高速・七草粥・ベネズエラ/文化の真髄はローカリティにある/「恥の感覚」の迷走的変化:密会市長・宗教と議員・ガラス張り知事室/余裕があるときに余裕を無くさないためには
Posted at 26/01/08
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1月8日(木)曇り
昨日は午前中松本の整体に出かける。行きは思い立って湖畔にできたスマートインターチェンジから高速に乗ってみたのだが、市内が思ったより混んでいた、というか前の車が遅くて思ったよりも時間がかかったのだけど、時間には間に合った。料金を見るのを忘れたが、今確かめてみたら普段のコースより240円高い。まあ240円か、ということもできるが、いつものコースより多少早くて余裕があったとは言えるので、なかなか難しいところだなと思う。身体の方は、お正月がいい休息になったのではないかと言われたのでよかったなと思う。多少食べ過ぎではあるようだが。
帰りに近くのスーパーに寄ってお昼のものと七草粥の材料を買って帰る。帰りはいつものコースで少し混む道を通ったせいもあり、実家に着いたのは1時ごろになっていた。それから残りのご飯を使って七草粥を作ったのだが、思ったより美味しくできて、毎日食べてもいいなという気がした。少しは身体も清浄になっただろうか。
午後は銀行に二つ出かけて記帳したりお金を下ろしたり両替したり、ファミマに寄って電気料金を払ったりカフェラテを買ったり。図書館に行ってエリアスタディーズのベネズエラを借りようと思ったのだが、なかった。調べてみると出ていないようである。日本人にとっては行きにくい場所だということなのだろうか。仕方ないのでとりあえず増田義郎編「ラテン・アメリカ史II南アメリカ」(山川出版社、2000)を借りてみた。知りたいのは歴史よりも現在の状況や地理的なもの、国内での地域的なものなどなのだけど、この本を少し読んだりネットで調べたりしながらイメージを掴もうとしているのだがラテンアメリカ特有の複雑な歴史があって難しいなと思ったり。
マドゥーロ政権になってからの数百万の難民の発生にしても、「富裕層を中心として」と書いている部分もあるし、難民として本当に最貧の生活を送っている多数の例も書いてあったりして、何が本当なのか難しいが、おそらく両方本当なのだろう。ラテンアメリカは基本的にクリオーリョ(現地白人)支配の構造が続いてはいるので、富裕層というのは要はスペイン系の白人ということだろうけど、チャベス政権以降の社会主義政権は支持基盤はクリオーリョではないだろうなと思うし、貧困層も難民化していることも事実のようなので、いろいろ読んでいるとラテンアメリカという地域における国家運営の難しさみたいなものが改めて浮き彫りにされている感じはある。アフリカの方がまだ希望が感じられるような気がするのだけど、ラテンアメリカはなんというかいろいろ掴みにくい。
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https://www.sankei.com/article/20260107-YLPEO3RF3NKJ7HCJOGL56WR2YQ/
映画「国宝」で東京の歌舞伎座では新規の観客が2万人増えたというのは歌舞伎座の混雑を考えると頷けるのだが、大阪では反応は鈍いのだという。これは戦後の時期にはすでに関西の歌舞伎は衰退しているというのは言われていて、大阪財界のそれなりの存在感を考えると不思議だったのだけど、最近「大大阪という神話」を少し読み、もともと大阪の地の人が支えてきた文化が、大正末昭和初期に大大阪が成立することで大都会になってロー借りティを失ったという話を考えて、「大阪の文化」への愛着が少ない人が今の大阪人の主流だということなのかなと思ったりした。
よく言われる言い方で言えば、文明というものは普遍性があるから都会はどこも世界中一緒だ、ということに対して、文化というのは根本的にローカリティが重要だ、ということも言えるわけである。
歌舞伎も江戸時代以来、江戸・京・大阪それぞれの色合いがあることに意味があって、また地方に伝わった地域の歌舞伎などの文化もそのローカリティが味わいになっているのだろうと思う。「大大阪」の誕生後にそれまでの大阪人とは違う人たちが流れ込んできてそういうものが変化したということはあるだろうと思う。
これはもちろん東京もそうで、明治期の山手文化や下町文化みたいなのが高度成長以後に地方から多くの人が流入して「東京言葉」や「東京らしい文化」も変わっていったということはあると思う。日本の中心になる、ということはある意味ローカリティを犠牲にするという部分はあるから、日本全体を席巻するようなエンタメの拠点になる一方で、東京らしい粋な文化、みたいなものも生き残れなくなっているのだろうという気はする。
「ふつうの軽音部」を読んでいるといろいろな地域を拠点に活動していたバンドが出てきて、博多や大阪、名古屋などそれぞれのライブハウスや音楽ラジオ放送の独自性のある文化がある上に乗っかってそうしたバンドの活動が行われているから、ロックミュージックもある意味本当に地域性のある文化なのだなと思う。もちろんメジャーデビューには東京に出る必要はあるのだろうけど。
出版でももちろん東京は圧倒的に強いが、京都もそれなりに独自のものを出しているし、有隣堂が神奈川の歴史や文化に関するものを独自に出版したりしている。地方ん出版社もそれなりに頑張っているなと思うことはよくある。イギリスなどでもオックスフォード出版会とか必ずしもロンドンでない出版社がある。論文で英語の引用文献を書くときに著者名、署名に続いて発行都市名を書くわけだけど、日本だったらほぼ東京に決まっているので、出版文化の多様性のある国はいいなと思ったことがあった。
アメリカも都市によって音楽文化があって、メンフィスでやっててメジャーな存在になることもできる。演劇やミュージカルはニューヨークが強いが映画はカリフォルニアのハリウッドが強かったり。だったりする。地方の多様性は文化のために重要なことだと思う。
アニメの聖地巡礼などがあるのは、その土地とその作品との関わりが想いもかけない形で発生するのが面白いということもあるし、またその土地の魅力がその作品に反映されているという面もある。ローカリティが文化に色濃く反映される現象の一つではないかと思う。
