「多くの人の話を聞く政治家の凄み」と「相手の尊厳を尊重しつつ日本の自己像を受け入れさせること」:麻生太郎「自由と繁栄の弧」と先崎彰容「知性の復権」/阪神大震災31年と第6回共通テスト
Posted at 26/01/17
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1月17日(土)晴れ
1月17日と書くと、1995年の阪神大震災を思い出す。関東大震災の1923年9月1日、東日本大震災の2011年3月11日と並んで、地震国日本で起きおくすべき日だろう。2024年1月1日の能登半島地震ほか、地震とともに生きていかざるを得ない日本で、こうした日が記憶されていくのは大事なことだろうと思う。
また、今日は第6回大学入学共通テストが始まり、多くの受験生が最初の試験に臨む。昨日は東京で大規模な交通機関の混乱があったし、受験票の各自プリントアウトや写真付き身分証持参など変更点も多い。落ち着いて実力を100%発揮できるように頑張っていただきたいと思う。
それにしても今年で共通テストも6回目。初年度の2021年はコロナ2年目、一番コロナの影響の大きい入試であったと思われる。入試制度を変更していくのも良いが、こうした様々な不測の事態が起こったときに一番影響が大きいのは受験生なので、その辺りも関係者は大変だなと思われる。
***
昨日は午前中に母を地元の病院に連れていく。ちょっとトラブルはあったがとりあえずは受診を終わり、施設に送り届けたあと、コンビニでSuicaをチャージしてお昼をかい、ツタヤに「龍と苺」の24巻を買いに行ったら棚に「応天の門」の21巻があり、明らかに買っていなかったので一緒に買った。調べるとすでに8日に発売されていたことがわかり、見落としていたことがわかった。時々そういうことがある。帰りにクリーニングに寄ってズボンとワイシャツを出した。それにしてもローソンで買い物をするといつも麺類のお買い得クーポンが付いてくるのはなぜなのだろうか。麺類を買わないので使ったことがない気がするのだが。
昼食を食べた後、「知性の復権」を読んでいて興味がでたので隣町の図書館まで車を走らせて麻生太郎「自由と繁栄の弧」(幻冬舎文庫、2008)を借りた。少し読んで、この人は頭のいい人だなと思った。
特に印象に残ったのが、「いろいろな人がこう言っている、こう考えている」という描写の仕方で、これは学者であるとか市井の人たちではあまり言わない言い回しで、とても政治家らしい言い方だなと思ったのである。政治家、特に保守政治家は、人の話を聞くのが大きな仕事の一つであるなと思うし、その聞き方というか、こういうことを人々が言っているという説得力というか、凄みがあるなと感じたわけである。
もちろん人間であるから話を聞ける範囲は全てではないわけだけど、政治家というものは様々な陳情がやってきてこれはどうにかならないかと相談が持ちかけられる。私も近い親戚に政治家がいたからいろいろ相談に乗ってもらったこともあるし、彼らは基本的に真摯に話を聞き、対応を考えてくれる。親戚だから何かを周旋してもらうことなどはないけれども、一般的にこれはこう考えておけばいいのだ、という基準を与えてくれるので、非常に考え方が整理されやすくてありがたかった。支持者であれば、何かをこちらのためにうごいてもらえるということが有難いとは思うけれども、こちらの立場としては話を聞いてもらって世の中ではこうだ、ということを教えてもらえるだけで十分有難いことだったなと亡くなってから思うことは多かった。
その人は地方政治家であったけれども、国政の政治家であれば人の話を聞くその幅はもっと広いだろうし、まして麻生さんのような存在であれば本当に様々な人、皇族から実業家、政治家や役人だけでなく地元の人たちの声、また工場や炭鉱の労働者の声まで、もちろん外国の人たちも含めて、様々な人の話を聞いていただろうと思う。
もちろん運動家の話であるとか学者でも政治家を罠にはめてやろうというような話をする人の話は丁寧には聞かないだろうし、本当に困っている人たちの声などをどこまで聞いているかと言えばわからないけれども、かなり多くの日本人の最大公約数の声を、ずっとじっくりと聞いてきているという印象が、少し読んだだけで感じられた。
「知性の復権」では日本人の自己(アイデンティティ)像をどう作るか、というテーマについて書いているときにこの麻生さんの著作が出てきたわけだが、そこで述べられている話は、2001年の同時多発テロの時にアメリカがイラクを攻撃した際、麻生さんは第一次世界大戦の時を思い出し、苦境のイギリスを援助しなかったために戦後、日英同盟が解消されることになって、それが第二次世界大戦の敗北の遠因になっているということを想起し、アメリカが困っているときにしっかり支援しなければ同じようにアメリカが日本に対し不信を抱くかもしれない、ということからつまりはイラク派兵に踏み切った、というスパンの長い発想をしている話だった。
このことは例えば岸田さんのアメリカ議会での演説にも引き継がれているわけで、「アメリカは孤独ではない」と演説したことがアメリカ議会で党派を超えて歓迎ないし感動されたということはある。それを考えると、日本の政治家がことあることに「日米同盟は堅持される」「日米同盟は揺るぎない」と強調するのは、「日英同盟破棄の轍は踏まない」と言っているのだなと改めて感じた。
ここはまだ麻生氏の著書で読んでいない部分ではあるのだが、日本が日頃馴染みの薄い国々であっても、「厳しい競争環境の中、国家の誇りにかけて、自分らしさを打ち立てたいとも思っているでしょう」という指摘について、先崎さんが日本がいかにそれらの国々の尊厳を重んじながら、日本の自己像に賛同してもらえるかが外交の鍵になる、と指摘しているところが重要だと思った。
