『国家の罠』が呼び起こす冷静な興奮/自分の中にあるいくつかの相反するもの
Posted at 05/07/19 PermaLink» Tweet
昨日。ずっと佐藤優『国家の罠』を読み続ける。近来希に見る面白さだ。およそ政治というものに関心のある人に対しては、全ての人に薦めたい本である。近い将来、21世紀初頭の日本の外交と国内政治を学ぶためのひとつの教科書的存在になるのではないかという気がする。また特捜の捜査という自らに圧倒的に不利な状況の中でどのように自ら守るべきものを守るために戦うか、といったひとつのマニュアルにもなり得る。情報官という恐ろしくドライな存在でありながら、そこここに感じさせるユーモア、熱さ、そして幅広い知性といったものに感心させられる。政治家の手記・自伝などはいくら面白くてもやはり大衆相手の商売なのであまり知性的であると嫌われる側面があるためかあまりそういう意味での満足感はないのだが、新しく知ってへえと素直に感心する部分もふんだんに盛り込まれていて、ただものではないということが直ちに感じ取れる。
佐藤氏はテレビで連行される場面などしか見たことはないが、その表情はやはり職業柄独特なものを感じさせる。同じ情報関係出身のプーチン大統領と共通した何かがある。それはある意味職業柄かぶらざるをえない仮面のようなものだが、おそらくはその仮面に合わせて人間性自体を再形成させている部分もある。まあそれはどんな職業でもいえることかもしれないが。
この本はまだ読みかけなのにすでに膨大に付箋が挿んである。それも新しく知って面白いということだけでなく、このことについて考えてみたいというテーマ、それもかなり深めのものが沢山あるのである。おそらく、佐藤氏は逮捕され国策捜査を受けることがなければこのような本を書くことはなかっただろう。彼のような恐ろしく切れる外交官が外交の一線にいられないということは日本にとって損失だと思うが、この本を著したことはその損失を災い転じて福にしたと思う。
彼の特徴は、歴史の中での自分の存在と仕事、そして逮捕と捜査の意味を冷静につかもうとしているところにある。この本のレビューを見ていると記述の真実性を疑うものが多いが、そういう観点からすると彼が書いていることは、基本的に全て事実だと思う。ただ当たり前のことだが考えるべきは、彼は必要なことしか書いていない、ということである。つまり、知っていても書いていないことは絶対にあるということ。そしてまたもうひとつは、彼もまた人間である以上全てのことが見えているわけではないということ。そういう人間として当然ある限界のようなものもまた自覚して読まなければならない。こうした事件の複雑性は、週刊誌の見出しではないのだから、「渦中の人物が全てを語った!」結果、全てのことが判明した、などということはあり得ない。彼が相当ものの見える人物であることは事実だが、そういう意味ではある一冊の本で「全てが見えた!」ということはあり得ない。
とにかく、この本を読んでいると非常に冷静な興奮といったものに引き込まれていくのを感じる。
まああまり熱中するのもなんなので、昨日の午後は銀座に出かけることにした。教文館で本を物色し、コロナブックス『古裂(こぎれ)を楽しむ』(平凡社)と吉田満『戦艦大和ノ最期』(講談社文芸文庫)を購入。6階のカフェに上ったら結構こんでいたが、二人がけの席に座ってレモンティーとトラピストガレットを注文。『古裂を楽しむ』に目を通す。
この本で扱われているのは古い着物の再生利用のようなもので、主に人形などを作っている。なぜかこういうものには心を惹かれるところがある。数十年、数百年前の人が身につけていた目にも艶やかな着物が、人形という形で再生するのは、ある意味で何か必然性のようなものを感じる。身につけるものを材料に身につけるものを作る、というのもひとつの行き方だが、人形という何か魂の入りそうなものを作るというのもまた一つの方向だなと思う。古人の造形と現代の造形のマッチというか、競い合い。そのようにして、もとの古裂に負けないような造形を作り出すのはひとつの戦いの様なものだなと思う。作家は皆女性ばかりだが、そういう意味で女性というものは、いや、女性の中には、戦いというものが好きな人が多いなと改めて思う。デビ夫人の言っていたパリの社交界の笑顔の陰の熾烈な戦いとどこか共通するものを感じる。男の血腥い争いとはまた違う、神経戦である。
