アニメ「葬送のフリーレン」の戦闘シーンの良さ/絶対に譲れないもの/「自分からは死なない」/「評論家」が最終的に目指すもの/餅を食べる/「健康で文化的な最低限度の生活」と保守vsリベラル

Posted at 26/01/24

1月24日(土)晴れ

このところ朝食に餅を食べているのだが、これは特に理由があるというほどでもなく、スーパーで売っているプラスチックのお供えの中身が切り餅で、特に他に食べる機会がないので、パンを買い忘れた時に食べてみたら意外と腹持ちも良く、ちょっといいかもと思って食べていたわけである。

今朝は土曜日でいつも隣町のデイリーにパンを買いに行く日なので今日はパンを食べたが、餅もまだ結構残っているので適当に割振りながら食べていこうと思う。

昨日は午前中に母を松本の病院に連れて行ったのだが、途中でトイレによっていたりしたら思ったよりも時間がかかり、診察時間に間に合わせるために高速をちょっと飛ばしたら母が両手で力を入れて座席で踏ん張っていたことがわかり、それで手が痛くなってしまったようで、これは参ったなと思った。自分が一人で走る時はそういうことは全然気にしていなかったのだけど、高齢者を乗せている時はそういうこともあるのだなと思い、気をつけようと思った。帰りはゆっくりめのスピードで走り、どんどん周りの車に抜かれて行ったが、思ったより時間はかからなかったのでもう少し時間に余裕を持とうと思う。

とは言え実家に帰った時刻は思ったよりも遅くなり、昼食を取ってから昼食前にやろうと思っていたことをやることにはなったのだが、ちょっとゆっくりしていたら気がついたら時間ギリギリになって、少し離れた書店まで走ってビッグガンガンと「スーパーの裏でヤニ吸うふたり」8巻を買った。

https://frieren-anime.jp

夜は帰ってきてからご飯を食べて、「葬送のフリーレン」を見てから寝た。「南の勇者」の話と剣の魔族の話、7巻の63話と64話でまあ小ネタに属するエピソードだが、二期最初の戦闘シーンもあり、やはりかっこよかった。私はこの作品自体に最初は興味がなかったのだが、アニメの一期8話くらいだったと思うが、原作でいえば2巻ラストの17話で、グラナト伯爵を救いにきたシュタルクの応援に現れたフェルンが窓の外からガラスを割って登場する場面。たまたまみたのだがこの映像はすごいと思い、見るようになったのである。原作では結構地味だし、その後にフリーレンが戦うのがこの作品の魔族でも人気ベストワンの「断頭台のアウラ」なのでそちらの方に注目が集まるのは致し方ないのだが、フェルンの登場の場面が魔族リュグナーのフリーレン回想の場面と重なり、心を奪われた感じだったわけである。

だからこの作品の戦闘シーンには常に期待はあって、一期で他に例えば1級魔術師試験でのフリーレンの複製と戦う場面など、本当に目の覚めるような感じがあった。今季もまたそういう場面が見られることを期待したいと思う。

今朝は起きたら6時半を過ぎていた。自分としてはかなりの寝坊だが、どうもそれは寝る時に長袖のTシャツをパジャマの下に来ていたので腕が冷えなかったことが大きかったのだなと思った。寝坊というのはスケジュール的には困るが頭も体も休まったということなので、それを考えに入れておくと良いなと思った。時間がある時にしまむらかユニクロで長袖Tを2枚くらい買おうと思う。少し遅くなったが隣町にガソリンを入れにいき、塩パンとフルーツケーキの切り落としを買って帰ってきたら8時前になっていた。

***

入浴してから続きを書いているが、今朝は出かけている間に何を描こうかいろいろなことを考えていたのだけど、テーマとしてはふたつだろうか。一つは「絶対に譲れないもの」は何か、あるいはそういうものがあるかないか、ということで、深掘りして行った時にそういうものが全くない、という人はものすごく節操がない人か逆にものすごい悟りを開いた人、ということになると思うのだが、大抵はそういうものがどこかにはあるだろうと思う。ただそれが深いところにあり過ぎて見えない、ないしは見えにくいということはあると思うし、私はどちらかというそういう人間だなと思うので、そういうものがないと言って悩んでいる人には同情的な部分がある。ただこれは自分がそう思っているだけで、周りからは割とわかりやすいプライドを持っているように見える場合もあるし、多分周りの人間やこういう文章を読んでいる人からはこんな人だろうというイメージは持たれていることも多いんじゃないかとは思う。

