梅雨のような天気/『大人のラジオ体操』/中国人と小泉首相/ゾラ『制作』

Posted at 12/05/15 Comment(0)» Trackback(0)»

今朝は5時前に起きた。昨夜は疲れていて10時には寝てしまったので、4時半くらいでも大分寝たことになるのだけど、やはり早い感じがあるのは先入観なんだろうか。せっかくだからそういう早朝の空気もこういうときにしか味わえないなと思って散歩に出かけたのだが、ぱらぱらと雨が降ってきたので自動販売機でお茶を買ってそのまま帰ってきた。それなら少し寝ようかとまた横になったらどうもそれがよくなかったみたいでちょっと体調がおかしくなった。少し考えているうちに6時半になったことに気づきラジオ体操をする。第1の途中からになってしまったが、最後までやった。しかし部屋の中でやるとそこらじゅうに体がぶつかる。横曲げの時にペンダントライトにぶつかってふたが外れて下に落下し、ふたが割れてしまった。30年くらいは使っているのでそろそろ変えればいいというようなものなのだけど。

整体入門 (ちくま文庫)
野口晴哉
筑摩書房

テレビをつけたら天気予報をやっていて、気温が高くてむしむしする梅雨のような天気だ、と言われて初めてそうかこの変な感じは梅雨時のものか、と思う。そういえば野口晴哉『整体入門』に「梅雨時の体の使い方」というのがあったなと思って読んでみる。湿気で影響を受けやすいのは泌尿器と呼吸器であり、蒸し暑い時には積極的に体を動かし、息苦しくだるい時には大股で5、6歩歩き、坐骨神経周辺の筋硬直をほぐして深呼吸すればいいのだという。呼吸器に関しては肩甲骨を動かすのがいいようで、ラジオ体操の腕を回す運動がいいのではないかと思った。眠っているとき以外は積極的に勉強し運動し仕事をしていれば警戒する必要はないとのこと。汗を冷やすと風邪をひく。

DVD付き 実はスゴイ! 大人のラジオ体操 (講談社の実用BOOK)
中村格子
講談社

最近ラジオ体操に関心がある、というか毎朝やるようにすると少なくとも体が気持ちいいということが分かったので、昨日出かけたとき、丸善本店で中村格子『大人のラジオ体操』(講談社、2012)という本を見つけて買ってみた。ラジオ体操第一の動きを細かく解説してあって、それぞれの体操の意味とどこをどうするのが目的・目標なのかが詳しく書いてあり、参考になる。こういうことを全く新しいことを始めるのは大変だが、子どものころに習慣化していたものを新たな意味づけをして復活させるのはさほど大変でないように思った。無理してやることもないのだし。

付属DVDで良い例・悪い例が出ているのも参考になる。斜に構えた中学生時代はたいていみな「悪い例」でやってるわけで、こういうところも何かと懐かしい。2番目の「手足の運動」がバレエのベーシックな動きを取り入れて構成されているというのも言われてみればなるほどと思った。体育の授業でもこういうことを教えてくれたらもう少しやる気になるのではないかと思ったり。朝一度体操をしたけど、後でもう一度DVDを見ながらやってみた。そのほかバレエやヨガの動きを簡単に紹介した部分もあり、面白い。ラジオ体操を手掛かりにそっちの方へ関心を持つという路線を示しているのは割と面白いんじゃないかと思った。

中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)
中島恵
日本経済新聞出版社

丸善本店に行ったとき、先に地元の文教堂で買ったのが中島恵『中国人エリートは日本人をこう見る』(日経プレミアシリーズ、2012)。帯にあった「小泉首相は中国で人気なんですよ」というコピーに引かれて手に取り、面白いなと思って読み始めた。80年代以降生まれの若い中国人エリートたちの対日観をインタビューで構成したもので、彼ら自身の生い立ちのようなものが簡単にまとめられている部分が興味深い。日本についての発言は小泉首相に関してはへえっと思ったがほかのところは以前よく読んだ「日本人が知らない日本」的な日本社会礼賛型の発言が多く、だんだん飽きてくる。ただそういうことを、私より二回りくらい若い中国人のエリートが言っているということにどういう意味があるのか、と思って読んでいる。

