春先の身体の大掃除/同志社国際事故にみる私学教育の理想とスタンダードを育てる公立の違い/「社会保障のどこが問題か」/「戦国北条氏」/アメリカとイスラエルの共同軍事作戦は史上初
Posted at 26/03/18
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3月18日(水)晴れ
今朝起きた時、そんなに寒いと思わなかったが、気温を見てみると今のところの最低気温はマイナス0.9度なので、やはり春先の冷え込みはある。ただ、天気図を見ると典型的な春の移動性高気圧と低気圧の図なので、春だなあと思う。今日の予報も午前中は晴れて午後は曇り、夜には雨になるとのこと。この雨で寒さは緩むという感じなので、三寒四温がそろそろ本格的な春に移行するという感じかなと思う。
私は基本的に花粉症は出てないのだけど、春先は鼻がくちゅくちゅする感じはある。くしゃみもでる。あまり意識してないが花粉は飛んでるんだろうなと思う。ただ結構ひどい時期はあって、奥多摩の方に行ってひどい目に遭った時はあった。あれは多分90年代前半なので30年以上前の話だが。まあ出ないでくれるのがありがたいのだが。
いずれにしても、そういうことだけでなく春先に体調的な不調になることは結構多くて、昨日整体の本を読んでたらそれは春の大掃除だ、というようなことが書いてあり、まあそう思っていれば気が楽だということはあるからそう思っていようと思う。どうしても、いろいろ考えることが多いのでそれが体に負担になっていることはわかっているのだが、それがこういう季節の変わり目には現れるのだと思う。腕の痛みもまだ抜けてはいないが、今日は松本に整体に行くので良い方に変わればいいと思う。
昨日は会計関係の仕事があったのでそこで出てきた疑問というかあるはずなのに見つからない書類を、午前中は探していたりした。「どこに分類するかは難しいけど大事な書類」というものがあり、それをどこに分類するかが難しく、ここだと決めておいておいたりしても、どこに行ったのかわからなくなったりする。だから「どこに分類するかは難しいけど大事な書類」というファイルを作ってそこに入れ、そのファイルを置いた場所を忘れないようにわかりやすくしておけばいい、ということを昨日は考えていたりした。整理下手が考えそうなことだなと思ったりはしたが。
なんだかんだやっているうちにお昼近くになったので慌てて駅前のスーパーまで車を走らせて天ぷらとおひたしを買って帰り、お昼にした。午後も書類を探したり本を読んだりして、裏の畑に竹を切りに行って戻ってきて入浴など。仕事場に行ったら新しい仕事の話がガラケーのSMSに届いていて、電話して打ち合わせなど。その後会計事務所の人が来て自分の確定申告の話と決算の話など。
夜はご飯を食べながら報道ステーションなど見ていたが、見る気を無くして途中で消し、本を少し読んだりしてからうたた寝して1時ごろ入浴して寝た。ストーブの灯油が切れていたが廊下のポリタンクも空になっていたので、起きてから給油することにした。
今朝は5時前に起きたが少しネットなど見て車で出かけてサンデーを買いに行き、帰ってきてブログ/noteを書いている。
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同志社国際高校の話はまだいろいろと出てきてはいて、タイムラインなどを見ていてもなるほどなあと思うことが多い。教育という基本的には善意の営みは、さまざまな思想や運動の餌食になりやすいことは確かで、それを守る側が保護者であるべきか国家であるべきかまたは子供本人であるべきか、などいろいろ論点が多い話なのだけど、社会システムの中でも子供とお年寄りは相対的な弱者であり、それでいて子供は社会の将来を担う存在であるのでいかに育てるかということも重要ではあるので、さまざまな干渉も当然あるわけである。
子供は個人としてどう育ってどう力を獲得してどう社会の中で生きていくか、というのが基本的な教育の個人にとってのプロセスであるわけだけど、社会の側からすればどのような個人を育ててどのように社会を維持していくかというのも大きな問題であるわけである。その社会のコンセンサスというのものは時代によって動いていくけれども、社会を維持するという点で一致していく必要はある。ただ社会に不満を持つ人は当然いるし、社会の中で自分の置かれた階級的或いは地域的な現実を打破するために自己鍛錬して階級上昇を図る人もいれば、大きな才能を持っていてそれを社会がどう育てるかが問題、という人もいたり、一人一人人は違ってそれらの人が社会を作るという基本的なことがそれぞれ難しい。
社会を形成するスタンダードな人間を育てる、というのが基本的に公立学校の役割としてあり、また数も多いからそれが定式化されてそれを守って子供を育てることができるというメリットはあるが、それが機能不全になったりその枠に当てはまらなかったりすると厳しくなったりはする。
逆に子供をそうしたスタンダードには当てはまらない、それぞれの理想を実現する目的でそれに適した環境で個性を伸ばしていこうということで私立学校に入れる場合もあり、確かに個性を育てるということはできるかもしれないが、世の中のスタンダードから見ればいかがなものかという教育が行われることもあって、その辺が今回の同志社国際の研修旅行(修学旅行)には如実に現れてしまっている、という感じがある。
キリスト教の理想で子供を育てるという趣旨によって、多様な教団が戦時中に合併してできた日本基督教団の中にはやはり良くも悪くも多様な人材がいて、過激な直接行動を是とする牧師が学校側と連携して米軍と日本政府に対する抗議行動の前線を見学させるという試みが行われそこで事故が起こったというのは、そうした教育の理想が優先されて軽率な判断が行われた可能性を感じさせる。特にそうしたカリスマ性のある指導者(船長の牧師)が先頭に立つとき、周り(引率教員)はものを言いにくいという雰囲気もあったように状況を見ると察せられる。