まあ日本の場合はなんだかんだ言って文化も東京に集中しすぎなので、東京にしか文化がないと思っている人が多くなってしまうわけだし、それがまた文化の東京集中に輪をかけてしまう、というところがあるのだろうなと思う。伝統文化だけでなく、新しいローカリティのようなものを担った地方文化がもっと出てくると良いなと思う。
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https://www.dailyshincho.jp/article/2026/01051531/
ラブホ不倫疑惑で辞職した前前橋市長の小川晶氏が再選される可能性が高いのだという。これは対抗馬が弱いということでもあるだろうけど、こうした性的なスキャンダルによって政治家が支持を失わないというのは、何かある種の底が抜けたのではないかという気もする。保守王国の群馬でこういうことが起こるというのもよくわからないのだが、こうしたスキャンダルの人が市長の座にいること自体が恥ずかしいと思う人もいるだろうとは思うのだが、そう思わない人の方が多いということなのだろうかとは思う。
逆に、旧安倍派の政治資金問題などはあんなの問題にするほどのことではないと私などは思っていたから、あんなに徹底的にいじめられているということ自体がよくわからないという感覚がある。何がよくて何がいけないと思われているのか、というのがかなり変わってきてしまっているような気はして、いろいろとまずい感じがある。
この変化は、ガラス張りの知事室を作った田中康夫元長野県知事の頃からの流れみたいな気はするのだが、こういう「恥の感覚」の変化のようなものが政治にまで波及するのはいろいろと残念な感じがある。これも大きく言えば文化の問題だという気もするのだが。
https://x.com/nagashima21/status/2008851669774422258
逆に、長島昭久議員が元統一教会の信者であったことが週刊誌に取り上げられているというが、これは基本的に信教の自由であり、それでとやかく言われるのは本来はおかしいだろうと思う。統一教会の問題がこれだけ大きくなったのは安倍元首相の暗殺事件がきっかけだったわけで、テロリストの目論見がさまざまに波及してしまっていることはちょっと目を覆うような惨状だと思う。
統一教会が問題のある宗教であることは確かだと思うけれども、他の宗教や日本共産党を含め他の思想団体・政治団体に全く問題がないわけではない。これが問題視されたのは「統一教会が叩かれている」から「その信者だった長島氏は叩いていい」というだけの流れしかないわけで、「あいつオタクでキモイからいじめてやろうぜ」というのと同じ、いじめの構図と同じである。
政治においても、倫理においても、何を筋として通すべきなのかが混乱しているとしか思えないのは、まあ末法の世ということなのだろうとは思うが、この辺りも保守的な立場から立て直しは図られなければいけないのだろうなとは思う。実際のところは脛に傷を持たない人はなかなかいないからスキャンダル合戦に発展しかねないというところはあるのだが。
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今日は午前中にまとまった用事がなかったので腰を落ち着けてかけるかと思っていたがなかなかそうもいかなかった。朝は4時半に起きたのだが、今日は資源ゴミの日なので年末の大掃除で出た段ボール類とか正月に大量に出たプラごみやペットボトルなどが大量にあり、雪が心配だったので紙類は結局業者の資源物ステーションに捨てにいって、その帰りにヤンジャンと午後ティーのチャイを買って帰ってきた。チャイを飲みながらこれは自分でも作れるなと思い、買い物の時にシナモンを買おうかなと思ったり。書きながら休み休みハードディスクの空きを作るためにBDにダビングしたり、資源ゴミの時間になったら出しに行ったり、正月飾りなどをどんど焼きのところに持っていったり、時間になったら朝食を食べたりしていたらなかなか書くものがまとまらないまま雑多な内容になってしまった。
時間的な余裕があると思うと書くことの幅を広げたいと思ってしまうのでいろいろなものに手を出して読んだりしてしまうから時間がなくなったりもする。ないと思うと書くことを決めて書くしかないので割としっかり書けるという感じもある。その辺りのバランスをどう取るかということも時間のある時に考えたい。年末の30日以来、実家の方で午前中の時間がフルに使えるのは今日が初めてで、いつ考える時間が作れるかが1番の問題ではあるのだが。
トランプは何を考えているのか:「西半球新秩序」と治安問題の国家安全保障問題化/「戦後政治の総決算」とWWIIの特権化と相対化:「歴史が国民に共有されること」をめぐって/カーナビの件の顛末
Posted at 26/01/07
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1月7日(水)晴れ
朝はうとうとしながら目を覚ましたらストーブが消えていて寒い。時間はわからないがとりあえず起きてみることにして、居間に行って時計を見たら4時20分だったので起きることにした。あとで気温を見たらマイナス7度。かなり本格的な冬になってきた。
昨日は朝、母を歯科医に連れて行った。年末に歯が抜けたと言っていて、そんなに不自由はなさそうだから大丈夫かなと思って行ったのだが、結局差し歯だったらしく抜けた歯をもう一度入れることができて、あと数年は大丈夫だろうと言われたので、簡単に済んでとてもありがたかった。西友で買い物して母を施設に送り届け、その足で図書館に行って平安時代の本を返却した。
そのあとディーラーに行ってカーナビを見てもらったのだが、2007年製の車なので当然カーナビも部品は残っていなくて、ダイハツの車のカーナビなら流用できそうだが十数万かかるとのこと。DVDを拭いてもらったらとりあえず地図は表示されたのでまあいいかということにしたのだが、結局また表示は動かず、書店で車を止めて再始動したらまたDVDが入っていません表示になり、元の木阿弥となった。まあ状況はわかったのでしばらく現場で対応しようかと今のところは思っている。昼食の買い物をして実家に戻る。
昼食後、少し腹の調子が悪く、横になったりしていたのだが、銀行の開店時間中に行く用事があったので2時半過ぎに頑張って出かけて、滑り込みで書類を受け取り、通帳にいくつか記帳した。
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アメリカのベネズエラ侵攻をめぐる問題は考えるべきテーマがいろいろあるのでまだ私の考え方自身も模索中である部分が多いのだが、今のところは断片的に読んだものなど列挙しつつ、考えておこうと思う。