制作 (上) (岩波文庫)
エミール・ゾラ
岩波書店

セザンヌが取り上げられているのに触発して読み始めたのがゾラ『制作』上下(岩波文庫、1999)。これは買ってあったが読んでなかった。しかし読み始めるとすごく面白くて、クロードとクリスティーヌの出会いのくだりは一気に読んだ。しかし友人たちとの会話の場面に入ると少し脱線した感じがして読むのが止まってしまっている。また勢いがついてきたら読み続けようと思う。

最近いろいろと思うことがあるが、大事なことは自分からアクションを起こすことだなと確認しつつ生きている今日この頃。

裏切り

Posted at 12/05/13 Comment(0)» Trackback(0)»

【裏切り】

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)
ダンテ
河出書房新社

裏切りという話の続き。明智光秀が主君の織田信長を急襲したとか、ユダがイエスを密告したとかいう少なくとも見かけ上はわかりやすい話として「裏切り」ということは語られ、絶対悪のように言われるのが普通だ。ダンテの『神曲』でも地獄の最下層でサタンに苛まれているのはイエスを裏切ったユダとカエサルを裏切ったブルータスとカシウスであり、裏切りがいかに重い罪かということについて語られている。仏典にも仏陀に背いた提婆達多が無間地獄に落ちたという話がある。いずれも裏切りを重い罪とし、それには最も重い罰によって報いられることになっている。

これは自然な人間感情に即してもそうあるべきだと思われるだろう。最も信頼していた人に陥れられるというのは人間感情としてプラス無限大からマイナス無限大に叩き落されるようなものであり、絶対に許せないと思うのも当然だろう。

しかし多くの人がそう思うのになぜそういう現象が起こるかと言えば、それはそんなに簡単な問題ではないように思われる。先ず第一にプラス無限大の信頼というのが怪しいということはあるだろう。人を見たら泥棒と思えというわけではないけれども、百パーセント完璧に信頼できる人間、というのがいるということ自体がまず幻想だろう。「走れメロス」でさえ途中で何度も挫けそうになる。あの話が感動的なのは困難を乗り越えて約束を果たすからであって、困難を乗り越えられずに約束を果たせない、結果的に裏切ることになってしまうことが起こり得るからこそ緊張感のある話として成り立っているわけだ。『美味しんぼ』で海原雄山が弟子にもし裏切られても「私の器量がそこまでだっただけのことだ」と言っているけれども、裏切りは人と人との問題だから、どちらか一方だけに100パーセントの責任があると考えるのも妥当でない場合もあるだろう。

しかし河合隼雄もいっているが、だからと言って裏切りという行為を正当化していいというものではない。やはりそれは『悪』だと考えるべきだし、裏切った人間はそのこととそれがもたらした結果についてきちんと受け止めなければ前に進むことはできないし、場合によってはその事実の重さによって前に進むことが不可能になることさえあるだろう。

「正しい失敗」の法則 (PHPビジネス新書)
堀紘一
PHP研究所

堀紘一『「正しい失敗」の法則』を読んでいて出てきた話だが、堀氏は自分の経営するコンサルタント会社を立ち上げてから、会計責任者に八千万円持ち逃げされたり、出資したベンチャー企業の社長に三億円持って逃亡されたりもしているのだという。もちろんそれは大損害で大赤字を蒙り、高価な授業料を払ったと考えて経営に生かしているそうだが、その話があるだけに挑戦するときに侵してはいけないリスクは「人を裏切ること」だ、というのには説得力がある。裏切られた方は確かに痛いし場合によっては再起不能になることだってあるだろうけどもっと痛いのは裏切った方であり、「たった三億円ですべての信頼を失った」ということになる。人にかけた迷惑以上に自分が取り返しのつかない痛手を蒙ることを自覚していなければいけない。