この全体図を見るときに何をどう改善していくべきかというのは、もちろんこうした旅行行事において法令を遵守し世間的な常識の範囲内でやってもらえれば良いということになるわけだけど、修学旅行で民泊が行われるということなどは、やはり危うさを感じさせる。これはよく問題が起こるアメリカなど英語圏でのホームステイもそうだけれども、善意で面倒を見る人だけでなくお金目当てでまともにやらない人もいるし、場合によっては悪意を持ってそれに漬け込む人もいないとは言えない。プロの旅館業者であれば大問題になるところが、「ハズレを引いた」という形で個人の被害で済まされがちになる場合が多いのも問題はある。新しいことをやればいいという問題ではないのだが、「お仕着せのスタンダードは面白くない」という先入観が学校側にも保護者や子供にもあると、そうしたある意味奇を衒った方に道を踏み外すことは往々にしてあるのだろうと思う。
国家や行政による私立学校に対する指導は公立学校に比べればかなり弱いので、その辺りもちょっと制度的になんとかしたほうがいいところがあるのではないかと思うのだが、そうなると「教育に対する国家統制の強化!」「戦争への道!」みたいな騒ぎに恐らくはなるので、なかなか手をつけにくいのだろう。ただこれはそんなに遅くならないうちに手をつけるべきことだとは思う。
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Amazonで注文していた山下慎一「社会保障のどこが問題か」(ちくま新書)が届いたので読み始めた。社会保障制度についてのさまざまな問題を取り上げているが、「勤労の義務」を「呪縛」と解釈しているのはちょっと受け入れ難いなという感じもある。制度としての社会保障を使いやすくすること自体はいいのだが、働く人がいなくなれば社会保障制度そのものを支える人もいなくなるわけだから、労働者優先主義は当然だ、というかそこが「制度へのただノリをなるべく少なくする」ということにおいて最低限の防衛ラインだろうと思う。まあまだ読み始めたばかりなのでその問題がどのように扱われているかはわからないが、ただ法学の立場からというところが自分があまりそういう発想がないので勉強になるかなという気はしなくはない。社会保障制度が持続可能でなければ利用者の便宜の問題などは問題として有効性を失う。
ただ、社会保障制度がいろいろな意味で利用しにくいというのはもちろん理解できる。手続き的に複雑だし何を利用可能なのかとかも結局専門職の人に聞くしかないのだけどこの本によれば専門職の人も把握し切れいないところがあるということなので、その辺のところは実際に母の介護にこの制度を利用している立場からも意味はあるかもしれないと思う。
また、社会保障制度を利用することの心理的抵抗感というものについては私はほとんどないのだが、世の中には確かにそういう人もいるらしく、高市総理のご主人の山本拓さんなどもかなり抵抗感を持っていて、高市総理が忙しい中介助に当たっているというのだけど、その辺は逆に積極的に制度を使って貰えば啓蒙になるとは思う。使うべきでない人が使うのも問題だが、使うべき人が使わないのも問題なのだが、その心理的抵抗感が憲法の「勤労の義務」規定にあるという考えはおそらく法学に偏った考えであり、もっと違う文化的なレベルの問題だと思うから、その辺の疑問はまた読みながら感想として書いていきたいと思う。19/261ページ。
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山口博「戦国北条氏」、第二章の北条氏綱のところを読んでいる。マンガ「新九郎奔る!」では子供なのに異様にしっかりした長男として出てくるのだが、読んでいると初代宗瑞(早雲)と違って最初から戦国大名としての振る舞いで出てくるので、他の大名との合従連衡や古河公方やその分裂系である小弓公方との形式的な臣従関係の構築や破棄など、関東の戦国模様として面白いのだけど、その中で鎌倉の鶴岡八幡宮を再建したり関東管領を自称したり、まず第一に北条氏を名乗ること自体から、関東の覇者となることを目標に定めている感じが面白いなと思った。
鎌倉公方系の古河公方や小弓公方、関東管領の山内上杉氏やそれに対応する扇ヶ谷上杉氏、配下である太田氏や遠山氏など江戸時代にも聞く名前が色々出てくるが、源氏系の名門守護である甲斐武田氏や駿河今川氏などとも対抗したり連合したりしながら、文化的な面でも覇を競っているのは宗瑞ー氏綱の元々の伊勢氏が在京の幕府政所執事の一族であったという利点を最大限で活かして京都と連絡をとっているということだなと思った。北条の名乗りをどう認めさせどう浸透させたかというのが割と面白いと思うのだが、氏綱は正式に左京大夫の官職を得て、格としては今川や武田に匹敵する存在になったわけで、そういう経緯ももっとはっきりしてくると面白いだろうなとは思った。
伊勢氏の一族や宗瑞の正室の小笠原氏の一族なども小田原に下って氏綱に仕える例もあるのを読んでいると、氏綱も単なるベンチャー企業(ある意味幕府内起業だが)の2代目という感じではないなと思う。
宗瑞の章の締めは太平記の件や禅との関わりなど文化的な話で締められているが、氏綱の章の締めは虎印判や伝馬制、また武蔵や相模における支城制の構築など広域支配に伴う制度整備の話に当てられているのが氏綱らしいという感じだろうか。75/284ページ。
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イラン戦争について、篠田英朗さんの指摘が重要だと思った。今までアメリカはイスラエルと共同で軍事作戦を行ったことはなかった。それが今回、イランという共通の敵に対して、ついに共同で軍事作戦を始めてしまい、結果的にイスラエルがやめるまでアメリカは引けなくなってしまった、という話。
言われてみればアメリカが軍事作戦を起こすときはイスラエルは参加せず、イスラエルが軍事作戦を行うときは側面援助はあっても直接協力することがなかったのは、アメリカがイスラエルの戦争に巻き込まれることを慎重に避けていたからだ、というのはなるほどと思った。
今の状態はアメリカの国益というよりもイスラエルの要求を断れなくなっていて、イスラエルに引き摺り回されている感が強い。その状態のアメリカに協力することはかなり厳しいのが実情だろう。日本は付かず離れずくらいの感じをうまく保たないといけないとは思うが、さて。
辺野古沖抗議船転覆事故と同志社国際高校礼拝での「イエス・ホームレス・キリスト」説教/赤飯2100人分廃棄の文部官僚と食と教育に対する洞察不足/「戦国北条氏」と「新九郎奔る!」の新九郎盛時/雑記
Posted at 26/03/17
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3月17日(火)晴れ