https://diamond.jp/articles/-/380935
問題の全体としては、基本的に上記の論考がよくまとまっていると思った。問題は「トランプ及び政権幹部が何を考えているか」ということであり、それが従来の国際秩序の考え方とかなり異なっているから理解されにくい、ということがあるわけで、上の論考によれば、昨年発表された「国家安全保障戦略(NSS)」に述べられていることが重要だ、ということになるようだ。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/12/90f6e92663418116.html
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/12/2025-National-Security-Strategy.pdf
著者の白川氏はこの中で重要だと思われる点をピックアップして
最大の特徴は、世界全体の安全保障への関与を縮小し、アメリカ本土と「西半球=南北アメリカ」の安全を最優先すると明記した点にあるという。
これは今回のベネズエラ攻撃もそうだが、グリーンランド領有の要求もまたその延長線上にあるということだろう。
そしてその安全を図るために、中国・ロシア・イランなどの外部勢力の西半球への関与を排除しようということが大きく、それはおそらくはヨーロッパなどの同盟国も例外ではないから、正面からグリーンランドをデンマークに要求しているということなのだろう。
西半球=アメリカの治安に死活的な影響を与える地域において「アメリカにとっても重要なエネルギー資源が、無能な統治、犯罪ネットワーク、敵対勢力との結節点の下に置かれていること自体が脅威」だ、という観点から今回の攻撃が行われたという筋道になる。
そして、「今回のベネズエラ武力介入の論理は、国家中枢が犯罪組織と一体化していると判断されたことにある。国家が組織的に麻薬を生産・流通させ、他国の国民を害しているのであれば、それはもはや主権国家ではなく「犯罪組織に占拠された統治体」と認識されうる」というわけである。国際犯罪組織が主権国家を宣言しても国家として認めない、という判断だが、その認定は「国際社会」ではなくアメリカが行えば十分だ、ということなのだろう。
当然ながらこの辺りが国連や国際法組織、国際法秩序を主張する人たちには受け入れられないところなわけだが、トランプは独裁自体は否定していない、というのがおそらくは結構ミソで、マドゥーロを排除したのにマドゥーロ政権の副大統領のロドリゲスを暫定政権の長として認めているわけである。これは昨日見た報道ステーションの情報によると「経済政策の手腕が評価された」ということのようだが、それがどの程度のものなのかは私自身はちょっと掴み切れてはいない。
独裁者を排除してその右腕にあとを継がせるというのは「ヒトラーを排除してヘスを後継として承認する」ようなものなんじゃないかという気がするのだが、「トランプの狙いは民主化ではない」ということがある意味明らかになったということなのかもしれない。民主的な親米政権ができればもちろんベストだろうが、今まで反政府勢力だった民主化勢力が政権を握って反米に転ずることは十分考えられるし、そこに労力を注ぎ込む必要を感じてないというところは「民主化神話」に対して非常にドライだというのが今までのアメリカの政権と比べると新しいところだとは思う。
またもう一つ指摘としてなるほどと思ったのは、「トランプ政権の国家安全保障戦略のもう一つの特徴は、軍事・司法・制裁・法執行を一体の道具として扱う点にある。マドゥロ大統領らへの起訴は、マドゥロ政権がベネズエラにおける正統な統治主体ではないというメッセージを国際社会に発信するためである。」というところである。つまり国外に対する外交の手段でもある軍事や制裁を国内の統治手段である司法・法執行と同じ次元で捉えて行なっているわけで、これは冷戦終結後の「アメリカ一強体制」の頃からそういう考え方が見え隠れしてきてはいたのだけど、つまりは「アメリカは国際法の上にある存在だ」という意識なのだと思う。
さらに、日本にも関わることで言えば、
「アメリカが他国を評価する基準が大きく変わったことだ。従来のような「民主主義か独裁か」あるいは「人権を守っているかどうか」ではなく、「国家機能が犯罪に利用されているか」や「他国、特にアメリカ社会に直接的被害を与えているか」が評価基準になったのである。国家と非国家主体、合法と違法、戦争と犯罪の境界が曖昧な地域には、この論理が適用される余地がある。
これは、日本周辺の安全保障環境を考える上でも重要だ。たとえば、日本国内でフェンタニル製造に関わったことが明らかになったが、そのようなことが続けば、日本も同盟国どころか制裁対象になりうる」
というあたりの指摘も、そのまんま受け入れるのはどうかと思う点もあるが、一理はあると思う。
そして、「トランプ政権の戦略の特徴は、治安問題を国家安全保障に格上げした点にある。アメリカはそれらを国家安全保障の中核に組み込み、司法・制裁・軍事を横断的に用いるようになっている。麻薬、密輸、サイバー犯罪、偽情報、マネーロンダリングなどは日本では長らく「警察の仕事」として扱われてきたが、対米関係を考えると、今後は安全保障問題として国ぐるみで取り組む必要がある。」というあたりは、確かに日本としても考えるべきことだと思う。
日本では当然ながら、「防衛は自衛隊、治安維持は警察」という役割分担が行われてきたけれども、外国人犯罪問題や麻薬の蔓延、アサヒビールやアスクルなどへのサイバー犯罪など、「国内治安維持機関である警察」だけでは扱い切れない問題が増えていることは事実で、それらを制圧するためにはより大きな権限を持ち国際的な連携も可能な機関を設置してその問題に当たる必要はあるのではないかという気は私もする。
もちろん高市政権になってから、外国人問題への対応はかなり進んでいるし、それは従来の警察や入管などの組織が今まで十分に機能していなかったということでもあるのだけど、それらの再強化はもちろん必要であるにしてもそれだけで十分なのか、という感じはあるということである。
台湾有事への対応をアメリカが、というかトランプがどう考えているかについてはよくわからないところが多いけれども、「関与しない」というポーズはするにしても「後は野となれ山となれ」とは思っていないだろうと思う。つまり、潜在的敵対国家である中国やロシアやイランは弱体であったほうがいいことは確かなわけで、最優先課題ではないにしても準優先課題ではあり続けるだろうとは思う、というようなことである。
