面白いことと忙しさ/散歩と体調

Posted at 10/02/09 Comment(0)» Trackback(0)»

ブログを書こうと思ってPCの前に座ったのに、呆然としてツイッターをしばらく読み耽ってしまった。何を読んだということはないのだけど、こういうことはときどきある。無意識のうちに何かを探しているということなのだろう。そして井上陽水ではないが、探しているときにはみつからない。探すのをやめると、つまりほかのことで忙しくなるとどんどん面白そうなことが出てくる。そのとき「おっ」、と思っても忙しさにかまけて放置してしまう。なんだか残念な気がする。

呆然としているときに面白いことを見つけられないのは、たまたま面白いことがないということもないわけではないが、そういう時はこちらのエネルギーが低いからだ、ということもあるだろう。やるべきことをやっているとアンテナも感度が高まっているので面白いことが引っかかりやすくなってくる。暇な人はどんどんひまになり、忙しい人はどんどん忙しくなる。とかく人間とはそういうもののようだ。

昨日は昼前に出かけて帝国ホテルのハッシュパピーに修理に出していた靴を取りに行った。裏を完全に張り替えてもらったのでまるで新品のようだ。それでいてもう既に足になじんでいるので履きやすい。18000円の靴の修理に9000円かけるのもどうかと思ったが、割といいかもしれない。なじんだ靴というのは案外貴重だ。昨日は同じ種類だが下ろしたての靴を履いて歩いたのでなおさらそういう思いがする。

理系のための英語「キー構文」46 (ブルーバックス)
原田 豊太郎
講談社

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それから銀座に出て、ブックファーストで本を物色。原田豊太郎『理系のための英語「キー構文」46』(講談社ブルーバックス、2009)を購入。理系の論文は基本的に決まった構文を訳すことがほとんどだから、英語-日本語変換の構文の知識がきちんとあればだいたい間に合うと思う。使いやすい気がする。それから教文館に行って、河上徹太郎『私の詩と真実』(講談社文藝文庫、2007)を買った。興味が理系づいてはいるのだが、ちょっとバランスが必要な気もして。で、詩について書かれた本を買ったということは、詩について理解したい、詩について書く書き方について考えたい、と思ったからなのだろう。死というものは分かるようで分からない。分からないようで分かる。私にとっては相変わらず不思議なものではある。

私の詩と真実 (講談社文芸文庫)
河上 徹太郎
講談社

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四丁目の郵便局でお金をおろす。こんな地下にあったんだな。けっこう人の出入りがある。ここに郵便局があることを知っている人はどれくらいいるのだろう。東銀座まで歩いてCafe634で昼食。豚肉と白菜の丼。最初は少し塩味が濃いかと思ったが、食べているうちにそうでもなくなった。満腹になってしばらく歩き、宝町で都営浅草線に乗り、東日本橋で新宿線に乗り換え。ちょうど急行が来て、一駅で神保町。しかし210円とは。少し遠回りだったか。

高岡書店と書泉ブックマートをのぞくが買わず。三省堂で物理の教科書と参考書を買う。実は最近、万有引力の法則の公式をようやく理解したので物理が面白い。電気も磁気も力だから、基本的に同じ公式が使えるというのも面白い。高校時代にここまでやれば、きっと物理が好きになっていただろうなと思うのだが、30年ほど遅かった。でも今面白いから今勉強しておこうと思う。

がいあプロジェクトによっていちじくのパイとお弁当を買って帰る。夕食用。お弁当、以前はもっとエコな容器だったが、やはり高くついたのか、普通のコンビニみたいな容器になっていた。理想と現実の両立は難しい。

昨夜はだいぶ歩いて疲れたせいか9時前に寝て、今朝は6時前に起きた。久しぶりに散歩する。北砂の神社の前では火を焚いてラジオ体操の準備をしていた。南砂の神社、お地蔵さん二つ、仙気稲荷、もうひとつお地蔵さんをお参りしてパンと水を買って帰宅。暑いお湯を入れて入浴。だいぶからだが緩んだ感じ。あとでもう一度脚湯をしておこうと思う。歩いたせいか、ちゃんと通じがあった。最近どうもそのへんが不具合なのだが、やはり運動不足、特に歩くのが不足しているからなんだろうと思う。単純に、歩いた日はちゃんとあるのであまり車に頼らず、歩けるところへは歩いていくという意識を持たないといけないなと思った。