まあ最初から裏切るつもりで人に近づいてくるなどというのは論外だし、それこそそういう人間を見抜けるかどうかというのはこちら側の人を見る目の問題であるということもあるのだが、そうではなく裏切るつもりではなかったのに裏切ってしまった、ということの方が問題だろう。

明智光秀の場合は『へうげもの』などで「正しい世を作るための蜂起」だった、という解釈もあるし、提婆達多もまた釈迦の作った教団に飽き足りず、さらに良いものを作ろうという意欲があったとみることもでき、またブルータスも共和制の理想を実現するために独裁者を倒した、と正当化することもできる。彼らが裏切り者と断罪されるのはその後結局敗死したということもまた大きい。主筋である豊臣家を滅ぼした徳川家がその後二百数十年の平和な時代を実現しなければ家康だって何を言われていたかわからない。いや、十分言われてはいるが。しかしそのあたりになると、単純な裏切りというだけでは話が済まないということにはなっている。たとえ「裏切り」と見える行為によって政権をとっても、そのあとにりっぱな治世を実現すればその罪を償って余りあると判断されるのが歴史というものでもある。唐の太宗李世民もクーデターで兄弟を排し、父の皇帝を引退に追い込んでいるわけだが、それを主導したであろう魏徴は五言詩で「人生意気に感ず」とうたったことが知られ、よりプラスの面で評価されている。

そういう意味で裏切りという現象は、裏切る方が相手に対して「力を示そう」というときに無意識の行動として現れたと言ってもいいだろうと思う。力を示そうとしたのが結果的に裏切りという形になってしまった、ということは実際にはよくあるのではないかという気がする。あるいは感情的なものがうまく相手に通っていかなくなったとき。こういうケースで裏切りが起こるというのは、良く言えば相手が心を許しているとき、悪く言えば裏切られた方が相手に対して心の向け方が怠慢になっているときだと思う。油断と言ってもいいし、相手にどこか淋しい思いをさせているとき、という言い方をしてもいい。そういうことが起こるのはまあ男女関係で言えば浮気ということになるが、浮気までは行かなくても何か相手の気を引こうとする形で無意識の中に何かをしてしまうということはあるだろう。またそれを認めたくないがために余計変な形での爆発になることもあり、それが裏切りという取り返しのつかない形になることもあるのではないかと思う。

こころの処方箋 (新潮文庫)
河合隼雄
新潮社

河合隼雄が『こころの処方箋』で裏切りというテーマで次のような話を書いていた。二人の仲の良い文学青年が一方は道をあきらめて堅実に暮らすようになり、もう一方の青年が相手に頼りつつ文学の道にしがみついて、ついに小さな賞をもらうがその時描いた作品が、相手の青年とその妻をカリカチュアライズして、すごく俗物的に描いたものであり、そんなモデルにされて怒った男が作家の男に絶交を申し入れ、作家の男は悄然と彼のもとを去る、という例である。

この話は「裏切られた」方の悲しみもよくわかるが、「裏切った」方の書かずにはいられない気持ちもまた理解できるところがある。彼の中には仲のいい友人だから多少悪く描いても許されるだろうという甘えもどこかにあっただろうし、この作品で世間に認められたら友人が喜んでくれるだろうという気持ちさえあったかもしれないと思う。制作に没頭しているときは世間的な善悪というものを超えた精神状態になっているし、私などもそういうときに周囲の人に自分では意識せずにものすごい悪印象を与えているときがままあったように思う。(大体そういうことはちゃんと自覚できないのだが)

この場合は書いた方が悪い気がするだろうと思うのが、次のような例はどうだろう。昨日上京してテレビをつけたらちょうどテレビ東京で『美の巨人たち』が始まり、セザンヌが描いた『サント・ヴィクトワール山』が取り上げられていた。私は知らなかったが、彼はエクサンプロバンスでリセに通っていた時、一年下にエミール・ゾラがいて、パリから来たことでいじめられていたゾラと仲良くなって、二人で毎日のようにサント・ヴィクトワール山に登ったという思い出の山だったのだそうだ。仲良くなった最初の時に、ゾラがセザンヌにくれたのがリンゴだった、という話もある。セザンヌの芸術家としてのありように、ゾラがいかに大きな影響を与えたかということがわかる。