今朝の最低気温はマイナス0.7度。それでも着実に春に向かっていて、冬枯れた土の上に草の芽がどんどん出ていて遠からずまた草刈りが必要な日々になるのだろうなと思う。冬枯れのうちに片付けておきたかったところはやりきれていないところが多いが、少し余裕が出てきたらそういうところも片付けていきたいと思う。草はまた生えては来るのだが。
昨日は午前中にブログを書いた後、決算の書類の作成の作業であちこちへ。とりあえずそれを終えてからノジマ電気に行って固定電話器をみたり。東京のファックス付き固定電話の調子が悪いので電話のみのものに替えてしまえと思っているのだが、なるべく安いものがいいなと思って探したのだけどどれも1万円を超えているのでどうしようかと。ネットで見たらかなり安いのもあるので、リアルでそれがあれば良いしなければまた考えようと思っている。それからスーパーに行ってお昼などの買い物をし、さて銀行へ行くかと思って駐車場に車を止めてから、通帳を持ってきていないことに気がついた。
最近はどうもこういうことが多くて、いくつも用事を済ませようとすると何かが抜けるし、それが銀行の何かであることが多い。以前はよく銀行に通帳を忘れたりひどい時にはキャッシュカードを忘れた時もあった。そう言えば現金を忘れたこともある。いや、あれはさすがに機械トラブルだったか。とにかくそういうことが多いのだが、やはり事務という仕事にちゃんと集中していないのだろうなとは思う。
仕方がないので実家に帰って案の定テーブルの上に出しっぱなしだった通帳とハンコを持って銀行に蜻蛉返り。お金をおろして新札に両替などしようと思い、案内の人に「両替機は1万円札の新札が出ますか」と聞いたら出ないという。1万円に両替するというのはほぼ新札に両替する以外に利用がないと思うし、以前はどの金種も新札が入っていたので、どういうことかなとは思う。新年にこの地方銀行が第二地銀と合併して行名が変わったことも一因かなとは思うが、紙幣が新しいデザインに変わってからあまり新札を見なくなっているので、日銀自体が新札の発行をコントロールしているのかもしれないな、と思ったり。そのほか積み立てを振り返る用事などあったので番号札を取って順番を待ったが昨日は相当混雑していて待ちくたびれてしまった。とりあえず仕事を終えて帰宅したらお昼をかなり過ぎていた。
昼食後少し仕事のことなど考えていたが、待ち合わせの時間になったので作業場に行ってちょっと仕事の話をし、再び銀行に行って受け取ったお金を入金。帰ってきて、ようやく仕事が終わったなと一息ついてから、裏の畑に行ってまた竹を切ったり。
夕方になって、さて本来の休日を楽しもうと「戦国北条氏」を読み始める。北条早雲=伊勢宗瑞=新九郎盛時については「新九郎奔る!」で知った知識が多いので、まだ物語は伊豆に討ち入り足利茶々丸を追った(物語上では明応2年=1493年9月)ところなので、それ以降のところを読んでいると知らないことが多いし、なるほどそういうこともあるのかと改めて感じさせられる。(伊豆討ち入りはコロンブスがアメリカに到達した翌年ということになる)
いくつかへえっと思ったことを書いておくと、茶々丸が伊豆半島を出て八丈島に移っていた時期があるとか、それが戻ってきて甲斐武田氏の元へ行き、最終的には明応7年(1498年・バスコ・ダ・ガマがインドに到達した年)8月に亡くなって伊豆制圧が完了したとかのあたりのことで、宗瑞が何度も八丈島に接触したり兵を送ったりしていることなのだが、いくら伊豆とは言えそんな離島を制圧する必要があるのかと思っていたが、これは相模湾の制海権を握るためだということがわかり、かなり納得した。調べてみると相模湾の次は江戸湾に進出し、そこで安房の里見氏の水軍とかなりやり合っていることがわかり、こうした戦国時代の水軍の戦いというのはあまり意識してないけどかなり重要なのだなと思ったり。
振り返って考えてみると、マンガでも京都から新九郎たちをはじめ一族郎党が駿河に入る時には必ず船でやってきているので、当時も太平洋の水運が重要だという描写はあった。読み返して出港した港が伊勢だったのかとか確認したいと思ったが探している時間がないのでまだ確認できていない。また、これは調べてのことだけど、安房の里見氏がなぜ戦国大名として自立できたのかというのも水軍無くしては考えられないなと改めて思ったりした。
もう一つは宗瑞の人柄を表すものとして「早雲寺殿廿一箇条」についての記述があり、ずいぶん細かいことを言っている印象なのだが、これはマンガでも新九郎は自ら屋敷の雑巾掛けをしたり障子の穴を繕ったりする細かいところのある人間だという描写があって、こういう人物像がこの「廿一箇条」に由来するものなのかもしれないなと思ったりした。これ自体は本当に宗瑞が書いたものかはわからないようだが、分国法的な要素もあるとのことなので、研究の進展が待たれるなとも思った。
また、「太平記」には「今川本」と言われる写本は宗瑞が自ら類書を集めて校訂した本だとのことで、それを足利学校に送って学僧に校訂を求めたり、それを知った甲斐の穴山信懸がわざわざ借り受けて書写させたりという交流を生んだりもしているというのもへえっと思った。
検地も早い時期から行っていて、これは戦国大名で最も早いものだと言われているようだが、いろいろな面でやはり面白い人だなと改めて思った。第一章「将軍近臣からの転身」読了。47/284ページ。
それにしても、ただ新書を読んで感心している私とは違い、史書を渉猟してこれだけの作品を書いている漫画家さんというのはすごいなと改めて思う。ゆうきまさみさんについては呉座勇一さんも称賛しているのを読んだことがあり、ますます楽しみになってきた。
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福島県いわき市教育委員会の赤飯2100人分廃棄の件だが、教育長側としてはあくまで配慮不足であり、赤飯廃棄はやむを得なかった、というスタンスでいくようだ。
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1773644779463/index.html
https://x.com/mamiananeko/status/2033553275342164400