書こうと思って思い出せなかったことを思い出した。私のやりたいことはわりとシンプルなのでやりやすいとは思うのだけど、今まで重ねてきたいろいろな無理がこれからどうでるかという問題があるなと思った、ということだ。上手く乗り切りたいと思う。

Firefox/個人を尊重し成果も上げる/ショパンとサンドとドラクロワ

Posted at 10/02/08 Comment(0)» Trackback(0)»

なんかごちゃごちゃとしている。頭の中にやりたいことがたくさん。腹具合も昨日に比べるとだいぶいい。靴の修理が出来ているので取りに行かなくては。もらったメールの返事も書いてない。昨日寝たのは4時だった。起きたのは9時前。火災警報器の設置工事を日曜に変更するために電話。あと、神保町の三省堂でほしいものがある。神保町に行ったついでにがいあプロジェクトでお弁当を買ってこよう。

昨日4時まで起きてしまったのは、どうもブラウザが遅くて仕方ないので、IE8をやめてFirefoxにしてみようと思い立ち、いろいろやっていたせいだ。本当は先週、GoogleChromeの導入を図ったのだが、どうも上手く行かなかった。Firefoxのインストール自体はできたのだが、何だかその周辺のことがよく分からないことが多くて、youtube用のshockwave FlashPlayerのインストールなどしていたらごちゃごちゃしてきたのだ。

1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!
K.ブランチャード,S.ジョンソン
ダイヤモンド社

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その一方でPCが上手く動かない間は『一分間マネジャー』を読んで、へえとかほうとか言ってみていた。この本は面白い。本というより、もともとパンフレット的な小冊子だったのかもしれない。1、一分間で一分間で部下の目標設定をすること、2、一分間で部下を賞賛すること、3、一分間で部下の叱責をすること、それだけで個人も大切にし業績も上げることが出来る、という考え方だ。まあ確かにこういう上司だとやりやすいだろうなとは思う。またこれは、対人関係だけでなく自分の中を振り返るのにもうまく使えるだろうなと思った。amazonで検索してみると、『一分間マネジャー』を買った人は『ずっとやりたかったことをやりなさい』を買っている人が多い。(このブログトップページ右カラムにamazonリンクをはってある)おそらくはそういう人たちもこの本は部下を扱う方法としてだけでなく、自分をコントロールする方法としても使っているのではないかと思う。

あとがきによれば、これは交流分析の手法を使っているということだ。交流分析については父もよく言っていたのでなんとなく馴染みがあるが、あとがきによれば「フロイトの俗流解釈」に基づく方法論だということでちょっとのけぞった。その指摘が正しいかどうかはちゃんとやっていないから分からないが、三つの方法論が交流分析のどこの部分に対応するかは容易に推測できる。交流分析は自我の構造をチャイルド、ペアレント、アダルトの三つに分け、創造力を発揮するが傷つきやすいチャイルド、それを保護するがややもすれば強圧的になりがちなペアレント、冷静に判断を下せるアダルトのそれぞれの役割を発揮させることが重要だとしている。目標設定はアダルトを十分に働かせ、チャイルドに余計な心配を与えないためだし、賞賛はペアレントのよさを発揮してチャイルドに褒賞を与えてさらに気持ちよく仕事をさせるためだし、叱責は冷静にチャイルドの仕事の欠点を指摘するとともに仕事に問題があるのであって人格には問題がないのだという強いメッセージを送ることにポイントを置いている。もちろん詳細はこの本を読んでもらわなければならないが、理に適った方法だと思う。やや適いすぎなところが気にならないことはないけれども。薄い本なのですぐ読了できたし、シンプルなメッセージでよいと思った。