制作 (上) (岩波文庫)
エミール・ゾラ
岩波書店

その後ゾラとセザンヌはパリで活動するが、セザンヌは父の死後莫大な財産を相続してエクスに引き籠り、新しい絵画の創造に没頭する。ゾラは様々な小説に取り組んでいくが、その中で画家を主人公にした『制作』という小説を書いた。この主人公の画家はセザンヌにとてもよく似ていた。もちろんゾラ自身が画家を主人公とした小説を書くのに、親友セザンヌの影がそこに忍び込まないなどということはむしろ不自然だろう。私はたまたまこの小説(岩波文庫で上下巻)を持っていた(読んでない)ので解説のところを読んでみたのだが、この小説の主人公クロードにはマネとセザンヌの要素が入ってきていると解釈されているようだ。

ゾラはそうした印象派系統の画家たちとの交流が多かったようだが、ゾラ自身はむしろモローのような神秘的幻想的画家に魅かれて行ったようで、このストーリーの前半はゾラと印象派の画家たちとの交流を通じたゾラの自伝的な性格が強い話になっているのだそうだが、後半になると主人公のクロードは妻のクリスティーヌの献身よりも自分の描いた絵の中の女に執着していき、ついにはクリスティーヌが絵の中の女性に嫉妬するような状況にもなっていった挙句、絵の女の前でクロードが首を吊って死ぬというエドガー・アラン・ポーかと思うような展開を見せる。

そういう意味で言うと主人公のクロードは前半はセザンヌ的な要素が強いのだそうだが、後半になるとちょっとセザンヌ的とは言い難いわけだが、セザンヌはそうは思わなかったらしく、自分がモデルの画家がついには破滅する話を親友だと思っていたゾラに書かれたと考えて、ゾラと絶交してしまった。ゾラはその後もセザンヌを擁護するような発言を続け、またセザンヌはこのことで腹を立てるべきではないというようなことを言ったときのうの番組では言っていたが、結局死ぬまで二人は会うことがなかったのだそうだ。そして1902年のゾラの死の報にセザンヌは深い衝撃を受けたのだという。裏切られたと感じ、絶交して二度と会うことはなくなっても、ゾラがセザンヌにとって何ものにも代えがたい存在であったことは変わらなかったのだろう。

小説のモデル問題というのはすごく難しい問題で、一族から小説家が出ると三族が迷惑するとか言われたりする。柳美里がモデル問題で訴えられたことも記憶に新しい。書いた方は普遍的なテーマに昇華している、つまりは最終的にはだれか特定のモデルがいるわけではなくて自分の創作した人物を描いていると考えていても、「書かれた」方は自分が書かれたということを絶対的な事実と受け止め、批判的なことや揶揄されたと感じるようなことが書かれていたらひどく敏感になることはまあやむを得ない。書く方は覚悟をもって書いていても、書かれた方にその覚悟を求めるのは無理だからだ、相手が政治家でもない限り。

そうなるとここでは、書いた方は裏切りだと思っていないが書かれた方は裏切りだと思っている、というすれ違いが生じることになり、がっぷり四つでないだけに余計話が難しくなってしまう。

裏切りという話は難しい。誰でも裏切られた記憶も裏切った記憶も、いや自分自身では裏切ったつもりではなくても相手から見たらそう見えるだろうなと思って自己嫌悪に陥るというような話も、考えると嫌になってくるような話を、私自身もたくさん持っている。人間にそういう現象が起こるのは、結局は弱さの故だとは思うのだけど、アートのように人間の弱さもまた抉り出すのがテーマであるような営みが絡んでくると、また話は一筋縄では行かなくなってくる。失敗を失敗とする、それを失敗という、というような話で、どんな失敗でもそこから何を学べたかということをきちんと踏まえていくことしか、前に進む道はないのだろうと思う。どちらが「前」なのか、それもまた一筋縄では行かないのだけど。