それを考えると、高市さんが体当たりで横須賀の軍艦でトランプと仲のいいところを表現したり、韓国の大統領とドラムを叩いたり、イタリアの首相とハグしあったりしているのは言葉だけでなく態度でそうしたものを表現しようとしているのだなと理解できる。
もちろん中国のような潜在的な対立国、いわば仮想敵国について同じようなことをするのが妥当でない場合は多いだろうと思うが、垂大使が中国の政府内に多くの「話のできる相手」を作っていったのと同じように、国としては対立しても個人としては尊重し合える相手を作っていくことは大事だろうと思った。
「相手の尊厳を尊重することで日本の掲げる自己像を受け入れてもらう」というのは大事なことだとは思うがそう簡単なことでないことは、韓国との長い間の関係を考えるだけで理解できるだろう。そしてまた、台湾人が日本人に苦言を呈するときに、台湾の尊厳についてどれだけちゃんと考え尊重しているかは考えなければならないことだなとは思った。
トランプのアメリカやプーチンのロシア、習近平の中国のように軍事力や経済力、イデオロギー的な指導力によって力任せで他国の態度を変えさせるやり方は、今の日本にはできない。しかしかと言って今の日本の国力を考えればそんなに卑屈になることもないのであって、尊厳を尊重しつつこちらの自己像も受け入れさせながら世界戦略を浸透させていく、というやり方がベストであることは間違い無いだろうと思った。
そして問題になるのが「日本の自己像」であるわけで、その辺りはこの先で考えていきたいと思う。
***
「人の話をよく聞くのが政治家の仕事」という点では、日本の保守政治家は本当に多くの人の話を聞いていると思うのだけど、それは例えば麻生さんの曽祖父にあたる牧野伸顕もまたそういう人だった印象があり、宮中に入るまでの間は人の話を聞いて最適の対応を導き出す才能が非常に光っていたように思うし、それは彼の自伝などを読んでいても他国に対する対応においてもそうだったように思う。
しかしその彼ですら、満洲事変やそれ以降の陸軍の動きについては全く動転した対応をしているわけで、つまりは牧野が多くの人の話を聞いているにもかかわらず軍人の、特に昭和陸軍軍人の話をちゃんと聞ききれていなかったのだろうなという気がした。おそらく彼の経歴から言って薩摩閥や長州閥の多くの軍人の話などは聞いていたのだろうと思うけれども、それのアンチとして成長してきた昭和陸軍というか、上原勇作・宇都宮太郎・それに一夕会のような藩閥時代には非主流派・反主流派であったグループが陸軍で発言力を強めるようになってからの軍人たちはすでに彼に反感を持っていたため、ちゃんと話を聞けていなかったのだろうなという気がした。
今でも政治家たちは永田町や霞ヶ関の話、せいぜい地元の人たちの話はちゃんと聞いても、多くの現場で働いている日本人たちの声がどのくらい届いているかはわからないところが多い。例えていうなら、統一教会の話は聞いても統一教会に被害を受けている人たちの話がどのくらい聞けていたかどうか。もちろん人間としての限界はあるにしても、上手の手から水が溢れるのは話を聞けてなかった人たちの思いがけない動きからなのだろうと思う。政治というのは大変な仕事だと思う。
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昨夜は11時から「葬送のフリーレン」の第二期第一話を見てから寝たのだが、どうも疲れが出てしまって朝起きたら6時を回っていた。それでその後の予定が押せ押せになってブログ/noteを書き始めたのが9時半ごろになった。というわけで今日は少し短いがこの辺で。
立憲と公明の選挙対策新党と解散総選挙、メローニ来日など/激変する世界の中で日本はどういう自己像と世界像を提示していくべきか:「知性の復権」を読んでいる
Posted at 26/01/16
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1月16日(金)雨上がり
昨夜は雨が降ったので気温は高め。午前5時現在の最低気温は2.5度だからかなり高い。4時前に目が覚めてしまったが、ストーブを見ると消えていた。寒いから目が覚めたわけではないと思うのだけど、気温がよくわからなくて下に降りてiPhoneを見たら気温がプラスだったのでちょっと驚いた。
昨日は午前中は時間のある日だったのだが午前中は銀行に行ってお金のやり売りをして税金を払い、西友に買い物に行った。午後は作業場で少しマンガの整理でもしようと思ったが、少しだらだらしていたら時間がなくなって税務署に行って書類を出し、ドラッグストアに行ってトイレットペーパーと歯磨き粉を買った。夜は帰るときに少し雨が降っていたが、立憲民主党と公明党が新党結成というニュースを多分報道ステーションは大きく取り上げるだろうと思って間に合うようには帰った。
それにしても毎日政治の動きが目まぐるしい。前日には高市首相が解散を事実上明言して総選挙に動き出すかと思ったら、今度は自民党との連立を離れたばかりの公明党が立憲民主党と新党結成である。イタリアのメローニ首相も来日したし、外交日程もたけなわなのだが、石破前首相も甘利さんたちとUAEを訪問しているようだ。
https://x.com/shigeruishiba/status/2011668039369179273
https://x.com/Papa795203/status/2011684900332847373
ただこれも、解散をめぐる生臭い動きの中で、立憲公明新党の動きを牽制し、石破氏が変な動きをさせないためだとの説もあるようだし、一方ではメローニ首相の来日に合わせての動きだといううがった見解もあるようだ。
https://x.com/Airi_saint/status/2011686922205491415