昨日は昼間横浜に出かけて、石川町のカフェを梯子。最初は博物館になっている山手本通りの洋館のカフェに行ったが、けっこう混んでいた。二階から山手本通りを眺めると、ここに住んでいた貿易商は窓の外の明治の景色を眺めてどんなことを思っただろうなと思う。着物を着ている人しかいないし、大八車を押している人とかいろいろなものを見て、きっと地の果てまで来たなあという感慨を持っただろうなと思う。横浜ならまだ洋装の人も多かっただろうけど、少し入れば外国人もおらず、小柄で着物を着た日本人ばかりだったわけで、どんなことを思っただろうなあと思う。奥さんは日本人だったようだが。

地階では造形作家の秀春という人の個展。「風の領域」と名づけられていた。マンガっぽいというか、『バカボンド』に出てくる邪気の姿とか『ランドリオール』に出て来る地龍の姿を髣髴とさせる生物や、小動物と植物の複合生物みたいなものが多かったのだけど、友人にいわせるとゲーム世代という印象を受けたのだそうだ。私はゲームをやらないので、その辺は全然分からないが、漫画家もゲームはやる人が多いようなので、そういうところからの影響を受けた、どちらが元かわからないけど、そういうものはあるのかもしれないと思った。個性は確立しているから、上手くプロデュースを受けるとブレイクする可能性はあるのではないかと思った。

それから梯子して石川町の駅へ降りていく途中のカフェに入ったが、ここがツボだった。薪ストーブがあったり、室内にはビートルズのカバーが流れていたり、コーヒーもカレーもタルトも美味しかった。じっくり友人と語り合っているうちに腹具合が悪くなってきて落ち着かないことになってしまったのが残念だったが、窓の外に見えるランドマークタワーがだんだん夕暮れの中に消えていく感じがとてもよかった。石川町に来るときはいつもローズガーデンえのき亭に行っていたけれども、いろいろあるなあと思った。このあたりに住めると楽しいなと思う。

自分のやりたいことをやって、その中で出来るようになったことを世の中に還元することで生活を立て、さらにやりたいことをやっていく、という考え方をさらに強化することで自分のできることの規模を拡大していければいいなと思う。

自分が今までそういうことに気が付かず堂々巡りを繰り返していたのは、自分のやりたいこと――本を読んだり勉強したりものを書いたりすること自体が楽しい――ということに自分でも気がつかない、というか見えなくしていたのだな、ということが話していてはっきりして来た。そういう楽しみを否定するような雰囲気の中で育っているので、身を守るためにはそういうことを隠さなければならない、自分の楽しみを自分自身に対しても秘密にしておかなければならない、という時期が長かった、いや実のところ40年くらいそういう感じ出来たのだと思う。

しかし実際、自分の本棚とか見ていてつくづく思うのだが、私はいろんなものを読んだり知ったり勉強したりしてわくわくすること自体が好きなのであって、何か特定の分野について深く掘り下げたいとかそういうことでないのだ。必要に応じて掘り下げることはまあありうべきことなのだけど、そのこと自体がやりたいことでは決してなく、ひとつのことをあんまりしつこくやっていると猛然とほかのことをやりたくなる。教員をやっている頃とかもそういう自分をもてあましながらも無理に自分に強制を続けたために体を壊したんだろうなあと思う。案外世の中には、そういうふうに自分自身にも自分のやりたいことを隠している、秘密にしている人は多いのではないかなと思う。そこを突破するひとつの方法として私は友人に教えてもらったキャメロン『ずっとやりたかったことをやりなさい(The Artists' way)』の方法を実践したのだけど、それでもこういうふうに言葉にするまでにさらに3年ほどかかっている。

しかし考えてみれば今の仕事は、自分のやりたいことを生かしながらそれを社会にも還元し、生活の資を得るというチャンネルに相当近いところのことをやっている。もともとこのやり方を構築したのは父なのだが、父がやりたかったことよりも私自身のやりたいことのほうがより今の仕事に適っている感じがする。そういうのが本当の父の遺産というものなのだろう。ありがたいことだ。孝行のしたい時分に親はなし、である。