『戦艦大和ノ最期』は、当然読んでいなければならなかったものをなんとなく敬遠していたのが、読んでみる気になったというようなものである。漢字カタカナ交じりというのは慣れないと読みにくいが、読み始めてみると引き込まれるものがある。敷居が高いのが何だが、やはりこれはなるべく多くの人が読むべき本だなと思う。未読了。
少し読んだあと店を出て伊東屋へ。何か面白いものがないかと探し、結局イタリア製のフォトフレームを買った。ピンクと赤を基調にしたモザイク模様のものである。少し高かったが最近なぜかフレームにひかれることが多い。フレームをコレクションするのも面白そうだとさえ思っている。何でそんなものに惹かれるのか今ひとつよくわからないのだが。
街を歩き、八重洲ブックセンターでまた本を物色し、外に出たらちょうど朝青龍と若の里の一番を街頭テレビでやっていた。勝負を見届けて東京駅に出、切符を予約して大丸の地下で夕食のおかずを買い、八重洲地下街の古本屋でちょっと立ち読みして地上に出、丸善で本を見る。今日物色したが買わなかった本で興味のある本は三冊。副島隆彦の『恐ろしい日本の未来 私は税務署と闘う』、曽野綾子『日本財団9年半の日々』、アンドレ・モーロワ『フランス敗れたり』の3冊である。
帰って来てしかし主にずっと『国家の罠』を読み耽る。私が個人的に知っている人物がアカデミズムや政治の世界で一人二人出てくる。しかも私が大学院にいた期間、著者は教養学部で授業を持っていたことがわかった。そんな余裕はなかったが、こんな人と知っていたら無理にでものぞいて見たかも知れない。はるか昔を振り返ると、ロシア東欧世界というものは私の興味の対象のひとつだったことは確かなのだ。もし進路をそちらの方に選んでいたら、私もこの本の登場人物の一人だったかもしれないと思うと少々感慨がある。
佐藤という人は権力の中枢に近いところにいながら、ある意味修道僧のようなところがある。西欧でも日本でも宗教人が外交官でもあったことは歴史の教えるところだが、権力との微妙な距離のとり方、国益への意識といったものが非常に興味深い。
時間がないので全部は書けないが、彼は国益というものをたとえば信頼関係を保ちながら外交を行え、そこで自らの主張に近い形で条約を結んだり関係を増進したりしていくこと、というような意識を持っている。もちろんそうしたレベルではないもっと根本的なものもあるが、彼が考えている、つまり外交官の情報担当者のレベルでの国益というものはたとえばそういうものでもある、ということは言ってよいと思う。だから田中真紀子のようなわけの分からない人物が外交関係をめちゃくちゃにすることはそれ自体「国益を損なう」ことであり、田中を外務省から追い出すこと自体が国益だ、という発言につながっていく。国益とは何か、ということはいろいろな次元で論じなければならないことだが、ごく実務的なレベルでの国益というのはそういうことにあり、またそれはそれできわめて重要なことでもあるのだなと思う。北朝鮮という国がどうしようもないのは、そういう次元で拉致被害者の偽の遺骨を出してきたり、まともな外交がそもそも出来ない国だということなのだということが分かる。最近の韓国の対日外交の拙劣さも、その辺りから見ると見えてくることが多い。
最後に自分のことを少し書くと、この本を読みながら、自分には権力への志向と辺境への憧れという相反する二つの要素があるな、と思い当たった。着るものは青系や茶系が多いが、身の回りのものは案外赤形のものが多い。さまざまな形で相反するものが自分の中にあるということを、なぜか読みながら考えていた。
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