自分が絶対譲れない、というか心に決めていることというのではっきりしているのは、「自分からは死なない」ということで、つまりは自殺や自殺的な行為はしない、ということで、当たり前と言えば当たり前なのだが、例えば山上被告とかがやっているのはある種の精神的自殺であるわけだから、ああいうことはしない、ということである。これは当たり前のように見えて、そういうところがやばい人は実は結構いるし、実を言えば自分自身もある種相当短気なところはあるのでそういう自分自身に対する決め事というのはリーズナブルという点でも持っていると良い感じはする。

ただそんな決め事だけで生きていけるわけではないからじゃあどうやって生きていけばいいのか、という話になるわけだけど、しばらく前によって心に残っていたのが麻生太郎「自由と繁栄の弧(文庫版)」の36ページにあった「自らの生存と安定、それに繁栄という国益の三大目的」という言葉で、要はつまりは個人にとってもこの三つは大事だなと思ったいたわけである。

つまりまずは「生存」、生き残ることが大事であって、これは普通は金銭的なことを指すことが多いけれども、例えばいじめの対象になっているような場合は毎日が「生存」を達成するための戦いの日々になるわにあで、それが戦いきれなければ「自分から死ぬ」ないし「相手を巻き込んで死ぬ」みたいな行動になるわけである。だから豊かな現代社会においても「生存」というのはそんなに簡単な問題ではないわけで、いじめる人やパワハラをかます人というのはそうやって人を生存レベルの葛藤に追い込むことで主導権を取れるということを本能的に理解している、ということになるのだろうと思う。

私はまあ、子供時代はそれなりに生き残ることが大変な状況の時が長かったのでだからこそ「自分からは死なない」なんてことを決めたのだが、大人になってからは自分で状況を選べるようになったことでかなり楽になったことは確かである。

次は安定ということになるが、普通の、というか一般の人にとっては就職ということになり、それで安定してくるとさらにその上のステップを求めるか、みたいな話になる。もちろんこれもまた「譲れないものがある」、例えばオタクの人たちにとっては子供の頃からそれに執心し、就職したりしてもさらにその趣味に邁進したりするわけで、ある意味自分に忠実に生きられているわけだからすごいと思う。

あまりはっきりとそういうものがない場合、あるいは生存をかけてそれをやるというほどではない時に、安定というのが大事になるが、そのライフスタイルは生物である以上一般的にはつがいをつくり子孫を残すことが標準になるわけだけど、そこが多様化しているのが現代なのだろう。ただ一般には結婚して子供を持ち、年齢が長じては孫をもちひ孫に相好を崩す、というのが一番安定感がある「安定」だという気はする。まあそこまで行くと子宝、長寿、一族繁栄という感じで第三段階の「繁栄」に入るという判断もあるわけだが。

自分の人生はどうもそういう方向にいかなかったのでその辺が多少残念な感はあるしそういうものを諦めたわけでもないのだが、やはり何かを生きているうちに成し遂げるということに対するこだわりはあり、そういうものが考えてみたら「譲れないもの」なんだろうなとは思った。

昨日出たスペリオールの「らーめん再遊記」で有栖が「おそらく僕ら評論家は魅了されたジャンルについての思考が「自分とは何か」「他者とは何か」「そして人間とは何か」という問いかけにつながり、最終的には世界の謎を解明したいと思っている」ということを言うのだけど、これはすごくわかる気がした。と言うか、自分が漠然と「やりたいこと」と言うのはおそらくそう言うことだろうと思っている。有栖はラーメン評論家なのでラーメンを切り口に幅広い文化論から人間論に至る、というサブカルからの攻めになるわけだが、文芸評論家なら文学を切り口にして芸術論から人間論に広がったするわけで、小林秀雄などはそう言うことだろう。

なんというか、同じ評論家でも文芸評論家や政治評論家は格上でラーメン評論家やサブカル評論家は格下、みたいな感じは世間的にあるが、「世界の謎を解明する」と言う究極の目的を考えるとそれは実はそんなに違わない、と言うことになるのだろうと思う。

私などは結局そう言う観点から聖から俗へ、歴史から現代へ、世界から日本へ、東京から地域へ、マンガからネットへ、音楽からアートへ、日常からアニメへ、と言った具合で次から次に対象が転変して行ってしまうのでなかなかまとまったものが書けない感じになっているわけで、ラーメンならラーメンと対象を切り取ってそこから見える世界を見る、と言う方がよりまとまったものを作りやすいことは確かだと思う。