またここでは言及されていなかったが、気になるのがキューバの存在である。マドゥーロを警護していたのはキューバ人で、かなりのキューバの人材が今でもベネズエラには導入されている。また亡命キューバ人の出身であるルビオ国務長官にとってもキューバ解放は悲願だと思われるので、キューバの名前が出てこないこと自体が不気味な沈黙だという気もしなくはない。
日本としては、トランプの新ドクトリン、ドナルド+モンローで「ドンロー・ドクトリン」と言われているそうだが、いわばアメリカ版「東亜新秩序」というか「大東亜(西半球)共栄圏」みたいなものとどう付き合っていくかということではあるわけで、従来の国際法秩序とスタンスの置き方を考えながら対処していく必要はあるだろうと思う。その辺のコントロールが絶妙だったのがやはり安倍元首相だったわけだが、まだまだ未熟な点が高市さんにはあるにしても、「アメリカは孤独ではない」演説をして共感を得た岸田元首相の見解なども参照しつつ、より日本にとってプラスになる提案と選択と行動をしていってもらいたいと思う。
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https://x.com/OSAPCO1/status/2008513377044504682
ベネズエラについては上のツイートにもあるような地勢的な特徴なども含めて興味が出てきたので、また少し調べてみたい。明石書店の「エリアスタディーズ」でも読んでみようかとは思っている。このシリーズは石破さんも国会図書館で借りて読んでいたようだが。市立図書館にもあると思うので。
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與那覇潤さんの朝日新聞でのインタビュー記事。與那覇さんの最近の言説でわかりにくいなと思ってい他店を、割とうまく朝日の記者が聞き出している感じはした。
https://digital.asahi.com/articles/ASTDS24D6TDSUPQJ008M.html
かつては当たり前だった「歴史の共有」が希薄化してきていて、それが現代の諸問題に、「歴史を参照しない政策」として現れている、という見解なのだが、それ自体は結構面白いと思うところはあった。
ただ、ここで與那覇さんがいう「共有すべき歴史」ということにおいて、「第二次世界大戦の記憶と戦後の歩み」が特権化されすぎなのではないかと思う。このインタビューでの與那覇さんの主張を読んでいると、「第二次世界大戦の反省に未来永劫縛られるべきである」という感じに聞こえるのだが、元々たとえば2015年の安倍談話をはじめとして、「戦後政治の総決算」を右派や保守派が主張してきたのは、「第二次世界大戦」や「戦後体制」を「相対化する」ことであって、まさにそうした「第二次世界大戦に関する特権化されたナラティブ」を「カッコに入れる」ことでより自由な思考とより深い歴史の教訓を読み取れるようにする、ということにあったはずだと思う。
それが結果として歴史の「相対化」ではなく「無効化」になってしまっているという点は確かにないわけではない、「重荷としての歴史」が肩から降りたという意識が強すぎるということはなくはないのだけど、それは日本とはどういう国か、日本の歴史はどういうものだったのかということを語り切れていない右派の側の責任でもあるし、すでに事実上相対化されてしまった第二次世界大戦のナラティブに今なお縋ろうとする左派の側の責任でもあるとは思う。
ただ、充分一般にまで浸透しているとは言えないが、明治国家の成立やその展開、あるいはその前段階での江戸時代の思想展開などの研究はかなり進んできていると思うし、日本が日本になった理由みたいなものはだんだん語り得るものになってきていると私自身としては思っているので、それがなるべく国民的なものになるような方向で頑張らないといけないとは思う。
左派が歴史の重荷から解放されて社会を支える労働者に背を向け、ブルジョア的な支持者に受けるマイノリティ擁護に狂奔したり、右派が歴史の重荷から解放されて縄文ナショナリズム的なもの、参政党や保守党などの十分に日本や世界の歴史を踏まえて展開されているとは思えないような政治勢力が台頭してきているのも、やはり残念なところはあるわけである。柱になるべき自民党も、根本が世界標準リベラルな安倍元首相や、努力家ではあるが人文的教養の冴えのようなものはまだ見えてこない高市首相などをみていても、隔靴掻痒の感はある。
ただ、まあ人に求めるよりはまず自分からなわけで、なんとか深い歴史に根ざした日本のあるべき保守の思想のようなものを作り上げ、広く国民に共有されるような歴史を再建していくことを、自分としてもやっていかなければならない、とは思う。その鍵になるものを一つ一つ掴み取っていかなければならないのだろうと、今のところは考えているわけである。
報道の偏り/マドゥーロを警護していたのはキューバ人だった/小野田大臣の男装参拝/イランイスラム体制の危機?/韓中関係の微妙さ/ジャンプコミックスを6冊買う
Posted at 26/01/06
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1月6日(火)晴れ
昨日は午前中ブログ/noteを書いた後、懸案になっていたステレオのアンプを線を抜いたりコンポーネントのケースから取り出したりして、埃を拭いて車まで運ぶ。おせちの残りを東京で食べるために運んだ発泡の保温ボックスも、とりあえず納豆を運ぶことにして冷却剤など入れ、車に運ぶ。近くの和菓子屋まで歩いて弁当と豆大福を買って帰ってくる。洗濯をしたり片付けをしてお昼に弁当を食べ、一息ついて実家に戻る支度。2時ごろ出かけた。
駐車場に行くと何故かロック板が下がったままだったのだが、精算すると値段が表示されたので適正に料金を払う。まあこういうのも経年劣化なのだろうけど、それが理由で駐車スペースが減るのも困る。早く修理されると良いのだが。
帰りはやはりカーナビが動かないので、覚えている道を行く。近くのローソン併設のスタンドでガソリンを入れたら、リットル146円。かなり安くなったのだが、妹の話だともっと安いところもあるようなので、ガソリン代負担が減ることは地方生活者にはかなりありがたいなと思う。長野県は日本で一番ガソリンが高いと言われているので、早く下がって欲しいのだが。水とコーヒーとソイジョイを買い、出発。
