスに招き入れてしまうものなのか。知りたいことでしょ、みんなね。」という言葉に引かれたのであるが、ネットの罠というか、ネットを介して起こるさまざまな勘違いというか思い込みみたいなものもあれだが、姉妹間の嫉妬のトラウマとかセックスにおぼれていく過程の赤裸々さ、見たいなものがあれだなと思う。特に、出てきたときは普通の一般人という感じの姉が小さいころに両親にかわいがられていた妹への抜きがたい嫉妬心を持っていたり、「きちんと」結婚して子どもが出来たら父親に「子どもが出来るようなことをしたのか!」と怒られて当惑し、母に聞くと「とりあえずはうまくいくかどうか一緒に暮らさせてみるだけですから」と説得したといわれて途方にくれ、旦那には呆れられて事実上見捨てられ、自分の娘にも愛情を持てず・・・という状態に落ち込んでいることが明らかにされてきて、むしろその存在の方がホラーっぽく見えてくるという感じだった。

読み終えたころに丸の内に出る。丸善のカフェと丸ビルの精養軒茶房をはしご。東京駅が見える窓際に。空の色がだんだん変わる。和田倉門の噴水の公園でしばし光と水のページェントを見る。そのあと八重洲ブックセンターに出、しばらく懸案だったアンドレ・モーロワ『フランス敗れたり』(ウェッジ)を買う。途中読みながら帰る。訳がやや古きよき時代の訳だなあと思いつつ読んでいたら、今確かめたら昭和十五年刊だった。つまり、第二次世界大戦のフランスの敗戦の直後アメリカで書かれたものをすぐに訳して出版したきわめて同時代性の強い出版物だった。訳者高野弥一郎の子息の当時の回想を読むと、200版を越えた大ベストセラーとなって、奥付の著者検印を夫妻だけでは押し切れず、郷里から手伝いを雇って押したというエピソードが記されていてまさに嬉しい悲鳴、という感じである。内容もさることながら文章も読みやすく、これが売れたというのもむべなるかなと思う。しかし、三国同盟が結ばれた後の時期にナチスを非難し、自由を擁護する連合国の立場に立って書かれた本がこれだけ売れたというのは、日本人の微妙な心理がいかなるものであったか想像してしまう。まだ読書中。

さる方とメッセージのやり取りをし、私が沢山本を買っていてカネモチだと思っていた、と書かれて狐に摘まれたような気分になったが、よく考えてみると確かに沢山本を買っている。しかし現実問題として独身者だから非常に偏ったお金の使い方をしているだけで、本当は貧乏なのである。結婚していたころは確かにこんなにバランスが崩れてはいなかった。こんな生活が当たり前のような気がするところはちょっと変なのだろう。

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