ただまあそう言うことを考えているうちに「何を考えていたか」をリストアップしていたつもりだったのが実際に考えながら書くようになってきてしまっていたり、まとめるには「枠」をしっかり決めて書いた方が書きやすいなといつも思う。しかし、枠にはまっているものを作るのもあまり面白くないなと思ってしまったりもするので、こう言う形で思考の跡を記述するようになったりもするわけである。

***

「生存」というと憲法の「健康で文化的な最低限度の生活」と言うフレーズを思い出すわけだが、「どこまで健康で文化的か」によってそれが憲法によって保障される「生存」の範囲なのか、それを超えた自分で目指すべき「安定」に入るのかと言うのは難しいところがあるよなと思う。ただ本来は、と言うか自然界では基本的にその「生存」自体も誰かに保障されるものではなくて自分で勝ち取らないといけないものでもあるわけで、そこら辺をどう考えるかと言うのが考え方としてのリベラルと右派の境目でもあるなとは思う。

日本の現実社会においては「女性枠」などのように過度に社会によって保障されすぎているケースもあれば、「いじめ」のように取り上げらることさえ困難で動画に晒すと言うような「自力救済」をせざるを得ないケースもあるわけで、その辺がアンバランスなのはある意味社会が未成熟であるからこそだなとは思う。

その辺のところが安定してくると良いなと言うのがある意味自分の意見であり、それは本来は保守とかリベラルとかの次元ではない常識の範疇だとは思うのだけど、それが「保守」に色分けされるのが現代だと思うし、そう言う意味では別に「保守」と言うことに抵抗はないなとは思う。まあ蛇足だろうか。

***

評論、と言うとこう言うふうに自分の考えや考察をある意味書き連ねることになり、それは「需要」があるかどうかと言えばよくわからないわけで、そう言う意味で言えばどうしても「需要」がある、注目されやすいジャンルについて書くことになりがちではあるのだけど、「らーめん再遊記」の有栖のように、作品論として優れたものを描いても社会的には評価されない、みたいなことはあるわけで、まあそう言う探究と社会の需要というのは違う論理で動いているから当然なのだけど、いつかその需要に引っかかる可能性もあるなと思って取り組むしかないという面は確かにある。ただそこで一度評価されておかないと先が大変だとおいうこともあるから、なんとか引っかかりたいということもあるわけで、まあ色々頑張らないといけないわけである。


考えごと/情状酌量/アフタヌーン

Posted at 26/01/23

1月23日(金)晴れ

今朝は冷え込んでいる。最低気温の予想はマイナス10度だが、いまのところの最低気温はマイナス8.8度。一度目が覚めたのは3時で流石にもう一度寝床に戻り、一度入眠したが4時20分頃には意識が戻った気がする。居間に降りてファンヒーターをつけてからトイレに行ってもう一度布団に戻り、いろいろ考え事をしているうちに起き出してストーブを消して居間に降りた。もう一つのストーブをつけたが、寒い。

5時15分ごろに車のエンジンをかけ、車内気温の向上ととフロントガラスの解凍を図る。いろいろやりながら5時半になったのでゴミをまとめて出かけた。最初にセブンに寄るつもりだったのを忘れて職場の方向へ行ったので、先に職場で燃えるゴミをまとめて出した。それからお城のそばのファミマに行ってスペリオールとボスのカフェオレと、それからアフタヌーンが出ていたのでそれも買った。

その後実家の近くのセブンに戻ろうかと思ったが他のセブンが週刊漫画Timesを置いていたことを思い出してそこに行ってスイカをチャージし、買って帰ってきた。まだ寒い。

***

安倍首相暗殺事件の山上被告に対して、一部の声として「生い立ち等を考慮し、情状酌量して減刑すべきだ」という声がある。これは今の裁判で子供を殺した母親に対しても執行猶予をつけるような行き過ぎた(と思われる)情状酌量を基準にしているのだろうなと思う。社会が彼に冷たかったから犯罪を起こしたのだから、という論理がつくわけだけど、これはツイートで見かけた(今見つけられない)「社会が原因でない犯罪などあるだろうか」という呉智英氏の言を考えると、濫用すべき論理ではないように思われる。