しかしこれは当日の、しかも赤飯が炊き上がった後の決定という最悪のタイミングであり、そんな状況で中止すべきではなかっただろう。批判を恐れての措置だと思うが、それに伴って起こる問題についてあまりに思慮が足りないように思う。
3月11日にこの献立が出るということは前々からわかっていたことであり、一本の問い合わせ電話によって過剰反応したという慌てぶりがやはり腑に落ちないところがあり、そこに「表に出せない勢力からの圧力」を読み取る人もいるが、私自身としてはとりあえずそこまで読み取らなくてもいいのではないかとは思う。ただ、この教育長が文部科学省から出向した人であり、4月からの文部科学省復帰を控えているとか、また現市長自身も元文部官僚であるということを考えると、ちょっと違った図も見えてくるだろう。
要するに、給食など食に関する理解と教養に、日本の現状の文教行政は大きく欠けているところがあるのではないかということである。
当然ながら、食というものは人間の身体を養うもので、人間生活とは切っては切れないものである。その重要なものを「追悼の日に赤飯はそぐわない」という一人か二人の判断で2100食分を廃棄するというまさに暴挙に出たわけで、給食を作っている現場の人たちにとってはやり切れない思いがあっただろう。
これは何回か書いたが、市長が「そんなもったいないことを」というような趣旨のことを言っていたように、現場の人にとっては「ちょっと引っかかる人もいるかもしれないけど卒業の祝いだということ、また赤飯は例年出されているものであることをよく説明して理解して貰えば良い」ということであり、また一番肝心なのは東日本大震災直後の被災地の極端な物資不足の中でろくに物も食べられなかった記憶を共有していれば、食品廃棄こそが天に唾する行為であると考えられるかもしれないという発想が及ばなかったことである。
また、これはツイートにもあったが、亡くなった人たちに追悼の意味で赤飯を備えるという文化もある。そういうものを全てすっ飛ばして廃棄したということを正当化するとしたら、「追悼の日にめでたいものを食べてはまかりならん」というある種の「追悼イデオロギー」であり、「赤飯2100人分廃棄というキャンセルカルチャー」が決定されたのは、現場とはかけ離れた机上の空論で出された結論であろうということだと思う。
教育現場に携わっている人の多くが感じているように、文部科学省から天下ってくる政策は現場の要求に応えていないことが多く、多様な学校や生徒や保護者の実態を見ていずに、産業界の要請やら官僚のポイント稼ぎに利用しているだけに見えることが多い。今回も「追悼イデオロギーに反する行為で大減点だ!」という恐れでいきなりキャンセルに及んだという印象が強いが、例えば小学校の英語と中学の英語の連携の無さによって大量の英語嫌いの生徒が生み出されていることなど、実際の弊害はかなり大きいものが多いわけである。
食に関してもイスラムのハラル食を食べさせるとか無農薬野菜を契約するとか「公教育における世俗性の確保=宗教の排除」や科学的根拠のない無農薬野菜の優位性など、疑問の残る政策が多く実施され、また憲法の平等原則に反する「女子枠」などの問題もあり、文教行政全体が見直されなければならないところに来ていると思う。
ただ、教育というのはどこの国でもイデオロギー問題が付き纏うので、本当に後世中立な教育というものは難しいのも現実である。「社会の厳しい現実」から離れてある種の理想を追求する場が学校教育であるという面もあるから、現場感覚みたいなものよりもイデオロギーが優先され、「いじめはない」という実態を無視したイデオロギー的理想の元に犠牲になる子供が多く出ているという実情もあるわけである。
この辺りは食や教育に対するある種哲学的な考察、或いは洞察力の不足に由来するものだと思うのだが、話が大きくなるのでその辺はまた論じたいと思う。
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https://www.sankei.com/article/20260316-73V5C6N5INLS7NVU5OQ62T2CY4/
学校教育に関しては、昨日もまた重大事故があった。沖縄に研修旅行(修学旅行か)できていた京都の同志社国際高校の生徒が参加した「平和学習」のプログラムで米軍基地・キャンプシュワブ沖のいわゆる「辺野古」海域を海から見学するために乗船した抗議活動に使われる船が転覆し、活動家で牧師の船長と女子高生の二人が亡くなったという事故である。
これはネットでは非難が集中し、私が投稿したツイートでも投稿後半日余りで28万以上のアクセスにのぼるという多分初めてくらいの規模の反応があった。
https://x.com/honnokinomori/status/2033505366575906889
私の感想は上のツイートの通りなのだが、いろいろ見ていると信じられないような杜撰で、学校側と活動家の側の癒着としか思えないような、また生徒の安全や何かあった場合の対応や補償について何も考えてなかったのではないかと思われるような実態が見えてきている。
修学旅行というのは、上のツイートにも書いたが、私が高校教員をやっていたときにもその担当を経験していて、非常に大きな行事なわけである。東京駅や羽田空港に集合させるところから始まり、解散まで気の休まる時がない。生徒の安全も重要だし、生徒がトラブルに巻き込まれないように、また逆に生徒が問題を起こさないようになど、徹底的に気を使う。担当者は実施の半年くらい前に実際にコースを周り、食育がテーマの場合は実際にそのメニューを食べたりもする。当然、船に乗るような安全性が問われる学習コースがある場合には、実際に乗船したりもするだろう。私も担当の時には本当に疲れて、修学旅行が終わった後、一緒に担当した人と旅行に出かけて羽を伸ばしたくらいだった。
この「平和学習」ではたとえば公立高校ではあり得ない、営業許可を得た運行団体ではない活動家団体の抗議活動に使われる船に乗船させ、事故調査に当たった海上保安庁の船さえ転覆するような悪天候の中、釣り船のような船に10数人も乗せて海に出るというのはちょっと何をどう考えても受け入れ難いやり方であったとしか言えない。学校も、その依頼を受けてこれを実行した活動家団体も、場合によってはこうした無謀なコースを受け入れた旅行会社も、責任者が罪に問われるのはもちろん大きな賠償責任を負うことになるだろう。
