社会科学の罪悪的側面/テクニカルタームと常識/女性と子供に撃ちこまれる現代商品の弾丸
Posted at 05/07/13 PermaLink» Tweet
昨日。昼前に家を出、東京駅八重洲中央口で指定を取った後、大丸をウィンドウショッピングし、6階の三省堂で本を物色。視覚デザイン研究所編『名画に教わる名画の見方』(2000)を購入。『巨匠に教わる名画の見方』というのは以前見かけたことがあったが、どうもお勉強色が強くて敬遠していた。『名画に教わる…』は画中画を扱っていて、その絵自体が興味深いので買ってみたのだが、読み始めるとやはりお勉強色が強くて、気分転換に読むにはちょっと面倒。
なんと言うか、社会背景とか歴史的背景のようなものばかり説明されていて、読んでいてちょっと嫌になってくる。まあこっちは社会とか歴史のようなものから離れたくて絵を見ているという面もあるからそう言う説明が出てくると逃れられなくて嫌になるということなんだろうと思う。芸術を社会背景で説明しようとするのを読んでいると、社会学帝国主義的な嫌さを感じる。名作といわれる小説などを社会学的な手法や心理学的な手法を使って分析してあげつらうあの悪趣味のことである。
もちろんそういうものもあっていいし、ある意味絵画も史料として使えるという面も現実問題としてはあるから仕方がないのだが、あんまりそのように弄くってほしくないという感情も一方ではある。社会科学系の学問の罪悪的な側面であろう。感情とか感動とか言うものはある意味壊れやすい脆いものであるから、学問や科学というものが持つ本来的な破壊性というものを、使う方は常に意識するべきである。
まあそんなでいま読み始めてちょっと嫌な感じがしたのだが、編集後記にアンソニー・グリーンという画家の言葉として「現代美術だからといって差別問題や政治を取り上げるのは間違っている」という言葉が引用されていて、同じように感じる人もいるんだなと思った。美は美であり、社会からはある程度独立したものであると思う、あるいは考えたい。そう言う意味では社会構成主義という考えには同意したくないものを感じる。理屈はもちろんわかるけれども。
全然関係ないが、社会構成史という概念が歴史学にはあって、これは社会の構成体として身分とか階級とか言うものを実体として(といって言いと思うが)見る見方で、要するにマルクス主義の唯物史観のことである。ほぼ似たような言葉で全然違う概念が示されているのだが、歴史的に言えば歴史学の概念の方が古いのだけど、字面で考えると「社会を構成するものの歴史」というより「社会によって構成されるという考え」の方が飲み込みやすいと思う。テクニカルタームというのは各分野でそれなりの歴史があって生まれてくるものだけど、あまりに独自の論理だと全然わからなくなってしまうこともあり、なるべく常識的に判断できるタームを使ってほしいものだと思うが、常識が崩壊しつつある一方で専門分野だけが末端肥大的に拡大している現状が端的に表現されているのかもしれないとも思う。だとしたらなかなか打つ手がないということになってしまうが。
昨日の話に戻ると、列車の中で2冊読了。羽生善治『決断力』と石川九楊『縦に書け!』である。もう何回か感想を書いたので簡単にするが、『決断力』で印象に残ったのは以前の羽生の著作とかなり考え方が変わってきているなという印象である。「進化する○○」といった手垢のついた表現があるが、羽生はまさにそういう常套句がぴったり来る。ぴったり来た常套句はあまり手垢がついた感じがしなくなる。まさに王道を行っているのだと思う。
ただ、コンピューターとの対戦で、いずれプロ棋士と対等に差すときが来ると予想しているが、その場合は「休憩時間は電源を切ってほしい」と主張しているのがなんとなくほんわかと可笑しい。本人は大真面目に言っているのだが。
『縦に書け!』は東洋は文字を話す社会ということを絶対化しすぎていて、その結果日本は中国の一部だったというような表現になっているところは全く拒絶するが、やはり書家という文字と言葉に関する仕事をしている人ならではの感性が現われているところがあって、なるほどと思うところがあった。
「女性と子どもをターゲットにした商品展開」という言葉に胸が痛んだ、という指摘は、私なども普段麻痺している部分がクローズアップされた感じがする。「『女性と子どもに弾を撃ち込め』と主張しているのですから、女性と子どもに群がり、弄ぶ殺伐とした言葉であり、また時代の謎を解く言葉でもあります。/現代商品の弾丸を撃ち込まれて、女性と子どもが、目に見えない血を流し、喘いでいるという状況が現代日本の姿です。」という指摘は、言われてみたらその通り、という感じがする。
女性と子供の消費活動が旺盛だというのは、子供がいろいろなものを買い与えられることを甘やかしだと言う批判はあったが、それがターゲットにされていること自体の悲惨という指摘はより根源的だと思う。ほとんどその人間の成長に資することがなく、また一時の流行によって消費されていくさまざまな商品にほとんど中毒状態になっている状況というのはある意味麻薬中毒以上の悲惨かもしれない。その原初的な中毒がおとなになって後のさまざまな人間的・社会的歪みの原因になっているということはありそうなことだと思う。
こうしたことを批判するのは現代資本主義社会に生まれるさまざまな社会科学ではできないことだろう。伝統の方面からの批判は十分に可能だが、今のところ適正な説得力は持ちにくいように感ずる。より感性に密着したところから出発する新たな美学とか倫理のようなものが生まれないと、もちろんそれは伝統と密接な関係を持つべきだろうが、その問題点を指摘し批判すること自体が難しいかもしれないと思った。
昨日も今朝も、信州では雨降らず。
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