ただまあ、政治の世界というのは実際そういうことは日常茶飯事のようにあることなので実際そうなのか違うのかはよくわからないが、野田さんや齋藤さんの呼びかけに石破さんがすぐには応答できない状況を作っておくというのはまああったかなと思う。
普通に考えれば、唐突に見えた高市さんの解散の動きもこの立憲や公明の動きに機先を制したものだということだろうし、そういう情報を掴んでいたから極秘裏に解散に向けて動いていたということなんだろう。鈴木幹事長や麻生副総裁にどの程度の話が通っていたのかはわからないが、高市さんが種明かしができない状況があったのかもしれないなとは思う。
メローニ首相の来日については、たまたまだろうが昨日が彼女の誕生日で、渋谷あたりでショッピング等したようだから、日本を楽しんでもらえたらよかったかなと思う。それにしても49歳というのは日本の首相経験者としては若い。それより若いのは伊藤博文と近衛文麿くらいではないだろうか。今回の来日は東アジア重視の姿勢の中で日本と韓国を訪問するということのようだから、ウクライナやトランプやイランなど世界情勢が厳しい中での日伊の連携の確認みたいなものなのだろうなとは思う。主には対中国の動きが重要だろう。
総選挙に関しても、今回は中国やロシアなどの介入はあるだろうから、そうした動きに踊らされる政党がどこなのかはよく見ていかないといけないだろう。公明党や立憲が親中なのははっきりしているが、参政党が以外とロシアに近いのではという話もあり、やはり自民党に過半数を占めてもらわないと先行きなかなか大変だろう。
立憲と公明の新党結成に関しては、若者の支持率が極めて低い両党が選挙協力して生き残りを図るという要素が強いと思うのだが、中道改革連合という社公民時代の古庄門を再び持ち出したかのような名前でアピールできるのは高齢者層だろうから、いわばオールド左翼目当ての小沢一郎氏が以前やった「オリーブの木」構想(そういえばこの構想のルーツはイタリアだ)の焼き直しなのだろうとは思う。
ただ、中身を見ていけば未来がない政党が二つ集まってどうするのかと思ってしまうけれども、先般の選挙で石破前首相の不人気もあって議席を取った立憲が公明の創価学会票をプラスするという皮算用で計算すれば結構議席を取れそうだという目論みもあるのだろうとは思う。しかし立憲の先のなさはTwitter上でも泥舟に例えられているし、そんなに公明票が大きいなら自民党はずっと圧勝しているはずなので、今まで攻撃してきた相手に創価学会の現場は本気で選挙協力できるのか、ちょっとどうかなと思う部分は大きい。連合も立憲に創価学会が浸透してくることに対してどう考えるのか、この辺もわからない。取らぬ狸の皮算用になる可能性も十分あるだろう。
昨日の報道を聞いた限りでは衆院では立憲公明の両党は院内会派としては解散し、参院はそれぞれそのまま残って、衆院側では両党で統一名簿を作って共同代表のもとで戦う、という体制になるようだ。小選挙区では立憲を応援する代わりに比例区では公明が優遇されるということになる。自民党候補者の中には困る人もいるだろうが、公明党の支持者も昨日の敵にすんなり投票する気になるかという問題もあるだろうなと思う。
また、原口議員のように今回の執行部の進め方に反発している人もいるし、不参加の議員も出てくるだろうと思う。斎藤さん達は他の党やあるいは自民党内部にも呼びかけているようだが、今のところ広がりはないようだ。理念的に考えるとちょっとありえない組み合わせだと思うのだけど、ずっと数合わせに熱心だった立憲の幹部連としてはこの上ない数合わせの相手を得たわけだし、報道各社も割と盛り上がってはいるようである。それに国民がついてくるとはあまり思えないのではあるが。
希望の党騒動の時に立憲民主党を立ち上げた枝野幸男さんの党に対する考え方が長いツイートによって示されていた。
https://x.com/edanoyukio0531/status/2011702854122422587
立憲民主党の解党と新党結成の是非はともかく、枝野さんの党史の認識は興味深いと思う。私自身も立憲結党の当初は期待もあったが、放射能デマ候補者の擁立などによりすぐ幻滅に変わった。
彼らは彼らなりに頑張ってきたつもりではあるようだけど、現状の認識はまるでダメだなと思う。安倍元総理の退陣と死によって状況が大きく変わった、という認識は頷けないでもないのだが、それを「極右勢力の台頭、分断をあおる政治、目先の利益に訴える悪しきポピュリズム――こうした動きが勢いを増し、政治の秩序は大きく揺らぎました」と捉えるようでは自分たちがどれだけ口汚く安倍総理を攻撃し、その結果が到来しただけなのだということについての反省がない。外国人が増えることによって当然起こる軋轢を「極右政党の台頭」だとか「分断を煽る」だとしかいえないようでは、この先の日本の舵取りをする資格はないだろう。
なぜ若者の支持率が0%なのか少しは考えたほうがいいのではないか。
***
先崎彰容「知性の復権」、第五章202/269ページまで。この章は「戦間期からの教訓」と題されているのだが、取り上げていることは二つある。一つは万葉集の時代に遣唐使として唐に渡った山上憶良の歌、「いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ」に出てくる「日本」という言葉の意味である。隋の時代には「倭国」として扱われた日本が、旧唐書の中では「倭国」と「日本」が別扱いで出てくるなど混乱があるわけだが、著者は「日本」の国号を中国、当時は則天武后の武周なのだが、に認めさせたのは粟田真人の功績だとしている。これはウィキペディアにもそう書いてあるのだが、誰の研究でそうなったのか研究史がよくわからないのでこれは機会があったら調べてみたい。