よくわからないのではっきりとしたことは言えないが、こうした米軍基地の沖合で抗議活動などの危険な行為を行う船舶に、何かあった場合の保険などかけられるということが想像しにくいし、その辺のところをどう考えてい他のかもわからない。何もかも言語道断という印象を受ける。
なぜこのようなことが起こったのかはこれからの原因究明を待ちたいとは思うが、同志社国際高校は平和学習の研修旅行を大きくうたっているので、それも生徒募集の一つの謳い文句なのだと思うのだが、キリスト教系の大学の附属高校でもあり、キリスト教関係者の力は強いように思われる。
https://x.com/mamiananeko/status/2033538551602991140
今回の操船責任者は船の所有団体である「ヘリ基地反対協議会」に所属していた活動家で牧師の船長だったようだが、この活動家の牧師はもともと東京の明治学院の牧師であり、従来から同志社とは繋がりがあった人物であるようである。
https://www.doshisha.ac.jp/attach/page/OFFICIAL-PAGE-JA-173/139656/file/119DR.pdf
上のPDFによると、2004年には同志社国際高校で講師として招かれ、礼拝時に「イエス・ホームレス・キリスト」というかなり思想の強そうな説教を行なっている。こうした関係を踏まえると、今回の講義船乗船もこの牧師と学校側との個人的なつながりから依頼された可能性がかなり大きいのではないかと思われる。
これらは状況証拠に過ぎないので、学校側が今日の記者会見でどのような発表をするかを見守らないといけないが、この平和学習がこうしたいわばズブズブのつながりの中で「関係性を重視したあまり結果的に安全性を軽視した形で行われた」ものであったのではないかという疑いを強く持ってしまう。この船に同志社国際高校の教員が乗船していなかったのも、この牧師への「信頼」のためだったのではないかと思えるわけである。
私自身はこうした米軍基地に対する沖縄の抗議行動についてはやはり限度を超えた部分があると思うし、「平和学習」と称して活動家として若い人を引き込もうとする動きに対しては反対する意識が強いが、そのことを抜きにしてもこうした安易な形で重大な事故を招いてしまったことは学校側も活動家の側も深く反省し、謝罪し償ってもらうしかないと思う。
同志社国際は関西ではかなり人気のある学校であり、また半数を帰国子女が占める学校であるそうなので、関西でも階級的にも上位の家庭から進学する学校なのだと思うし、またそういう人々がこうした思想に被れやすいというのも一つの実態としてはあるので、今回の事故の投げかける波紋はかなり大きいだろうと思う。
亡くなられた女子生徒さんのご冥福をお祈りします。牧師さんについては言いたいことはいろいろあるが、亡くなった方への礼儀として、お祈りしたいと思います。
若者の車離れが熱海を復活させた(か)/イランと濃縮ウランと中国とアメリカ/赤飯廃棄のプロセス/「戦国北条氏」と「新九郎奔る!」/世界によりポジティブであること/世界都市とかハーバーマスとか
Posted at 26/03/16
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3月16日(月)曇り
今朝の今のところの最低気温は1.3度、マイナスにはならなかった。この時期らしい気温という感じ。これから晴れて日中は10度を超えそうだが、まあ3月という感じだ。5時半ごろ車で出かけて少し離れたセブンでジャンプとスピリッツを買う。ヤンマガがなかったので別のセブンに行ってこれも買った。ヤンマガはあってもスピリッツがないことの方が多いのでちょっと珍しい感じなのだが、最近そこのコンビニはそうなってる。
日曜と月曜は本来休日なのだが、いろいろと仕事があるのと、いろいろな整理や整備などもしていく必要があり、なんだかんだと休んでばかりはいられない。昨日は午前中にブログ/noteを書いた後岡谷に出かけて書店で「社会保障のどこが問題か」を探したのだが見つからず、結局山口博「戦国北条氏」(中公新書、2026)だけ買って、スーパーで昼と夜の惣菜など買って帰った。午後は少し休んだ後、書類をいろいろ揃えたり、職場に行って必要なものを持ってきて、それから雑貨屋へ行って週末に出席する結婚式のための金封を二つ買い、書店を二軒回って「社会保障のどこが問題か」を探したが見つからなかったので結局amazonで注文した。戻ってきて作業場でコートを探し、ミニコンポで「ふつうの軽音部」に出てきた「REVIVER」や「ストラトキャスター・シーサイド」などを聴きながら雑誌を整理したり。一昨日の夜はそういえば最近飲んでなかったと思って去年漬けた梅酒を飲んだりしたのだが、昨日はまた忘れた。
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https://x.com/kz_s/status/2033037117086212206
最近、鎌倉や川越が休日の人出がすごいそうだが、それが熱海にまで及んでいるとのこと。当然ながら新幹線で行けば東京からあっという間なのだが、「綺麗にしてもらえますか。」や「POLE STAR」など、熱海を舞台にしたマンガ作品をここ数年読んでいることもあり、熱海が復活するというのはなんか嬉しい感じがある。土石流災害に見舞われたときには、同じ温泉地に住むものとして復興に協力したいと思い、ふるさと納税でいくばくかを寄付したことがあった。とはいえ熱海ももうずいぶん長い間行ってないので、また行ってみてもいいかなと少し思った。
上のツイートの分析が面白いと思ったのだが、熱海は特に日本人の観光客ばかりで、若い人で混雑しているのだそうだ。宿泊客がどれくらい増えているのかはわからないが、新幹線だと日帰り圏内だから少し厳しいか。ただ、長野県の地元も最近少し観光客が増えているという実感はあるので、若者の国内観光回帰と、「車離れ」による「電車で行ける観光地の復活」というのはあるのかもしれない。そういう意味で言えばある種の先祖返りだけれども、清里とかが復活したりすることもあるのだろうか。復活の努力の話は聞いたことはあるのだが。
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https://x.com/buvery2/status/2032901886744080432