昨日は時間も良かったのか首都高はスイスイで、三宅坂のあたりで少し詰まった感はあったが、西新宿の合流で混まなかったのでかなり楽だった印象。全くつまらないときに比べて10分ほどかかったくらいで石川PAについた。そのあとは境川PAで休憩したがまだこのあたりまではライトをつけないで済んだ。地元のインターで降りて書店によったがまだ5時くらい。米とパンなどを買ってツタヤに走りジャンプコミックスを買う。昨日買ったのは「忘却バッテリー」23巻、「ダンダダン」22巻、「幼稚園WARS」16巻、「半人前の恋人」7巻(完結)以上ジャンプラ、「あかね噺」20巻、「さむわんへるつ」1巻以上本誌。欲しかったのは全部買えたので良かった。帰りに職場に寄ってアンプを置き、実家に戻ったのは6時前だったか。
夜は持ってきたものを整理したり録画の予約などしたりダビングなどしたりして7時にご飯を食べながらニュースを見たりしているうちに眠くなり、うたた寝など繰り返して入浴して最終的にベッドに入ったのは10時過ぎにはなってきた気がする。起きたら4時20分だったがかなりよく寝た感じがした。
今朝の最低気温、予想はマイナス6度なのだが今の所の最低気温はマイナス2.6度ほどでそんなには冷え込んでいない。まあ東京に比べればもちろん寒いのだが、東京は東京で寒いので単純比較はできないなと。ゴミを捨てに行くのに車で出ようと思い、エンジンをかけて暖房を入れにいったらフロントガラスは真っ白に凍結していた。
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https://x.com/naruhiko_kuroda/status/2007764000554307723202
https://x.com/kelog21/status/2007647651085594818
昨夜のニュースではアメリカによるベネズエラ侵攻についてかなり大きく取り上げられていたが、ベネズエラからの麻薬密輸問題や、チャベス政権に続くマドゥロ政権の失政によるハイパーインフレーションや難民流出問題には一切触れず、アメリカが侵攻して中国やロシアが反発していることだけを伝え、現地政権も最初は批判的だったが協力的に転じた感じのことが伝えられていて、これではテレビを見ている人には一面しか伝わらないのではないかと思った。
私も70年代から80年代にかけてはテレビや新聞の報道を普通に信頼していたのでかなり間違った情報をインプットされていたなと今では思うのだけど、当時はレーガン政権は完全な悪玉でゴルバチョフが正義、みたいな感じだったから、何故ソ連が崩壊してアメリカが冷戦に勝利したのか、ストーリーが作れなくて困った人は多かったのではないかと思う。それでも基本的には朝日新聞の報道などは結構信用してはいたが、1995年のオウム真理教事件の報道あたりから教科書問題やゴーマニズム宣言に対する評価などを通じて報道を相対的に見るべきだと思うようにはなっていたが、報道以外の情報を手に入れるのは少しタイミングが遅れての雑誌の論説や批評に頼るしかなく、リアルタイムで報道を相対化することは難しかった。
ネットが出てきてからはそれなりに頑張れば新聞やテレビを相対化できる情報が手に入るようにはなったが、やはりSNSが出てきたのが大きいなと思う。特に大きかったのは東日本大震災だろう。リアルタイムで新聞やテレビよりも早く状況がわかるというのはやはり革命的だったと思う。2000年ごろからすでに新聞は取らなくなっていたのだが、この頃になると、新聞の報道内容は「報道しないもの」のことまで考えられるようになったし、論説については最初から偏った意見であると考えても問題ない感じになったきた。
ただこのような状態は決して望ましいことではないので、より普遍的に事実に即した偏りのない報道にしていかなければならないことは、これからも力説していくべきことなのだと思う。NHKのベネズエラ報道もより客観的で妥当な見方を提供できるようにして行ってもらいたいと思う。
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https://mainichi.jp/articles/20260105/k00/00m/030/051000c
ベネズエラ情勢。マドゥーロ大統領を警護していたのはベネズエラ軍ではなくキューバの情報機関や軍の人たちで、32人が米軍との戦闘で亡くなったとのこと。毎日新聞は「警護支援」という言い方をし、バチカンのスイス衛兵のような感じを漂わせているが、普通に考えればベネズエラ軍自体がすでに信用できなくなっていて、社会主義者のマドゥーロを支援する外国勢力のみが信用できる存在になっていたということなのだろう。今後政権の実態が徐々に明らかにされていくとは思うが、世界には確かに失敗国家というものは存在するのだなと改めて思った。ベネズエラがここまで酷いとは思っていなかったけれども。
https://x.com/lagioconda1121/status/2008069300045955359
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小野田紀美移民問題担当相がモーニング着用で閣僚らと伊勢神宮を参拝したということで、日本だとそんなに注目されていないけれども外国人から見るとかなり奇異に見えるんだろうなとツイートを読んで思った。
https://x.com/GearoidReidy/status/2008103740814078036
彼女の日頃の言動から見るとコスプレなんだろうなくらいでスルーしていたけど、もっと深い意味もあるのだろうか。宮中に参内するときなどはドレスを着用しているので男女のドレスコードを無視しているわけでもないのだろうとは思うのだけど。この辺りもこれから何か発言があるのだろうか。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/724fa01a3203e918dcafebb4b7a57a79cf082e3e
イランで通貨安や物価高騰に抗議するデモが12月末から激しさを増しているという。この話はそんなに重視していなかったのだが、下の記事を見てかなり深刻なのかもしれないと思い始めた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9eb2b5c693462306adfb23cf52dcc3bee636524a