つまり、「倭=小さい人」という国号を「日本=日出る国」という理念を述べた国号に変更したことに意味はあるわけである。ただ先崎氏は「唐と対等の国家であることを意思表示」としているが、現実には中国は自らの国号を一字で表し、朝貢国を二字で表す慣例があるわけだから、「日本」という2字国名は唐と対等であるという意思表示としては説得力に欠けるように思う。これは聖徳太子(倭国王タリシヒコ)の「日出処の天子」と「日没する処の天子」という台頭宣言と混同している部分があるのではないだろうか。
その後も「倭寇」「壬辰倭乱」の使用例があるように、中国やその文化圏では日本をニュートラルに扱う時には「日本」という国号で、蔑視や非難を込めた用例では「倭」を使うというようになっているので、「日本」が良い国号であることは基本的に中国文化圏では認められたということでいいのだろうと思う。
これをなぜあえて取り上げているかというと、前章で著者はプーチンのユーラシア主義や中国の政治儒学的な世界観、トランプの保守革命的アメリカ一国主義について取り上げているからで、自由民主主義的な国際秩序に米露中が独自のアンチテーゼを掲げることの意味を歴史に見出しているということから、日本もそういう意識を持つ必要がある、ということで先人の例を挙げているわけである。
また、1920年代の戦間期を取り上げているのは、この時代がやはり第一次世界大戦後の自由民主主義的な世界観がゆらいだ時代であり、ウィルソンの国際主義に対してEHカーらが反論し、またドイツが民族主義的、ロシアの共産主義的な方向性でのアンチテーゼを掲げた中で、日本もまた独自のアジア主義的な国家観とそこからくる「東亜新秩序」「大東亜共栄圏」といった広域的経済圏構想を提起したからだ、といっていて、この指摘はなるほどと思う部分はあった。
日本の中でも、原敬や幣原喜重郎、牧野伸顕らに代表されるような英米強調、つまり自由主義的国際法秩序を重視する路線もあったのだけれども、それらは陸軍革新派や関東軍の謀略によって主導権を奪われてしまったわけで、この辺りの評価はそう単純なものではないと思う。
ただ、現代がまた大国である米中ロがそのような「自由民主主義秩序」に対するアンチテーゼを唱える中で日本がそれに飲み込まれないためにどのような世界観を持つべきかという問題が喫緊だ、という認識についてはもちろん同意する。その辺の提案の検討についてはまた読んでから書きたいと思う。
国中が天安門になったイラン/「久米宏」再論:彼はなぜ最後まで「権力」を引き受けなかったのか
Posted at 26/01/15
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1月15日(木)晴れ
今日は昔なら成人の日だが、平日。朝はマイナス5.6度まで冷え込んだが、昨夜iPhoneを職場に忘れて帰ったので気温が分からず、少し冷え込んでるけどまあめちゃ寒でもないなと思っていたのだけど、思ったより冷えていたんだなと後で思った。
昨日は午前中に会計の仕事をやってもらいながら自分は細々したことをやっていたのだけど、午前中にクリーニングを受け取りに行ったら(いつも出しているところが木曜休みになったので忘れずに)行列になっていたので仕事の順番を変えて先に銀行に行き、資金を補充したり支払いの資金を用意したり。それから郵便局に行って支払いの振り込みをし、西友でお昼の買い物をしてから再度クリーニングを受け取りに行った。一度帰ってきてから打ち合わせをしてその後昼食。仕事のし忘れに気が付いたので2時過ぎに出て銀行で通帳の切り替えをし、その後ツタヤに行って板場広志「俺以外全員無職」の3巻を買った。
夜は少しうだうだしてから帰り、報道ステーションを見ながら夕食を食べていたが、解散の話で盛り上がっていた。それからイランの実情についてのレポートだったが、どうも報道ステーションはこの話題については抑制的な報道になっている。
ただそこで伝えられたCNNの情報はかなり凄いことを言っている気がしたので今朝サイトを見てみたらかなり深刻な事態になっていることがわかった。
https://www.cnn.co.jp/world/35242685.html
この記事によると、イランは今回の抗議行動を昨年のイスラエルとの12日間戦争の延長線上と捉えていて、抗議活動を行う人たちを外国勢力の手先と見做し、殺害やむなしと見做しているようだ。
低空飛行のドローンで監視体制を強め、抗議の声を上げる人々に対して動画を公開して「全て監視下にある」とする動画を公開しているのだという。また、全土でインターネットが遮断されているだけでなくマスク氏が無料化したスターリンクの使用もできないようになっていて、軍事技術のレベルで妨害が行われているのだという。つまり、今イランが行っていることは警察レベル、治安レベルの鎮圧、制圧ではなくて、「声を上げる国民=外国スパイ」との戦争だから、彼らの無力化が目的になっていると言うことなわけだ。
簡単に言うと、今は「イラン全土が天安門になっている」ようなものだと思った。報道ステーションでは死者は数千人規模と言っていたけれどもおそらくは1万人規模にはなっているのではないかと言う気はする。これは後になってみないと分からないが、もし鎮圧されてしまったら証拠はもっと消されるだろうからよく分からなくなるし、政権打倒が成功したら逆に数十倍に増える可能性もある。
ロシアや中国に比べてまだイランは発言の自由はあるように見えていたし、だからこそイランに住む人たちの生々しい不満の声も聞こえてきたわけだが、デモが鎮圧された先にはアサド政権のシリアのような凄惨なことが起こり、国外亡命者も増えそうだけれども一体どこなら脱出可能なのかも分からないのが困ったところだ。西部ならトルコやアルメニアに逃げることも可能だとは思うが、その他の地域だとどうなるのだろうか。