ナウシカを見た/河合隼雄『こころの処方箋』

Posted at 12/05/12 Comment(0)» Trackback(0)»

【ナウシカを見た】

昨日は松本に出かけて、だいぶ久しぶりに操法を受けた。どんな調子なんでしょう、と尋ねたら頭が休まっていない、腰と目が疲れているけど、大丈夫です、とのこと。まあ確かに本当にその通り。帰りに市内に出て、立体駐車場に止めて先ごろ開店した丸善松本店に行ってみた。丸善とジュンク堂が共同で出店している店で、店舗の書棚の配置などがジュンク堂的。私は丸善の配置や書棚の雰囲気に慣れているせいもあって、ジュンク堂的な書棚配置や本の置き方を見づらく感じてしまう。だいぶぐるぐるまわったけど結局買わずに出た。欲しいものがない時についでだからと書店へ行くとこういうことになる。特に新しい書店でノリが合わないとそういうことによくなるなあ。なぎさライフサイトのツタヤに行った方がよかったかなと後で思った。

風の谷のナウシカ [DVD]
宮崎駿監督作品
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

仕事を終えて帰ってきて、報道ステーションを見て11時になったとき、突然今日はナウシカをやってるんだ、ということを思い出して4チャンネルに変える。もう大地が王蟲の赤い攻撃色に満たされた状態になっていたが、最後まで見た。この者青い衣をまといて金色の野に立つべし。ナウシカってリーダーなんだな、ということに気が付く。女の子の主人公が命令口調、ってあんまり見たことなかったし今でもあんまりない気がする。ツンデレ的なものを別にすると。やはり『風の谷のナウシカ』ってある意味今でも突出したアニメだと思う。たとえばフェミニズム的に言っても。

ナウシカは終末後の世界を描いているわけだけど、すごく完成された80年代的な終末観がベースになっている。あのころ、終末後の世界を描くというのはひとつのジャンルになるくらいあったし、あの時代に創作をしていた人たちはみんな一度はそういうものを書いたんじゃないかと思う。私も芝居や詩でそういうものを書いたことがあった。空想によって編みあげられた核戦争後の終末の世界。チェルノブイリと冷戦崩壊後は原発事故の方がリアリティが増して来て、今や洒落にならなくなったので放射能に汚染された世界みたいな話はむしろなくなってしまったな。関東地獄地震後の汚染された関東でバイオレンスジャックが…みたいな話。

80年代は基本的に戦争という人間の愚かさによって人間が滅びてしまう、というテーマがまだ一般的だった。核戦争、というのはそのバージョンに過ぎない。いつ頃からだろう、環境破壊による終末みたいなものが出だしたのは。『もののけ姫』もそちらに至るメッセージはあったんだな、そういえば。


【河合隼雄『こころの処方箋』】

こころの処方箋 (新潮文庫)
河合隼雄
新潮社

河合隼雄『こころの処方箋』(新潮文庫、1998)をぱらぱらと読んでいる。「どっぷり浸かる」という体験の重要さ。「幼少時に母親とうまく「どっぷり」体験を持った人は幸福である。しかし、それがなくとも、人間はその後の人間関係や、その他の世界との関係で「どっぷり」体験をすることができるものである。それは、その人の個性と大いにかかわるものとして、創造の源泉となることもある。」谷川俊太郎は母親との「どっぷり」体験を強調していた。他にもものを書く人作る人には同じことを言ってる人が多い。しかしそれがなくても「どっぷり」体験は出来るし、それが創造の源泉になる、というのは救われる人は多いのではないかと思う。「どっぷり」体験をするためには、そこに人間の信頼ということが存在する必要がある、という。心の底から信頼できる人に出会うことができたかどうか。いろいろ思い当るところがある。