WBCで日本に勝ったベネズエラだが、アメリカ大使館に星条旗の掲揚が復活したとのこと。
https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_171560/
一方でイランでは石油積出の拠点であるカーグ島(Kharg)を攻撃しているという。
https://x.com/TrumpPostsJA/status/2032894799221801364
こちらのツイートの通りなら、つまりはイランに濃縮ウランを引き渡させるために軍事作戦を行なっているということになる。イランをなるべく弱体化させたいイスラエルはともかく、アメリカおよびトランプの狙いがなんなのかは少し見えないところがあったが、ここにきて「核の脅威を除く」という言葉増えてきていて、それの意味するところはつまりは「(核爆弾の原料となり得る)濃縮ウラン460キロを引き渡せ」ということのようだ。
実際にウラン濃縮がそこまで進んでいるとするなら後は核実験をすれば完成一歩手前ということになるわけで、最近のトランプの発言はそこに絞ってきた感じはあるが、「大量破壊兵器を持っている」という理由でイラク攻撃を行なった際に実際にはなかったという前例もあるから、どこまで本当なのかはよくわからない。
一方のイランの側では、パキスタン経由での中国との陸路がまだ機能しているとのこと。
https://x.com/ilovetheworld1/status/2032922284424573146
もちろん、石油を運ぶのはかなり無理があるが、戦略物資などは十分輸送できるわけである。そういう意味で、「一帯一路」の本当の意味はこういうところにもある、という指摘はまさに膝を打つもので、中国もまたこの戦争の隠れた当事者の一人なのだなと思った。
アメリカの戦略もうまく行っているのか行ってないのかいまいちよくわからないのだが、そうした判断がトランプの気まぐれにかなり左右されているところがなんとも言えない。日本もトランプのこうした気性をよく飲み込んだ上でいろいろ交渉してもらいたいとは思うが、早く出口が見えると良いとは思う。
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https://x.com/xibbar/status/2032949941665149033
赤飯を廃棄したいわき市教育委員会だが、今日議会側に説明があるとのことなので、またそこから新たに何か出てくるかもしれない。3月11日に赤飯を出すという献立に配慮が足りないと言えばそうかもしれないが、亡くなった人たちの供養のためにも赤飯を食べるという文化のところもあるし、いずれにしてももう炊いてしまったものを廃棄するという決定は軽率だったと思うし、その決定のプロセスがどうだったのかは明らかになると良いかなとは思う。
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もう少し多くの人にnote記事を読んでもらいたいと思い、いろいろ調べていたら #毎日note というハッシュタグを見つけた。私は今1500日くらい連続投稿をしているので、まさにこのハッシュタグには当てはまるので、ちょっとそういうものもつけてみようかなと思った。
まあこの辺もおいおい考えていこう。
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昨日買った本は上に書いたように山口博「戦国北条氏」。北条早雲(伊勢新九郎盛時)から始まるいわゆる後北条氏の概説ということで、ゆうきまさみ「新九郎奔る!」の背景として読むといろいろ興味深い。
今漫画の方は堀越御所の奪取には成功したが足利茶々丸を逃してしまったために伊豆攻略が難路に乗り上げているという感じだが、その状況を茶々丸の首を取れと命じた将軍足利義澄(義高)に報告に来た新九郎の弟・弥次郎が京都で苦労しているのだが、実はその裏で明応の乱で将軍の座から追い落とされた足利義材が越中を拠点に北陸で勢力を回復しつつあるという状況になっている。
中央の状況と伊豆の状況が連動しているのが面白い、というか、そういう描写をした作品は今までなかったと思うけれども、へえっと思ったのは関東管領上杉顕定の実父で越後守護の上杉房定も足利義材に使いを送ったということで、一周して関東や伊豆の情勢にも影響してくる可能性があるということになるわけである。
伊豆はもともと関東管領が守護の国であり、堀越公方に支配権は譲ったものの国人たちは顕定の元に出兵したりしているので、そうなると新九郎と対立関係になるわけで、その辺りのところは「戦国北条氏」を読んでいるとなるほどと思う。読んでいるともちろんその先の歴史もわかってしまうわけだが、情勢としてかなり複雑なので、これをマンガではどう書くんだろうか、と考えるのもなかなか楽しい。
***
https://x.com/nobuko_kosuge/status/2033043505736724727
これは最近考えていることなのだけど、基本的にポジティブなことを書こうということを心がけている。批判というのも、基本的には必要もないのにネガティブなことを書いているものに対する批判、という感じで書くと良いのかなという気がする。
世の中を作ってきた多くの人たちの努力というものがあるわけで、もちろんその中には改める必要があるものもあるだろうからそういう建設的な批判というのは良いのだが、世の中を作ってきたものにタダノリした上で批判だけして建設的なものに結び付けない、みたいなものはやはりあまり良くないだろうと思う。特に「国家」とか「安全保障」とか「資本主義経済」というものに対する根本的な批判というものは世の中全体をひっくり返すことを主張するわけだから、それだけ慎重にやるべきことではあると思う。
その提示の仕方として、自分の実践としてこういうことをしているというのはそれなりに説得力はあると思うが、「だからダメなんだよ」だけしか言わないのはダメだろう。
上のような「海外で受けている日本の作品」についても、ネガティブな評価の面を取り上げた方が日本で受ける、と思われているのは実際にはウケている人たちはごくわずかなのだが、メディアやアカデミアで支配的な人たちに多いので、ウケた気がするだけなのだと思う。そういうことをいまだに繰り返しているのは不幸なことで、そういうスタイルこそが知的だ、というような文化はあらためて言った方がいいだろう。