まあこれはイギリスのBBCの記事なので認知戦の一環なのかもしれないのだが、もしイランのイスラム体制が崩壊したらほぼ半世紀ぶりということになり、かなり大きな変革になることは間違い無いだろう。もし革命前のような親米政権になったら中東のバランスは大きく変わるし、中露は一段と追い込まれることにはなる。ハマスやヒズボラも最終的に解体する可能性もある。タリバンもどうだろうか。ただ、イスラム体制に取って代わるような勢力が存在するのか、ありえるのかがよくわからないのでこれもなんとも言えない。もう少しイランの現状を知らないとなんとも言えないが、2026年もまた目まぐるしく国際情勢は変化していきそうだ。
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日本近隣での出来事としては中国と韓国の首脳会談がある。ここで一体何が決まったのかはよくわからないが、台湾では中国が韓国にかなり強硬な要求を突きつけたと報道しているようだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2ba7c9e60bbf415cb4ef4a033cf1d4c2db5a31db
中国は例によって日本攻撃を全開にしてきたが、韓国側は「一つの中国」原則は支持すると明言したものの、比較的冷静に対応した印象だ。この辺りは朝日新聞も「李氏は先月初旬の記者会見で日中対立について「一方の肩を持つことは対立を激化させる要因になる」と述べており、慎重に対処するとみられる」としている。
https://digital.asahi.com/articles/ASV1530XHV15UHBI00TM.html
韓国側としては北朝鮮との交渉に中国の協力を求めたい意向のようだが、中国側の発表には朝鮮半島情勢についての言及はなかったとのことで、北朝鮮の方をより重視していることははっきりしているということなのだろう。
韓国でも比較的落ち着いた現実思考の尹政権が倒れて極左と見られていた李明博政権になった時にはどうなるかと思っていたが、比較的現実的な対応を続けているのは良いことだと思う。左派政権でもより現実的になってきたという評価ができるのかどうかはまだわからないが、安倍政権時代のような日本に対してプロレスで反日姿勢を示せたような時期とは違い、トランプ政権も何をしてくるかわからないし、日本の高市政権もガチで中国と対立することも厭わない雰囲気になっているので韓国側としては面倒に巻き込まれたく無いという感じの方が強くなっているのでは無いかという気もする。
こうした東アジアの緊張関係が緩和してくればまた韓国もプロレスを始めるかもしれないのだが、世界情勢はますます先が読めなくなってきているので、韓国の政権側としても慎重に行動しているというのが現状なのでは無いかと思う。
日本はアメリカとともに国際法体制の側にいるべき/「知性の復権」:ルサンチマン政治を終わらせるには/「豊臣兄弟」:弟から見た秀吉という新機軸/「くらべてけみして」他
Posted at 26/01/05
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1月5日(月)晴れ
在東京足掛け三日目。最近はずっと一泊二日だったので二泊三日目は久しぶり。丸一日東京にいると感じ方が変わってきて、いろいろ落ち着いてやれる感じはある。実家の方にいても本が読めないことはないのだが、東京で読んでいる方が落ち着いて読める感じがあり、その分集中して読めるから読書が進む感じはある。最近、東京に帰ってきてもあまりでかけたいところがない感じにはなってきているのだが、家で集中して何かやれるなら帰ってくる意味はあるかなと思ったり。
昨日は午前中にブログ/noteを書き、昼前に残っていた米でご飯を炊いて、近くのローソンでおかずなど買って、残り物と合わせて昼食。主に先崎彰容「知性の復権」(新潮新書)を読んでいた。3時くらいに出かけて、どこに行こうかと考えたが久しぶりに往来堂書店に行こうと思って千駄木まで。久しぶりの店内でいろいろ見ながら、「左派系の読書人」向けでない、「右派ノンポリ系読書人」に向けての書店というものは作れないかなと思ったり。「深く考えること=左派系の思考」みたいな感じになっているのが右派的には残念な感じがあり、深く思考しても左派に絡め取られない考え方、みたいなものの王道を広く取れるようにして行けるとよいなと思ったりした。
結局何も買わなかったのだがこうした個性のある書店というのは行くだけで刺激になる。特にマンガに関しては普段買わない系のもので面白いと思うものが時々あるのだが、今回はとりあえずなかった。
根津まで歩き、途中の地元系ドラッグストアで水とポケットティッシュを買い、千代田線に乗って新御茶ノ水で降りる。聖橋の側に出て写真を撮ったりしたあと丸善で少し本を見て、ここでも買わずに駿河台の通りに出る。楽器屋やオーディオ店が並んでいて、アンプを見たりした。すずらん通りに行ってみると文房堂は閉まっていたので入れず、東京堂書店へ。いろいろ見てからマンガの棚に行ったら「くらべて、けみして 校閲部の九重さん」2巻(新潮社、2025)を見つけたので買った。
これは名高い「新潮社の校正」についてのマンガなのだけど、第1巻で終わりだと思っていたので第2巻が出ていてへえっと思って買ったわけである。今回は外部校閲の人からの手紙とか、トレンド系女性雑誌から文藝編集部へ転身した人が出て来たり、他社の校正の人が出て来たり、一人一人の校正のやり方の違いみたいな話があったり、どれも面白かった。社食のおばちゃんの話とかも面白かったが、私は都立高校の教員をしていた時に神楽坂の新庁舎の二つのビルの間の道を毎朝通っていたので、あそこの人たちがこんな仕事をしたりこんな食堂があったりしたんだなあとちょっと感慨があったり。家に帰ってから少し読み始めたらあっという間に最後まで読んでしまった。面白かった。
東京堂を出て神保町駅から大手町に出、少し考えたがそこで丸の内線に一駅だけ乗って東京駅に出て、丸ビル地下の成城石井で買い物。電車の中ではほぼ「知性の復権」を読んでいた。成城石井では「鶏もも肉のスープ春雨」とヨーグルトを買い、丸善にはよらないで東西線まで歩いて地元駅で降りて直行で家に帰った。夕食はご飯の残りとスープ春雨、それに梅干しなどで済ませる。汁ものを買うと味噌汁を作らないで済むという利点につい頼ってしまう。