まあそんなことを喋ったり思ったりしていた。昨日のブログにも書いたけれども。

帰りに横浜駅の近くのあおい書店で上に書いた『一分間マネジャー』を買い、東海道線で東京に出て丸の内丸善で平野啓一郎『葬送』を立ち読みした。これはショパンの伝記小説だったのだな。読みながら思ったのだが、私がしたいのはショパンの伝記を読むことではなく、ショパンのピアノを聴くことなんだなと思った。それと同じ感興を、読むことによって得られることが出来れば、それは贅沢なことなんじゃないかと思う。そんなことが可能かどうか分からないが、やってみると面白いんじゃないかと思った。

葬送〈第1部(上)〉 (新潮文庫)
平野 啓一郎
新潮社

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ただ、amazonのレビューを読むと、焦点が当てられているのはショパンだけでなく、サンドとドラクロワにも、のようだ。平野の文体は私は基本的にはあまり好きではないのだけど、後半になってくると変な衒学的な感じが薄れてきて、割といい感じもした。しかしまあ、日本人がヨーロッパのことを書いている物を読んでいるときの隔靴掻痒感とか、こそばゆい感じというのはちょっと付きまとう。小道具立てがあまりリアルすぎるのも(まあ鹿島茂が出た以上そうせざるを得ないのも分からなくはないのだけど)どうもわざとらしい感じがしてしまう。塩野七生くらい細かい描写はぶった切ってしまった方がまだいいと思うのだけど、まあそれは好き好きだろう。

がんばれ農協/『一分間マネジャー』

Posted at 10/02/07 Comment(2)» Trackback(0)»

王様の仕立て屋~サルト・フィニート~ 25 (ジャンプコミックスデラックス)
大河原 遁
集英社

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土曜日に帰京。地元の駅で大河原遁『王様の仕立て屋』25巻を買って帰宅。夜はなんだかんだで寝床にちゃんと入って寝たのは2時ころか。起きたのは8時過ぎ。久しぶりによくねたという感じ。天気はいい。でも風が強かった。

午前中はテレビを見た。サンデープロジェクトの農協特集がとてもよかった。大分県の日本一小さな下郷農協。農協は普通、その地域の農民が全員加わるのが普通だが、地主の農協と小作人の農協と二つできる場合もあったのだということを始めて知った。下郷農協は貧乏人の農協で、有機野菜の生産を行い、それを全部農協が買い取るのだという。農家と農協が一心同体。だから金融改革で増資しなければ合併、ということになったときに農家は銀行から借金して農協の増資に協力したという。まさに地域社会がイコールそのまま農協。胸が熱くなるような話だった。もうひとつの高知県の馬内路村農協。ここでは何とか生き残ろうと必死の模索を続けた結果、ゆずの醤油ポン酢とゆずジュースで当て、年商32億円、村の一割の人口が農協職員、しかもその中には村外出身者も複数いるというたまげた成功を収めた例となった。どちらも農協は農民のためにある、という原則を貫いた結果の成功。ゆずという地域の特産品に目をつけ、それを何とか生かせないかと必死の努力を重ねたところに無理のない成功の秘訣があったのだと思う。新しい産物にトライして成功していくという例もないこともなかろうが、条件の悪いところではなかなかそういうものもない。その中で従来から村にあったもので上手く行くというのは、今後もそれでやっていけるということだから素晴らしいことだと思う。

人間も、自分のやりたいこと、やれることをできるようになっていく中で、その上がりというかおつりというか得意分野の社会還元によって収入を上げて行き、生活を成り立たせつつ更に自分のやりたいこともやっていくという循環を何とか生み出せればいいのだ、と思う。それが出来るようになるまでは血の滲むような努力が必要かもしれないが、それは努力のし甲斐があるというものである。

1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!
K.ブランチャード,S.ジョンソン
ダイヤモンド社

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午後からは横浜に出かけ、石川町でカフェを梯子。帰りに横浜のあおい書店により、ブランチャード・ジョンソン『一分間マネジャー』(ダイヤモンド社、1983)を買って帰った。これは西村佳哲『自分の仕事を作る』にでてきた本で、一度読んで見たいと思っていたのだ。案の定これは面白い。お勧めである。現在78/145ページ。すぐ読める。人材マネジメントの要諦はこういうことだよなあと思う。

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)
西村 佳哲
筑摩書房

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