イランの弱体化でイスラム過激派の動きがかなり抑え込まれているところを見ると、やはりイランは体制が変革された方が世界的に見れば平和は実現すると思うが、中国やロシアがどう出るかは分からない。世界の今後はまだ分からないことが多い。
***
今朝は4時過ぎに起きたが、お茶を飲んだりした後着替えて車で出かけ、職場に出てiPhoneを取ってきた。それから少し離れたセブンに車を走らせてヤンジャンを買うつもりだったが、考えてみたら合併業で今週は休刊だったのだ。ボスのカフェオレだけ買って帰宅した。用事は朝のうちにやることが一手間で片付いたのでよかったのだが、何を書こうかまとまらなくてかけないでいたのだが、とりあえず書き始めた。
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亡くなった久米宏さんについていろいろ考えていたのだけど、どうも何を言ったらいいのか分からないというか、何を言っても焦点からずれてしまう感じがあって、かといってマスコミが変に持ち上げて神格化している感もあるし、ネットを見ていると私のタイムラインではほぼ戦犯扱いなので、今更自分が何を書けばいいのかと言う気がするところはある。
ただ、重要だと思うのは、昭和末期から平成初期にかけての「政治改革の時代」に、彼が大きな役割を果たしたと言うことだけは確かだと言うことだ。それをプラスに評価するかマイナスに評価するかは立場次第ではあるのだが。
もう一つは、なんと言うか口が軽いというか、所沢のダイオキシンの問題であるとかステロイド製剤の問題であるとか、巷間に出回っているようなそんなにしっかりとした科学的根拠のないような話を権威があるかのように伝えて大規模な報道被害を起こしている、ということも重要だと思った。
彼は見かけがかっこいいしかっこよく振る舞うのが大変上手い、いわゆるちょいワルオヤジみたいなのも久米宏バージョンみたいなのがあって無頼を気取ったり団塊の世代的なかっこよさみたいな、あるいは人は遠慮して言わないけど自分は本音を言っちゃうからね、みたいなサバサバ菅みたいなところもあった。
多くの人が彼の言説を信用したと思うのだが、今考えると特に根拠がなかったり、党派性が強すぎることも多かった。しかしそれを人々が信頼したのは、つまり彼がかっこいいからだろう。
つまりそれは、本来の意味での「ルッキズム」であり、「かっこいい=信頼できる」と言う誤認を最大限利用した人だったと言うことなのだろうと思う。
ただそれはちょいワルの、彼自身が表現する仕方で言えば「チンピラ」のかっこよさであって、大人のかっこよさではなかった。そう言う意味で大量に発生した彼のエピゴーネンは「大人になりきれないチンピラ未満」の与太者だと言うことになる。
彼が周囲の反対を押し切って「ニュースステーション」をやめ、やがてテレビ界から去っていったのも、要するに彼が自分自身がオワコンであることを自覚したからなのだと思う。しかし彼に憧れてチンピラを目指した人たちが報道に跋扈するようになって、日本の報道は極端にレベルが下がってしがったように思う。それを彼の責任と言えるのかどうかは難しいが、その被害は今なお国民が受けている。
今なおテレビに溢れているやたらと本音を言いたがるアナウンサーや政治家、根拠の怪しいことを振り回すテレビや議員たちと言うのも、極端に言えば彼が元祖のような存在なのだと思う。彼らに取っては久米さんは偶像だから、神格化しないわけにはいかないし、それが批判されることは自分自身が否定されることに近いから、そうした言説にムキになるのだろうと思う。
ただ中国情勢やイラン情勢などを見ていても、今の日本はそんなチンピラを相手にしている余裕はないわけで、そんな過去の存在について改めて論じて意味があるのかと言う気もしてくる。
しかしかっこいいと認めると言うことは、自分自身の中にもやはり久米さんを評価する部分があるからそう言うことを言うわけで、それはやはり時代の空気というか、彼のような存在をかっこいいとする空気の中で自分も生きてきたからだろうとは思う。
彼は最後まで自分は批判者の立場、チンピラとして世の中に文句を言う立場を守りたかったわけで、そう言うところは団塊の世代がいつまで経っても抗議者のポジションを持ち続けようとしているところに重なる。彼は実質的に権力者であったし彼のエピゴーネンたちとそのまた信者たちに取ってはやはり権威であるわけだけど、そう言う存在であること自体を彼がちゃんと引き受けていたとは思えない。
権力者というのは、誠実な人間に取ってはその役割を果たすのは並大抵のことではないだろう。権力を引き受けて世の中を良くしていこうとすることは、まさに、高市さんがいうように「働いて働いて働いて働いて、働いて参ります」というしかないに違いない。そしてその座をかっこよく務めることはなかなか普通は難しく、泥臭くならざるを得ない。高市さんもトランプと米軍の軍艦でアピールしてぴょんぴょん飛び跳ねたり李大統領とドラムを叩いたりして面白くカッコよくは見せようとしているが、基本的には泥臭く頑張っているわけである。それがわかっていたからかっこよさ=スタイルを重視した久米さんはそういう立場に手を出さなかったのだろう。例えば彼が選挙に出れば相当な票が入って政界でも重きをなす存在には当然なり得たと思うが、そうしなかったのは彼の美学でもあり自分の能力に対するある意味での誠実さの表れでもあったのだと思う。テレビ局の経営陣に参加するようなことがなかったのも同じことだろう。
彼の本質はそういう意味でチンピラであったし、そのかっこよさで最後まで押し通したのに、周りが彼を権威に祭り上げて、それが故に批判も集中するようになり、彼自身はそのやり方の限界は感じていたのだろうと思う。しかし彼が最後まで「大人の責任(=権力を引き受けて批判されること)を引き受けないチンピラ」としてのスタイルを貫いたことは、結構禍根を残した気はするわけである。