***
https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/
夜はなんとなくテレビをつけたら大河ドラマの時間だったので、「豊臣兄弟」の第1回「二匹の猿」を見ようかどうか迷いながら見ていたら結局最後まで見てしまった。これも面白かった。
大河ドラマはここのところちゃんと見ているのは「真田丸」「鎌倉殿の13人」の二本だけで、最近の「光る君へ」とか「べらぼう」とかはどうも意識高い系の匂いがして結局ほとんど見ていないのだが、今回は豊臣秀長が主人公という変化球ながら王道の戦国ドラマということもあり、いろいろ面白く見られたと思う。
織田信長が北条義時の小栗旬、兄弟の姉・ともが義時の妹・実衣を演じた宮澤エマなど大河常連勢が主役の中野太賀・池松壮亮の周りを固めているという感じでよかった。キャスティングは流石の豪華絢爛という感じではあるが、小一郎の幼馴染の「直」役の白石聖が突出した存在感があった感があった。この人は直前に降板した女優さんの代役だそうだが、大河の代役ではねる人は多いので、ブレイクするのではないかという感じがした。
宮澤エマは宮澤喜一元首相の孫、斎藤義龍役で出て来たDAIGOは竹下登元首相の孫だということはよく知られているが、ナレーションを務めた安藤サクラが犬養毅の曾孫だとのことで、そういう意味でもいろいろ面白い。
ドラマとしては村で苦労している小一郎一家と幼馴染の直の関係が描かれ、小一郎は幼馴染の直のピンチを機転で救うが、そこに「放蕩息子の帰還」的に藤吉郎が返ってきて、小一郎や姉妹には冷たくされるが母親は受け入れてくれる。という感じで主要登場人物たちのキャラクターや人間関係を描くのが初回、という意味では間断なくドラマが進んでよかった。母なか、姉とも、妹あさひの「豊臣家」の女性陣が面白いのはちょっと鎌倉殿の北条家っぽかった気はするが、大黒柱の父親が不在なところが大きく違う。彼らに加えて寧々役の浜辺美波、直役の白石聖というのが「豊臣一家」という図式になるのかなと思うけれども、この配役はわくわくするなと思った。
ドラマとしては藤吉郎と清州に出かけた小一郎が普請で才能を発揮し、それをお忍びで参加していた信長に認められるとか、盗みの疑いをかけられた藤吉郎の疑いを晴らすために小一郎が次に襲われる屋敷を予想して張り込み、泥棒だけでなくスパイを見つけ出すとかの展開だったが、藤吉郎に握り飯をくれたりした料理人の男が実はスパイだということが分かり、恩人だからという躊躇も一切なく藤吉郎が斬り捨てたところで小一郎は兄に対する畏怖の念を抱く、というところで終わっていた。
ドラマとしては大変ウェルメイドだったと思うが、藤吉郎の承認欲求の強さ、みたいな表現がまあ現代的だったと思うし、「知性の復権」でもそのあたりのところに触れていたのでうーん、と思うところはあったのだが、現代的な秀吉解釈としては面白いとは思った。承認欲求モンスターとして突っ走る秀吉ではなくその弟で補佐役の秀長を主人公にするという設定自体がある意味現代的だなと思ったし、ずいぶん地味な人を主人公にするのだなと当初は思ったのだけど、秀吉のモンスターぶりを身近な人の立場から思う存分書く上では秀長は確かに適役かもしれないと思った。
これまでもたとえば「おんな太閤記」のように寧々(お寧)の立場から書いたりするものはあったし、また戦国を描けば秀吉は必ず巨大な存在として出てくるわけだけど、妻でも武将でも家来でもなく身内の立場からというのはコロンブスの卵なのだろうなと思う。
今回は1年付き合いそうな感じになってきたので、楽しみにしたいと思う。
***
昨日のnoteで書いたことについていくつか付け加えることがあり、それらについて。
https://note.com/kous37/n/ndee483c0a551
アメリカのベネズエラ侵攻について書いてからもいろいろ考えたり読んだりしていたのだが、基本的にはマドゥロが排除されたこと自体はよかったのだろうと思う。同じようなことで言えば、ベトナムがカンボジアに侵攻してポルポト政権を排除したという前例があるわけで、これも基本的には、「結果としてはよかった」ということになるのだろうと思う。もちろんこれらのことも当時はいろいろ言われてはいたわけだが、「知識人皆殺し」という文化大革命的な毛沢東主義の最も危険な側面を実行した凶悪な政権を排除したことに関しては、おおむねカンボジア人や世界の支持を得られたと考えていいだろう。
マドゥロもまた社会主義のチャベス政権のあとを受けているが、麻薬密売などしか産業がない状態に陥れたということで国民怨嗟を買っていたことは事実だろう。その原油は国民のためでなく中国等に送られていたようだが、その意味でも中国を追い詰めることになるから、中国やロシアが「どの口で」はともかく国際法違反を口実にアメリカを激しく責めるのも当然と言えば当然だろう。
秩序を維持するためには、それに違反したものを罰する実力(警察力・軍事力)が必要なわけで、それは国内法秩序も国際法秩序も変わりはない。権力を握っているものには秩序を維持する義務があるわけで、外国人問題などが不満を呼ぶのは「権力が秩序維持の仕事をしていない」と感じられるところが原因であるわけである。
国際法秩序においては、秩序を維持するのは建前的には国際連合の安保理事会ということになるが、ロシアや中国、あるいはアメリカの同盟国であるイスラエルの国際法違反については一致して行動することができないため、事実上は現在でも突出した軍事力や諜報力を持っているアメリカが世界を仕切っているというのが現状だろう。ロシアや中国の核大国は自国の領土内では独裁的な権力を振るっているが、アメリカとの競争場面になると優位を維持することは難しい。
そして国際法というのは主権国家体制を前提としているから、主権国家の統治者が他国との戦争以外で国際法違反の行為を行っても取り締まる期間は理論上存在しないので、結局はポルポトやマドゥーロに対する「超法規的措置」で解決せざるを得ないのが現状だということになる。
この二例においては国際的にほぼ無法者国家でありかつ失敗国家であったと言えるので、比較的問題は少ないだろうと思うが、もちろんないわけではない。
で、国連などの安全保障体制を考えても、国際法体制そのものが結局はアメリカの軍事力頼みで維持されているのが現実だということになる。アメリカはそういう意味で事実上の「正義の執行者」であるわけで、このあたりはロシアや中国のような権威主義国ではその役割の実行に納得感が伴わないわけである。