情状酌量というのはつまり「お上のお情け」、「大岡さばき」みたいなものなわけだが、それが変に制度化してしまって(判例主義だから当然と言えば当然なのだが)あまり多くの人が納得できない変な理屈をつけてくるとかつけろと要求するようになってきたというのはあるのではないか。法学には当然「情状酌量」についての研究もあるとは思うのだが、より多くの人が納得できるような判断がされると良いとは思う。

***

「アフタヌーン」、「ブルーピリオド」とか「スキップとローファー」とかちょっと考えさせられる話が続いてたのだが、今朝は母を松本の病院に連れていくので時間がなく、また改めて。

日本国債安とグリーンランドとデンマークの米国債売却/「キングダム」863話「飛び続ける矢」と連載20周年/雪と冷え込み

Posted at 26/01/22

1月22日(木)雪上がり

朝4時過ぎに起きて、今日は資源ごみの日なのでいろいろまとめて、さてヤンジャンを買いに出かけようかと外に出てみたら、道路も車にも雪が2センチくらい積もっていた。アプリを見ると昨夜から今朝にかけて降水量は記録されていないので、ほんのわずかということなのだろうけど、うっすらと積もっているから今朝は紙ごみ、雑誌などを出すことはやめにして、少し家の前の道の雪を掃き掃除してから、チラシの束については少し離れた業者の蒐集ステーションに出しに行った。帰りにヤンジャンと水素焙煎コーヒーを買って帰ってきたが、国道にも雪があって慎重に運転する感じになった。

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帰ってきて「キングダム」863話「飛び続ける矢」だけまず読んだ。中華十弓一位の青華雲に挑戦する蒼仁のくだり。父から聞いた十弓の教えは「極みに立つものは相手の魂の持ちようをとらえてくる」というもので、歴史をつなぐ「見えない的に向かって放つ落ちない矢」という話が語られ、その蒼仁の境地が羌瘣・羌礼によって「神韻」として感じ取られ、「龐煖のようなものが隣の戦場に立っている」と羌瘣によって語られる。

龐煖はこの作品では道を極めた武神なのだが、「人には結局神に通じる道などない」という真理に突き当たり、この物語の主人公・李信に討ち取られる趙の武将なのだが、そういう意味では青華雲に挑戦する蒼仁の戦いもそのバリエーションだと言える。

また、飛び続ける矢の歴史の連なりが人の歴史だ、という言葉からは、「人の思いの火を受け継いでいくのが歴史だ」という、韓の宮廷で李信が語った話や、「光を受け継いでいくのが歴史だ」という秦王嬴政の即位の際の相国・呂不韋との会話も思い出させる。

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そういう意味では蒼仁はこの話の中でかなり重要な存在になってきたということで、19日に発売された「キングダム」78巻のおまけ漫画でも李信の軍師の少女・河了貂とのエピソードが出てきていて、李信が結ばれる相手は羌瘣だという流れが見えてきた今、河了貂と蒼仁の関係もまた注目点かなという感じになってきている。というか、この弓矢兄弟がこんなに話のテーマに重なってくる存在になるとは全く予想していなかったので少し驚いている。というか作者さんも驚いているのではないだろうか。

最後には蒼仁の放った矢の神韻が青華雲に聞き取られ、そして、という展開になるわけだが、今回は実際読み応えがあった。

キングダムは連載20周年ということで今号では表紙になっているが、次号は巻頭カラー付きとのことなのでまた楽しみにしたい。78巻の内容も、秦と趙との最終決戦の始まりということで、いろいろなフラグが建てられていて、先に書いたおまけページの河了貂と蒼仁だけでなく、昂と羌礼、李信と羌瘣、李牧とカイネとバタバタとカップリングが成立しているのも、一体どのような方向にいくのかドキドキではある。そういえば録嗚未に隆国と干央が自分の娘たちはどうだと勧める場面もあった。

「キングダム」について書くときは人名変換が大変なのだが、やはり時々書かねばという気持ちになる時がある。今回のテーマは「神韻」とでも言えばいいか。神と人との関係について、エンタメ的に描くとこうなるのかなと思いながら楽しませていただいている。