正義の名を負った権力が腐敗するのは、今のアカデミアで自分たちに有利な人事が横行したり、批判者を不勉強だと叱りつけたり、言論よりも裁判に訴えたりするような手法が横行していることでもよくわかるけれども、そんなものに堕さなかっただけ、久米さんは誠実だったという気はする。まあそんな悪代官のような連中が一番カッコ悪いからでもあるだろうけど。
クラッシュのジョー・ストラマーは「Punk is attitude、not style.パンクとはカッコつけではなくて生きる姿勢なんだ」と言ったけれども、久米さんは「Press is style, not attitude.」であった気がする。彼は「かっこいいstylish」であるままでテレビや報道を走り抜け、彼の本当の生き様はそこからは見えてこなかった気がする。あるいはstyleこそがattitudeであった、というべきか。
まあこんなことを書いても彼について十分論じた気がしない。そういう意味で彼は日本にとっても我々の世代感覚にとっても相当大きな存在だったということなのだろうと思う。もちろん良い意味でもそうでない意味でも。
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「知性の復権」180/269ページ。第五章「戦間期からの教訓」に入った。いろいろ思うことはあるがまだ的が絞れていないのでまた改めて。
久米宏氏の訃報と「報道のバラエティ化」「日本政治の変動」の功罪/レアアース問題を理解するために基本的に押さえておきたいこと/衆院解散と国民民主党/アメリカ保守派と日本近世思想の意外な近さ
Posted at 26/01/14
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1月14日(水)晴れ
晴れている割には冷え込んでいない。天気図を見ると、前線が通り過ぎた後、南から高気圧が入ってきたようだ。この時期にはあまり見ない気圧配置。寒くないのはありがたいと言えばありがたいが、少し落ち着かない気持ちもある。
昨日は午前中会計の仕事をお願いしながら、書類を取りに行ったり、自分の仕事も進めたり。昼食後、なんだか疲れが出て少し休んだ後、銀行へ行って記帳したりお金を下ろしたり、西友で朝食の買い物をしたり。
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昨日からいろいろ考えていて少し考えていたことなどをいくつか書こうと思うのだけど、一つは「レアアース」について、もう一つは衆院解散、それから亡くなられた久米宏さんについて、またオレン・キャスらアメリカの反自由貿易主義・共同体主義の思想家について、である。どれもそう簡単にまとめられる話ではないので書きにくいが、まずはレアアースについて。
レアアースというのは、バッテリーやスマホに使われるとかその用途の問題から論じられることが多いが、まず化学的な根本から言えば、日本語でいう「希土類」のことである。希rareな土earthだからレアアースなのであって、科学で希土類というのは学ぶのだから希土類といえばいいのにとは思う。
希土類というのは周期表の第3族、つまり左から3列目の金属元素のことであり、21Scスカンジウム(以下原子番号・元素記号・和名の順に表記)、39Yイットリウムと57-71のランタノイドの全部で17元素を指す(同じ3族でもアクチノイドの15元素は入らない)のだが、天然では存在しない元素もある。
以下、こちらの記事を参考に。
これらの元素は地殻存在比(つまり地球の地殻に占める元素の割合)が一般に低い(つまりレア)が、イットリウム(20ppm)やスカンジウム(30ppm)のように存在比だけなら割と一般的な鉱物であるいえば鉛(15ppm)より高い場合もある。地殻存在比が高い元素は酸素(46.6%)と珪素(27.7%)で、それが珪酸化合物を作って土や岩石の大部分を占めているわけだけど、レアアースも珪酸化合物になって存在しているものは化学的に安定していて精錬抽出することが難しいということのようだ。
したがってそれ以外の形で存在している炭酸塩、リン酸塩、酸化物、イオン交換性粘土の形で存在しているものから回収されているわけだが、中でもイオン交換性粘土の形で存在しているものは希土類が表面に電気的に吸着しているだけなので、鉱物自体を分解せずに弱酸を用いたイオン交換によって希土類を回収できるのだそうだ。このイオン吸着型鉱床は比較的存在比が高い軽希土類だけでなく存在比が低い重希土類(元素番号64-71)も含まれているため貴重なのだが、それは今の所ロンナン、シュンウーと言った中国南部の鉱床した見つかっていないのだという。(ラオスなど他の国でも発見はされているようだ)
鉱床の種類は大別して火成岩や熱水活動によって形成された火成鉱床と岩石の風化によって形成された風化鉱床があるが、イオン吸着型鉱床は後者である。
南鳥島近海の5500メートルの海底に存在するというレアアース泥は、「海水中に溶け出したレアアースが、リン酸カルシウム(魚の骨や歯の化石)に吸着し、それが深海底に長い年月をかけて堆積した」もので、「汲み上げた時点で粉砕の必要がなく、さらに特定の粒径にレアアースが濃集しているため、簡易的な遠心分離によってさらに品位を高めることが可能」だというから、5500メートルという深海の海底から汲み上げるという最大の技術的困難を克服できれば中国で問題になっているような環境的な問題もなく、また「EVのモーターや防衛産業に欠かせない「ジスプロシウム(Dy)」や「テルビウム(Tb)」といった「重希土類」」が多く含まれているというのも朗報である。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2445713db7ff0ee10e3bb51ef9e40e5317515a48