もう一つは、「裏切り」という現象はどういうときに起こるか、という話。感情的な一体感があって、どこまでが自分でどこまでが相手か分からない状態になっているときに、裏切りという現象が起こる。一心同体の存在を真っ二つに切り裂くには、血を流す荒療治が必要だ、というわけだ。言葉を変えていえば、感情的な癒着があるときに、それを切り離すために「裏切り」が起こるということだろう。これは自分の身に起こったいろいろなことを思ってみてもよくわかる。自分と他人の距離が測りにくくなってしまった時にそういうことが起こるのだと思う。お互いに自己を相手に投影し、近づきすぎて関係が客観的に分からなくなってしまった時にそういうことが起こるのだと思う。癒着しやすい心性を自覚するならば、みずから戒めなければならないことだ。

連休明けのモーニングとビッグコミック/マンガ好き

Posted at 12/05/10 Comment(0)» Trackback(0)»

【連休明けのモーニングとビックコミック】

連休も開けたというのになかなかあたたかい日が続かない。暦の上では初夏だというのに、信州ではいまだに朝夕に暖房を入れている。今朝は5時に目が覚め、セブンイレブンまで歩いてモーニングとビックコミックを買った。連休中は週刊誌の発行が飛ばされるから、連載のマンガなどを読むペースが1週違ってしまって印象が浅くなったりすることがある。昨日は別冊マガジンを買って『進撃の巨人』をじっくり読んだが、今朝も朝食前から朝食後にかけて、二冊とも読みたいところをゆっくり読んだ。

モーニングは連載陣が力強く、その中から確実にヒットを飛ばしているが、私の好きなものには偏りがあるのだけど、今朝はだいたいはちゃんと読んだ。

グラゼニ (1)
アダチケイジ
講談社

『グラゼニ』は最近評判の連載で、最初はストーリー的なものはなかったのだけど、いまは主人公・凡田の先発転向話とか高校時代の話とか複数のストーリーをからませながらの展開になっている。球場名は実名だが球団名や選手名は全部創作なので、あまり深く考えていなかったが、今回は12球団の開幕投手のリストが載っていたので何となく見ていたらチーム名が神宮スパイダースとか札幌パープルシャドウズとかで?と思ったが、そうか、全部グループサウンズのグループ名なんだということに気がついた。他にもブルーコメッツとかテンプターズとか。こういう仕掛けは気がついたときがやられたという感じで可笑しい。

ひらけ駒!(5) (モーニング KC)
南Q太
講談社

『ひらけ駒!』は女流棋士たちのトーナメント、マイナビ女子オープンがはじまるということで、それにたくさんの女流棋士たちが描かれている。はっとした。ここ数回にわたって何人かの女流棋士の個性的なエピソードが描かれていたのはそれぞれをこのトーナメントでぶつけるためだったのだ。妖艶だったり少年ぽかったり地味だけど闘志を燃やしてたりゆるふわだけど太めだったり、ふわっと現れる女子高生が「女王」のタイトルを持ってたり。しばらく主人公の宝君が出て来ないのでつまらないなーと思っていたのだけど、こんな大掛かりな話を描いていたのだ。びっくり。

『宇宙兄弟』はエディらしいリーダーシップの話。『カレチ』は突然現在の荻野車掌が現れてびっくり。ちょっと文句言いの頑固な老人という感じになってて若いころのソフトさに欠けてるのが残念だな。

デラシネマ(5) (モーニング KC)
星野泰視
講談社

『デラシネマ』は思った通りの展開なのだが、予想よりもっと面白くなるかも。俊一郎の台本にはもちろん武晴は出ると思ったが、たぶん生方朋子や他の有名俳優、市岡光春なども出演するのかなという感じ。作中、俊一郎が『七人の侍』を見て感動するところがそこだけ現実の話で面白いなと思ったが、これが今後どういう伏線になって行くのだろうか。