大切なものを大切だと言えることが文化なのであって、少し見下したような目線でそういうものを批判することが知的だというのはある種の文化的な病だというべきだろう。
https://x.com/oyagamex/status/2032980718788423914
こういうのは子育てなのでもそうで、ジェンダー平等などの新しい風潮に振り回されるのではなく、男の子は強く逞しく、女の子は可愛く優しく育てるのが一番いいと思う。まあ自分自身がそういう子供とは言えなかったからアレではあるのだが、そういうふうに育つべきだったという思いは自分にもある。だからこそ、そうでない自分がどう生きるべきなのか、を考えてきたわけで、規範としての生物的・人間的強さが結局は男子に求められることは、どんなに世界が変わっても変わらないことではないかと思う。
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https://x.com/theepicmap/status/2032901754631913834
1913年のウィーンにはヒトラーもトロツキーもチトーもフロイトもスターリンもいたという話。まだ4歳だがピーター・ドラッカーもいたはずで、そういう世界都市というのは逆に現代では成り立たなくなってきているのかもしれない。ロンドンとかパリとかはそういう部分は今でもあるだろうけど。後になれば現代の東京もそうだった、ということになるかもしれないが。
こういうことを考えるのは結構楽しくて、そういうことが一つの歴史の醍醐味である気はする。同じ時期のパリも似たようなものだろうと思う。
***
https://x.com/inlaforet/status/2032994236254069216
ハーバーマスについてはあまり知らなかったが、彼の父がナチス党員で、彼自身も10代には参加していたとのこと。だからこそ余計贖罪意識が強い、という話。また彼自身が生まれつき 口唇口蓋裂があり、幼少期に手術を受けるも発音の困難が残っていたというのも初めて知った。
彼のいう「コミュニケーション的行為」の理論はいわば当たり前のことだと思うのだけど、駆け引きのようなことを排除しようというのは理想主義的にすぎるという感じはあるが、それが彼の困難に由来するものであった可能性もあるかも、という指摘はなるほどと思うところもある。ただ、当然ながらそういうコミュニケーションのあり方が説得力を生むこともまた事実なので、そこを踏まえた上でどうするか、という問題ではあると思う。ハーバーマスを支持している人たちがそれを実践しているかと言えば、あまりそうは感じられないというのもまた事実ではあるし。
「FMいわきの東日本大震災」と「赤飯2100食廃棄」のいわき市教育委員会/これから書いていくもの/「ハーバーマス死去」と「イスラエルの虐殺」/「高市総理の愛読書」の秀逸性
Posted at 26/03/15
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3月15日(日)晴れ
今朝も最低気温は零下(-0.3度)になっていて、それなりに冷え込んだ。昨日は帰ってきて7時ごろ夕食を食べ、ニュースを見て、ブラタモリの「桶狭間の戦い・前半」の回を見て、プロジェクトXで東日本大震災の時のコミュニティFM、FMいわきの活動を見たのだが、見ていて最初から最後まで涙が流れる感じだった。
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-P1124VMJ6R/ep/YV7KLW1LQY
2011年というのは今から15年前ということだけど、それから日本も大きく変わって、あの時と同じことが起きても同じような人々の営みができるのか、という感じがする。東日本大震災の時には原発事故という思わぬものがついてきたから左派的な人々の中には今でも福島差別的なことをやる人がいるが、昨日の番組にはそういう要素はほぼなかったのでその辺も良かったと思う。最後に「今でも放射能のモニタリングポストの値を放送している」というのは余計な付け足しだと思ったが、局内の反原発派に配慮したということなのかなという気もした。
https://iwaki-minpo.co.jp/news/2026/03/311261/
いわき市も3月11日に赤飯の給食を出そうとしたことにクレームがつき、2100食分を廃棄したということがTwitterで炎上しているが、この記事によれば教育委員会が独自に判断したことで市長は知らなかったらしく、またこのクレーマーがどういう人間だったかについても疑問が寄せられている。
https://www.minyu-net.com/news/detail/2026031507281547213
こちらの記事では「問い合わせをした」のは「保護者」だということになっていて、「福島民友」の記事の文脈では「そもそも3月11日にこういう献立を出すことが間違い」「市の部局も今後は献立に関わる」みたいなノリになっていて、地元の「いわき民報」との温度差が感じられる。福島はずっと民主党系の強い地域だから、その辺りのところにちょっと何かあるのかもしれないという気もしなくはない。
あの当時の食糧不足や、昨日の放送でも「みんなが助けてくれた」「ショートケーキが三つ手に入ったから一つ食べてと置いていった」「温かいピザを差し入れてもらえて「温かい!」とみんな喜んだ」みたいなことを言っていて、それに対して2100食分の赤飯がただ廃棄されたなどというのはまさに震災の苦労を忘れたのか、と言わざるを得ないと思った。教育委員会でどういう審議が行われてどのように判断されたのかも、明らかになると良いと思うのだが。
それにしても、昨日の放送で驚いたのは、原発に近い病院から300人の患者が高校に送り込まれてきて、何もない状況の中でその日のうちに七人の患者が亡くなったという話。FMいわきで「緊急ボランティア」が呼びかけられて「少しでもいいから灯油を持っていってください」「少しでもいいから物資を届けてください」と放送され、多くの物資が届けられたというのは、みんなが被災者なのに少しでも協力しようという善意が本当に泣けるなと思った。