上の記事によれば今回中国が輸出禁止をかけたのは62Smサマリウム、66Dyジスプロシウム、65Tbテルビウム、64Gdガドリニウム、71Luルテチウム(上記記事ではルテニウムになっているがこれは別元素で誤り)、21Scスカンジウム、39Yイットリウムの7種で、(上記の記事はこれらを重希土類としているが、サマリウム・イットリウム・スカンジウムは重希土類ではない)これらのレアアースもまた含有量が具体的にどの程度かはわからないが、南鳥島での採掘が成功すればかなり解決するのだろうと思う。まさにその意味では起死回生の一手だということになりそうだ。
そうなると心配なのは例によって中国の妨害だが、今のところはアメリカとの共同開発という方針のようなのでそこはある程度心強いだろう。このあたりは国粋的な方面からクレームがつく可能性もなくはないが、南満州鉄道の経営を共同でやろうと持ちかけたアメリカの実業家ハリマンの申し出を小村寿太郎が却下したことがのちにこの地の情勢を悪化させた原因の一つだと考えられなくもないわけで、経済政策も地政学的な観点が重要だと改めて思う。
レアアース問題ではこのくらいの基礎的な理解があるとかなり話についていけるのではないかと思ったので、簡単にまとめてみた。
***
通常国会冒頭での衆院解散がほぼ動き出したようなのだが、本来は本予算を成立させてからにすればいいと思うのだけど、どうもこれは外交日程等で衆院に安定した勢力を築いておく必要が出てきたという説が説得力があるように思った。参院はいずれにしてもあと2年は過半数割れが続くので、衆院だけでも過半数をとっておけば予算の自然成立や衆院の優越などでなんとか乗り切れるということはあるのだろうと思う。
またそうなると3月末での年度内の予算成立が難しくなるが、これもここ数十年の間に何度も暫定予算は組まれているとのことで、一番ひどいのは海部内閣の時に本予算成立が6月になり、暫定予算の補正まで組まれたということがあったようだから、順調に自民党が勝てば選挙日程によれば間に合うか間に合わないかの境目、くらいでなんとか行くのではないかという観測があって、これもまあそれでいけるかなとは思った。
気になるのは、高市政権と協調姿勢をとってきた国民民主党が解散に難色を示していることで、今選挙をやれば国民民主党も協調路線を強調すれば割と議席は取れるのではないかと思うのだが、石破離れで吸収した票が高市人気で再び奪われることを恐れているのか、それともまた連合にネジを巻かれて対決路線を選ばされたのか、それとも「国民生活第一で切れ目ない予算を」というスジ論で反対しているのかがよくわからない。もちろん名目はスジ論に決まっているが、その本音のところが見えてこないのが気になるなと思った。
公明党と立憲民主党の選挙協力というのはもはや断末魔という感じもしなくはないが、逆にいえば立憲の延命のためにはそれしか手はないかもしれない。公明はもう自民と組みにくくなるが、その辺はいいのだろうか。まあ、石破さん周辺など自民党左派リベラルとの再結集みたいな形を狙っているのかもしれないが、自民党を割るというのは昔と違って結構難しくなっている印象はあるので、どうなるかはわからない。
私としては自民党が過半数を取り、維新と連立はどちらでもいいが参院を考えると必要かなとは思う。そして国民民主党が健全野党として参政党と共に国会に大議席を占めると良いと思うのだが、極端な左翼リベラルは今回は徹底的に退潮してもらうことを望みたいと思っている。
***
https://news.yahoo.co.jp/articles/345cf4c442f54d36d23130e86205dfa97de1dad3
久米宏さんが亡くなった。彼は「ニュースステーション」の印象が強いけれども、元々は「ザ・ベストテン」や「ぴったしカンカン」などの歌謡番組・バラエティの司会で一世を風靡した人で、報道バラエティへの進出は「TVスクランブル」以降だと思うが、この時は横山やすしさんを相方にしてお互いに歯に衣を着せぬやりとりをしていたことが思い出される。逆にいえば、ここで終わっていれば彼も毀誉褒貶に包まれた人、ということにならずにバラエティ氏に大きな軌跡を残した人、で終わっただろう。
「ニュースステーション」はニュース報道にバラエティ要素を持ち込み、それまでも記者出身のキャスターが割と言いたいことを言うというのはあったがバラエティ畑のアナウンサーがある意味無軌道なノリも導入して「ニュースを斬る!」みたいな形にしていくスタイルは当時は斬新で、そういう意味では昨今強く批判されるようになった「面白くなければテレビじゃない」という路線を報道に持ち込んでニュース報道というものをある意味変えてしまった人だと思う。
彼の功績はおそらくは「ニュースや報道を身近なものにした」と語られることになるのだと思うのだが、逆にいえば興味本位の、また反権力的で半ば無頼、また哄笑的なスタイルでニュースを扱うある意味80年代的な方向性をある意味でのスタンダードにしてしまったという面もあり、正直いって功罪相半ばする、見方によっては、というより私などから見れば「日本のニュース報道のレベルを下げた」罪の方が大きいように思う。
埼玉のダイオキシン問題での報道による風評被害など、おそらくは打ち合わせ不足と勘違いによる失敗もあったし、あの元気よくバッタバッタとニュースを切り分け権力者を批判していくノリは、元気はいいけれどもある意味ハメルンの笛吹きのような、日本をどこに連れていくのだろうという不安感もまたもたらしたものだった。