『氷上のセイリオス』はフィギュアスケートマンガなのだが、どうもまとまりに欠ける感じがあってあまり面白いと思わなかったのだけど、主人公アキのトラウマ、父に認められたいというストーリーがはじまって求心力が出てきた。自分だけのスケートを追求するためにサンドロに「力を貸せ!」というところが面白い、というかコーチと選手の話だからどことなく『ピアノの森』に重なるんだなと思った。『ピアノの森』はしばらく休載が続きそうな雰囲気なのだけど、面白いストーリーの作品が出てきたらモーニングを買う意味もあるというもの。

へうげもの(14) (モーニング KC)
山田 芳裕
講談社

『へうげもの』は関ヶ原の後処理の話。まだいろいろ話は残っていそうだが、徳川の天下が定まりつつある中、黒田如水が高取を領地にすることを図ったり、伊達がさらに領土の拡大を図ったり。毛利に改易の報が来て、8カ国を取り上げられ防長二国に領土が減らされるとあるが、改易というのは大名取りつぶしのことなのでちょっと混乱がある。『風雲児たち』で読んだときは毛利は当初改易され、吉川が防長二国の大名になるはずだったが、吉川がそれを主君である毛利に譲り毛利が二国の大名になった、という話だった。ちょっとかなり(中略)があるということになろうか。そして萩焼を焼くという話になっている。

連休明けということもあり、全体に気合が入った週だったと思う。

江戸の検屍官 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)
高瀬理恵
小学館

ビックコミックでは『江戸の検屍官』を久しぶりにちゃんと読んだ。今回は巻頭カラー。高瀬理恵の作品では『公家侍秘録』をずっと読んで(単行本コンプリート)いたのだが、『江戸の検視官』は作品の性質上えげつない描写が多く、絵柄と相まってちょっと読むのがきつい感じがあって単行本も買っていなかった。しかし検死、つまり殺人の捜査の話だけでなく、似顔絵を描く枕絵師・お月の弟子のお百合の話とかが出てきてアートっぽい話にもなり、その辺でちょっと読む気が出てきたという感がある。

華中華 1 (ビッグコミックス)
ひきの真二
小学館

『華中華』は300円の炒飯を材料にいいものを使ったために500円にしたら途端に客が来なくなったという話。「値段は怖いんだ」というのはそうだなあと思う。こういう話はちょっと面白い。

そばもん ニッポン蕎麦行脚 8 (ビッグ コミックス)
山本おさむ
小学館

『そばもん』は機械打ちでもある程度の味の蕎麦は打てる、という話。山本おさむは『天上の弦』以来いい作品を描くなあと思っている。単行本を買うほどファンというわけではないのだけど、ビックコミックに乗っていると安心する、という感じの作家。

ゴルゴ13 163 (SPコミックス)
さいとう・たかを
リイド社

『ゴルゴ13』はたまたまツアーに紛れ込んだゴルゴに気がついた元CIAの庶務系の職員がゴルゴに狙われてるんじゃないかという不安に付きまとわれるという話。典型的な取り越し苦労という感じで、たまにこういう生き抜き的な作が混ざるとほっとする。


【やはり私はマンガが好きだ】

私の書いている文章の方は自分の生き方にも直で関わってくるような内容になっていて、なかなかハードでその内容についてちょっとここで書く、というような感じには出来ないから、必然的にそういう「考えたこと」のようなことをこのブログでは書けなくなってきている。更新回数も少ないが、とりあえずはこうした事物に対する感想のようなものを書いていけたらと思っている。

進撃の巨人(7) (講談社コミックス)
諌山創
講談社

昨日読んだ『進撃の巨人』の感想を少し。リヴァイの負傷が実はかなり酷いらしく、ミカサが自分の暴走を悔いている。巨人化したエレンが巨人化したアニに語りかける。アニの逃亡を防ぐミカサ。アニと父の会話。そして壁が…

感想というより煽りになったが、煽りとしてもわけは分からないだろうなあ。でもやはり私はマンガが好きだな、と書いていて再認識した。いまさらながら。

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