まあこういう番組だからいろいろ起こったであろう人間性の醜い部分については最小限しか触れられていなかったけれども、それでも今でも当時の人たちがずっと頑張って放送を続けているというのは、それだけ大きなものを受け取ったということもまた事実なのだろうと思った。メディアや放送というものの本質的な存在意味を明らかにしてくれた番組だったとは思う。
メディアの本質的役割、というものについて情報提供・監視・討論・教師があるというけれども、まずは最大のものは情報提供だということを改めて思わされた番組だった。
***
自分がこれから何を書いていくか、という方針を少しずつまとめているわけだけど、まずは3月11日に書いたこと。
https://note.com/kous37/n/n1f6b67fa143e
「で、今何を書いているか、これから何を書いていこうかを考えると、自分が「面白いと思ったこと」自分が「正しいと思ったこと」自分が「お知らせしたいと思ったこと」自分が「感動したこと」などを書いていくということに変わりはない。で、noteという場は雰囲気としてどちらかというとリベラルな読者が多い気はするのだけど、私のスタンスはプロフに書いている通り、「保守的で常識的な意見」であり、「過激な意見に疲れた方」に「読んでほっと一息入れ」てもらえるもの、というところはある。」
3月12日。
https://note.com/kous37/n/n9679df18235b
○自分が面白いと思ったこと
○自分が感動したこと
○自分が正しいと思ったこと
○自分がお知らせしたいこと
の四つを挙げたが、
○自分が重要だと思った(判断した)こと
今日(3月15日)に思ったこと。
こうしたことも大事なのだが、やはり私自身もまだまだ足りないことが多く、本を読んだり記事を読んだりいろいろなことを勉強しながら書いているということもあるので、そういうものを学んでいる過程みたいな感じで書くこともある。つまり「読書ノート」ということである。
今読みたいと思っているのはメディア論と社会保障の問題なのだけど、メディア論については勉強する前にまず今の自分自身のスタンスみたいなものをもう少し考えてみたい感じもあり、それよりは社会保障について読んでみたいかなと思う。まずは「社会保障のどこが問題か」を読んでみたい。
***
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026031500193&g=int
ドイツの歴史家・社会学者で「公共圏」の概念で知られるユルゲン・ハーバーマスが亡くなったそうだ。96歳。
戦後の世界体制の中で左派系の思想の一つの重鎮という地位にあった人だと思うが、私はどうもなんというか胡散臭い感じがしてこの人の書くものを読む気になっていなかったのだけど、下の記事を読んでかなりなるほどと思うところがあった。
https://www.chosyu-journal.jp/heiwa/29293
私は右サイドの論者であるが、ドイツとイスラエルの結託はかねがね不審に思っていた。その辺りのところをこの文はよく説明していると思う。ホロコースト神話=ユダヤ人の特権化=イスラエルの聖化=イスラエルによる虐殺の正当化、という最悪のナラティブを生み出し、「ドイツはイスラエルだけ支持していればナチスは反省したことになり第二次世界大戦は乗り越えられた」とする思想を主導した人と考えていいように思う。
この文章は左派の側からのハーバーマス批判だが、その指摘は当たっていると思うし、セルビア空爆の正当化など、日本でも疑問を呈する向きはかなりあった。これだけの左派の大立者だからどちらかというと賛美一色になってもおかしくはないが、新聞報道を除けば特に私のタイムラインでは批判的な言辞が並んでいる。この辺のところはおそらく「ナチス現象」に対する思考停止(「ナチス=ホロコースト=絶対悪=ユダヤ人は被害者であり常に正しい」)があるわけで、ドイツやヨーロッパのある種の限界がそこにあるようにも思う。思想的な左右を超えて考え直すべきところもあるように思う。
***
高市首相の愛読書5冊が日経電子版に掲載されたそうだ。
https://x.com/bun_den/status/1975386736047104502
この5冊がかなり批判を呼んでいるようなのだけど、私はこれはかなり高市首相らしい選書だし、また日経読者に向けたメッセージとしてはよくできた選書だと思う。
「サッチャー回顧録」は最も尊敬する政治家としてサッチャーをあげている高市さんらしいし、自分が目指す政治家像が「強い政治家」であることを明示している。山本七平「「空気」の研究」は、おそらくは高市さんは「自分は空気を読めない」と思っていて、自分の進め方に対するやり方を振り返るときに今はどういう空気でああいう反応になったのだろうか、とか自分を振り返るよすがにしているのではないかという気がする。
司馬遼太郎「坂の上の雲」は、この辺りが一番彼女を批判する手の人に嘲笑されたもののような気はするが、気宇壮大な「新しい国家を建設する」物語であり、そこには科学も必要だとか、理想とする国家像を想像させるのに十分な選書だと思う。「松下幸之助発言集」は松下政経塾出身者らしい一冊だと思ったが、「公僕としてでなく主権者の代表として働く」という誇りについて述べていて、これはなるほどと思った。「公僕」などというとお為ごかしだと思ってしまうけれども、「主権者の代表」というのは全くその通りなので、これは政治家として大事な意識ではないかと思った。
「ビジネスマンの父から息子への30通の手紙」はビジネス右翼っぽいみたいな感じで言われるのだろうけど、彼女の「働いて働いて働いて参ります」というスタイルを作ったのがこの本なんだろうなという感じがする。
なんかもっと高邁な哲学書や人生の機微をつく文学書がないことによって批判されているのだろうと思うけれども、政治家としてそういうものを挙げないのもまた一つの見識ではないかという気もする。まあ、そういう人文的な方向の愛読書もそれはそれで聞いてみたい気はするが。
逆に自分なら何をあげるかと言われると困ってしまうが、面白かったから、あるいは自分を振り返るため、みたいな感じで読み返す本は今となってはあまりない。けれどもそういうものも考えてみてもいいかなと今書いてきてそんな気もしてきた。まあ結構変なセレクションになる気はするのだけど。
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