***

https://forbesjapan.com/articles/detail/90033

日本国債が債権安に見舞われているのだが、日本の来年度の財政はプライマリーバランスがプラスになるという形での「責任ある積極財政」であるので、これは何か他にも要因があるのではという気がしていたが、デンマークがグリーンランドをめぐって米国債を放出するとの見方が広がったことも関係してきているのでは、という見方が広がっているようだ。ベッセントが日本の国債の不安定さを「日本製トラスショック」などと表現したのも米欧間の問題だという批判を交わすためだろうという気はした。

https://jp.reuters.com/markets/japan/NDPFC4GTXFJ4XFXGRXATYZFHLA-2026-01-20/

しかし最新のニュースではトランプがグリーンランドをめぐる関税の脅しを撤回したようで、今のところニューヨーク市場では株価・米国債価格の双方も安定傾向に入ったようだ。

https://jp.reuters.com/markets/japan/EQCEKSCA3RIWNH5CYLUYHKKAHQ-2026-01-21/

ただ、こうした問題をめぐる米欧間の軋轢というのは解決したわけではないので、「関税撤回とグリーンランドを巡るNATO(北大西洋条約機構)との枠組み開設は、投資家に対し、これが見出しリスクから交渉リスクへと移行していることを示している」とのことであり、投資家はウェブニュースの見出しで慌てるのではなく、交渉過程を注視して売買を検討する段階に入った、ということのようだ。

それにしても、米欧の対立というのはここまで先鋭なものはおそらくここ数十年はなかっただろうから、軍事的なもの以前にこうした貿易や関税、金融などの枠組みから鞘当てが始まるのだなということはよくわかった、という感じはある。

日米構造協議が厳しかった1990年代に、当時の橋本首相が米国債を売却するという発言があって米国債価格が急落したということがあったのをよく覚えているが、「見出しリスク」というのはそういうことだろう。日本はあの当時はそうした経済・金融敗戦の中で「耐え難きを耐え」てアメリカ主導の新自由主義の枠組みの中でリストラ・不況・就職氷河期というまさに冬の時代を迎えたわけだが、失われた30年の後に来たこのいわば経済異常気象の時代をどう乗り切っていくかが問われているなと思う。政治がしっかりとした舵取りをするためにはやはり安定した政権基盤が必要なわけで、今回の選挙では是非高市さんが安定多数を取れるように頑張ってもらいたいと思う。

***

昨日は午前中、松本の整体に出かけたが、地元の下道も混んでいたし、高速ではなぜかトラックがめちゃくちゃ多くてあまりスピードが出せず、塩尻で降りてからも遅いトラックの後についてゆっくり走らざるを得なかったので、到着がギリギリになった。頭の疲れがあまり取れていないのだなと話を聞いていて思ったが、まあ状況的にはその通りなのでとりあえず頭がポカンとする時間を持たないとな、と思った。帰りは近くのスーパーで買い物し、同じ道を通って帰ったが、やはり遅い車が多くてなんだかなあと思ったが、まあ時間が決まっているわけではないのでゆっくり走って帰った。帰ってきて昼食を食べ、少し休んでから作業場で雑誌の整理などして資源ごみの蒐集に出せるようにしていたのだが、今朝は雪が積もっているので雑誌は出すことを自粛した。どうにもならなければ業者の蒐集ステーションに出すこともできるのだが、とりあえずは次回の資源物の日に出すことにした。ー

今朝の最低気温は今のところマイナス7.5度。資源物を出しに行った時に行きあった近所の人と「寒いですね」「寒いねー」という会話などした。

麻生太郎「自由と繁栄の弧」:20年前と比べて日本人の自己像はより傷つき、外交への期待はより高まっている/高市首相の熱弁と物価高対策/急激な冷え込みと大寒

Posted at 26/01/20

1月20日(火)曇り

昨夜は夕方実家に戻り、6時から高市首相の解散を説明する記者会見を見て夕食を用意し、7時のニュースを見ながら夕食を食べて、8時過ぎにはうたた寝をしてしまい、目が覚めたら10時半だったのでとりあえず歯を磨いて着替えて就寝。起きたら4時。居間に降りてきてMacBookAirの準備などしてからブログ/noteを書き始めた。気温を見ると、7度。二度見したが、どうやら正しいようだ。この時期にしては高すぎる。そんなに暖かくは感じないのだがなあと思いながら、それでも昨日東京から戻ったから寒く感じるのかもしれないとも思う。昨日の東京はかなり暖かくて、出歩いていたら汗をかく感じだった。

と書いたところでガスを消したかどうか気になってしまい、東京ガスのマイツーホーに問い合わせたらメーター内にガスは流れていないということだったので大丈夫のようだった。