ニュースステーションが放映されていたのは1985年から2004年まで、中曽根内閣の時代から海部・宮沢内閣を経て非自民連立の細川政権が成立するが、この辺りでの世論を領導したのはニュースステーションだったと言っていいだろう。だからある意味久米さんは非自民政権の生みの親の一人、ということもできる。側内閣を経て非自民政権は崩壊し、村山自社さ政権から橋本政権、小渕政権・森政権ときて「自民党をぶっ壊す」小泉政権が成立するが、このあたりの時も影響はかなり大きかったように思う。そして小泉政権途中の2004年に降板することになったが、これは小泉政権下での政治や社会の「保守化」に嫌気がさしたという部分が大きいのではないかという気はする。その意味でもう彼の時代は終わったのだろう。それなのにその後をついで「報道ステーション」のキャスターになったのもプロレス・バラエティアナウンサーの古舘伊知郎氏だったし、基本的にその路線は受け継がれてしまい、より番組に対する批判も強まるようになったのではないかと思う。
むしろ、NHKの報道出身の大越健介キャスターがその後を継いだのは意外だったが、ある種の揺り戻しだったのかもしれないけれどもただ左派擁護的な路線はこのところ特に強まっているように思う。私も昨日はきっと取り上げるだろうと思って報道ステーションを冒頭見ていたのだが、あまりに「久米宏・・神!」みたいな作りになっていたので鼻白んで途中で見るのをやめた。記事を見ると40分も久米さん関連のことをやっていたようなので、見るのをやめたのは正解だったと思った。
むしろ今や久米宏氏は批判的に功罪を検討すべき時期であるはずなのだが、能天気に賛美一色になるというのはある意味左派報道の断末魔なのかもしれないという気もする。彼が政治や社会、報道にもたらしたものは何だったのかは、もっとちゃんと検証されないといけないと思う。
***
「知性の復権」でトランプ政権を支える二つの柱、イーロン・マスク氏らテクノリバタリアンの勢力については昨日書いたが、オレン・キャス氏らアメリカン・コンパスについてのところを読んだ。157/269ページ。
オレン・キャス氏については彼が来日した時の記事について以前も書いていて、それは結構反響があったのだが、その時点では結びついていない問題意識があったなと今では思う。
https://note.com/kous37/n/n7dc577ef1e9d
https://note.com/kous37/n/nff012168232b
彼の基本的な意見は「リベラルなアメリカの否定」なのだけど、上記の二つの記事を書いてから読んだ二冊の本でより理解が深まった部分があるように思う。一つは「世界秩序が変わるとき」なのだが、この本に言及した私の最初の記事は以下のリンクなのだが、他にもいくつも考察・言及した記事はある。
https://note.com/kous37/n/n46f8700a2cd1
キャスの主張は新自由主義の方向性で中国を市場に呼び込んだことがアメリカの苦境を招いているということで、戦後のトレンドだった自由貿易政策をやめて第二次大戦以前の高関税政策に戻ることが健全な製造業のアメリカを取り戻すためには必要だ、ということになるわけだ。そのアメリカの戦略について「世界秩序が変わるとき」は大変参考になったし、トランプ時代以降こそが日本が存在感を取り戻す時代になる、という指摘も頷けるものがあった。
もう一つは「近世日本の支配思想」で、これについて最初に言及しているのは以下の記事で、他にもいくつも書いている。
https://note.com/kous37/n/n52d68ac0ae29
この本で印象に残ったのは江戸時代の本当の支配思想は儒教・朱子学ではなく兵学である、という視点なのだが、その視点から見ると江戸時代の日本は将軍・幕府を頂点とする兵営国家であり、その中では「将軍から農民に至るまで全ての人に役割が与えられ」ていて、「その役割を果たさないのは「役立たず」であると強く非難される」というあたりであった。
つまり、役割があることによって縛られているという面もあるが、逆にいえばそれに励んで努めていればいい、という「居場所」や「やるべき仕事」「果たすべき義務」があり、また人は「家」によって職業が決められ、その職業は公権力によって守られるので、「隠居」した後も不安なく生きていける、というシステムになっていた、ということである。
そしてもう一つ、国学の思想の元になった垂加神道では、「死者は「天皇を守護する八百万の神々」の「末座」に加わり「天皇と国を守る神」になる」とされていて、それが靖国神社の「英霊=戦死した兵士たち」が「護国の鬼」となって「天皇と日本を守る」という「役割」を与えられているということだった。
またこれは私がそこから考えたところなのだけど、「人は死んで神(霊)になり、死んだ後も家族のことを見守っている」という発想は、ここからきたのだろうと思ったわけである。
この辺りが全くオレン・キャスが「人間の生きる意味は消費にではなく、一定の役割を担って自分の存在が認められ、将来の不安に悩まないで済む」ことこそが価値の基軸だ、というところと相当一致しているということだった。
キャスは来日の時に日本の知識人のことを「おくれている=新自由主義的である」と批判していたようだけど、彼と共鳴するデニーンによれば「理想の国はオルバン政権のハンガリー」であるそうなのだが、江戸時代から現代に至る日本人の伝統的な保守的考え方にかなり近いように感じたわけである。
もちろん「西半球孤立主義=モンロー主義≒ドンロー主義のアメリカ」という世界戦略というか、世界に対するアメリカの戦略についてなどについてももっと検討しないといけないと思うのだけど、アメリカの目指す方向と日本の伝統的な思想が実は結構マッチしているのではないかと思う。そういう観点からもこれからの日米関係について考えていければと思う。
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