台湾有事発言にしても高市首相はトランプとの(電話を含めた)会談で日本が突出しないように要請されたようだが、つまりはどの件に関してもアメリカとしてはフリーハンドを持っていたいということなわけで、現実に日本一国で台湾有事に対処することは不可能な以上、アメリカに譲歩せざるを得ないことは多々あるわけである。
アメリカが超法規的な「正義の執行」を恣意的に行わないという保証はもちろんないので、そこは常に懸念点であるわけだが、今のところはそれは決定的に軌道を外れているというほどではないのだろうと思う。
ウィーン体制はオーストリアのメッテルニヒが軍事力の行使を含めて維持したわけだし、ビスマルクにしてもウィルソンにしても自国が主導権を取って世界の体制を維持しようとしたわけだが、それは最終的には力不足だったわけである。第二次世界大戦後のヤルタポツダム体制はアメリカとソ連が主に秩序維持に当たったわけだが、70年前後からアメリカが中国を取り込んだことで主導権を握り、ついに共産圏を終わらせることになった。
その後はアメリカの一強支配からEUの台頭もあり国際法支配体制に移行しつつはあったが、結局は中国とロシアの台頭によってそれも脅かされるようになったというのが現状であり、アメリカの実が正義の執行者であることに不満を持ったトランプが中国やロシアとボス交を行おうとしたり、EUや日本や台湾、韓国に対しても「全部をアメリカにやらせるな」と要求するようになったということなわけである。
だから、日本の取るべき戦略としては、現代の世界において、基本的には国際法を守る側の立場に立つべきなのはもちろんだが、それを実質的にさせているのは米軍であり、アメリカをサポートしていくことが正解であるというのは何も寄らば大樹の影ということだけではなく、現在の世界秩序の正統性が国際法体系にある以上、そこに乗るべきだということになるわけである。
それが基本的には安倍元首相の戦略であり、安倍さんはその上で「いかにトランプをコントロールするか」に腐心していたわけで、第1期トランプ政権ではかなり安倍さんの指導と助言によってトランプはセーブされていたと思う。だから現状の世界秩序の混乱の最大の原因は安倍さんの暗殺であるわけで、そういう意味でも犯人の罪は重い。
で、「安倍亡き世界」においても、原則的に国際法秩序の重要性は変わらない。トランプもいろいろ放言はするけれどもイスラエルをのぞいては無法な側を支持しているということはない。また、イスラエルに関しても対抗するパレスチナの側の現状を考えればやむを得ないという評価も不可能ではない。
だから日本の現在の戦略としては、安倍政権時代のように、アメリカとともに国際法秩序お維持する側に立っていくべきで、その中で戦略的な存在感をより成長させていくということであるべきだと思う。アメリカと敵対することによってではなく、同じサイドの中で存在感を高めることが、世界と日本の平和のために重要なのだと思う。
だからもし日本が軍事大国化しなければならないとしたらアメリカと敵対する側としてではなく、アメリカとの同盟関係の中でむしろ日本が主導権を握らざるを得なくなる、という形でのことになると思う。
ただその時までにできれば国際法体系をもっと現実に即した形で対応できるように、つまりはポルポト政権やマドゥロ政権などを正当性を持って終わらせることができるような体系が作られなければならないだろうと思う。まあ、それはそんな近い未来のことではないと思うけれども。
英米やヨーロッパが「正義」を独占していることについて反発を持つのはよくわかるし、私も基本的にずっとそう思ってきたのだけど、中国やロシア、アフリカの軍事政権やベネズエラや北朝鮮のような失敗国家に比べればアメリカの主張する正義の方がはるかにましなわけで、日本は今後ともその資源を活用していくべきだと最近は思っている。
***
「ふつうの軽音部」93話について。鳩野の歌は過去を回想させる、一方で今回の鷹見の歌は水尾に未来を幻視させたわけで、そこが凄い、ということをきのう書いたが、そこに誤りがあることをこちらのnoteを読んで思い当たった。
https://note.com/survivelifedx777/n/nbfb30180e57b
そう、未来を幻視させる、という点では、鳩野はすでにハロウィンライブの「閃光少女」でたまき先輩に夏帆とバンドを組む未来を幻視させていたわけである。こんな重要なポイントを見落としていたというのはちょっと自分でも驚いたが、それだけ今回の鷹見ー水尾の激重関係が鮮烈だったということなのだと思う。ただ、すでに鳩野がそれをやっていたということを考えるとまだ鷹見は神には及ばない(笑)わけで、次週以降のハートブレイクのステージもまた期待大になってきたわけである。
***
先崎彰容「知性の復権」74/269ページ。かなり読みやすい。第1章が「アイデンティティの政治の潮流」ということで、ソクラテスやルターを経て、ルソーによる「個人の尊厳」というテーゼからいわば「当たり前の個人の承認欲求は満たされなければならない」という難題に政治が取り組まなければならなくなってきた、という話で、これはなるほどとは思ったのだが、日本思想史の延長線上でもそれは言えるのだろうかということは思った。
ただ、「近世日本の支配思想」を読んでいても、国学というものが「成功できなかった個人」のルサンチマンが「日本人であるだけですばらしい」という形で日本を称揚するようになったものだ、という指摘があって、いわばフェミニズムで言う「生きられた経験=その属性特有の屈辱体験」を感じていた人々は多いわけだから、そういう視点は日本思想史的にも成り立つ部分はなくはないだろうと思う。こうしたルサンチマンはフェミニズムなどでは正当化されているが、極端に言えばヒトラーの野望の原点も同じようなルサンチマンの発露だともいえるわけで、こうした思想に陥らないための視野の広さというものの方がより重要なのだろうと思う。
第2章は「テロリズムの論理と心理」ということで、テロリズムの温床となる不確実性や流動性の問題についての部分を現在読んでいるところである。今のところ、基本的に同意できる内容かなと思いながら読んでいる。先崎さんの著書は今まで読み始めて挫折したことが多かったので、とりあえずこの本をちゃんと読めれば積読になっているものもまた読んでみたいと思う。
***
いろいろ考えることは多いが、今日はとりあえずここまでで。
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