昨日からの流れで特に暖かくは感じないかなと思うのだが、外に出たら確かに寒くなくて、車には雨が降った後の水滴がついていた。今日は大寒である。

昨日はブログ/noteを書いた後歩いて出かけて、駅前の郵便局で記帳し、三井住友銀行でお金をおろし、文教堂で「キングダム」78巻を買い、UFJ銀行で記帳してから区役所に行って書類を出し、住民税を払った。そのまま歩いて家の前を通り過ぎて東の方の図書館近くの和菓子屋で塩サバ弁当を買って帰った。バス停にして10個分くらい、総計1時間くらい歩いた。東京はやはり自転車がある方が便利だなとは思う。

ここまで書いてから車で出かけ、作業場で少し用事をして、燃えるゴミを出しに行ってセブンに行って電気代を払い、インター近くのスタンドまで行ってガソリンを入れて帰ってきた。

昨日の話に戻ると、昼食を食べてから出かける準備をし、駐車場を出たのが2時半ごろ。それからローソン併設のスタンドでガソリンを入れた。地元はそんなに混んでなかったが首都高に乗ってから断続的に混んでいて、昨日は割と勘が悪くて進まない方の車線に入ってしまうことが多かった。2時台3時台は首都高は比較的空いているはずなのだが、何かあったのだろうか。石川PAに着いたのが3時40分過ぎだったから少し混んだかなという感じではあったが。

そのあとは基本的には順調で、途中境川PAでトイレに行き、地元のインターを降りて近くの書店で本を少し見てスーパーで買い物をし、実家に着いたときには6時ギリギリだった。

***

https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015030311000

高市さんのスピーチはほぼ聞いたが、解散総選挙に向けての思いに熱弁を振るったという感じだった。ただ難しいのは物価高対策かなという気はした。政府がやれることは限られていて、ガソリン暫定税率の廃止、ガス代電気代の補助の復活、あたりはすぐにできるにしても食料品にかける消費税の2年間限定の廃止などはそうすぐにできるかわからないし、実際のところどのくらいの効果があるかはやってみないとわからない。プライマリーバランスはプラスにした予算だというが、積極財政という言葉が一人歩きして長期金利が上昇している面もあり、この辺りの対応はもう少し発言の方向性の調整があった方がいいのかもしれない。基本的には国民のマインドを積極的な方向に向けることを意識しているのだと思うが、市場はそうシンプルには取らないということなのだろう。

いろいろ手詰まりであるのは野党側も同じであることは確かなので、なんとかこの線で高市内閣が過半数の議席を取ることを望みたいとは思っている。党が増えた分は有権者の選択肢が広がったということはあるが、逆に議院内閣制の性質を理解していないのではないかというツイートも多くみられて、とりあえずはしっかり自民党が選挙をやってくれることを期待したい。

***

https://amzn.to/4sPunuw

麻生太郎「自由と繁栄の弧」(幻冬舎文庫、2008)。まだあまり読めてないが、この本は基本的には麻生氏が外務大臣時代(2005-2007)に各所で行った演説を集めたものだ、ということらしい。それらを集めて章立てして各章冒頭にその解説を付し、それらに「はじめに」と「あとがきに代えて」、弘兼憲史氏の解説を付した、という作りになっている。

「はじめに」では「近年国民の外交に対する関心が高い」という印象を受けていて、明治から昭和にかけての時期が念頭にあるのかと思うが、それが必ずしも良いことなのかという懸念を表明した上で、いや、国民の外交への関心は確かに理由のあることなのだ、とそのポイントを三つに分けて整理している。

一つ目は「日本が歴史の曲がり角にあるという認識を多くの国民が持っている」ということ、二つ目は「日本人は新たな自己像を持ちたいと切望している」ということ、三つ目は「拉致問題など理不尽な現実に対する憤りがある」ということ、だと整理した上で、様々な問題について「日本には伝えるべき信条があるが、言葉として伝えなければ信条とみなされないから、今後はこれまでにも増して我が国外交の目指すところを論じ、国内外に伝えていくことを努力する」としていて、その中で重要なものをまとめたものだ、ということのようだ。

麻生氏が外務大臣であった時代は今から20年前で、当時の内閣は小泉内閣から第1次安倍内閣だが、例えば2006年1月当時の各国の指導者はアメリカがブッシュジュニア、ロシアはプーチン(その後一時メドヴェージェフに交代するが実質的にはずっとプーチンだろう)、中国は胡錦濤、韓国は盧武鉉、北朝鮮は金正日、台湾は陳水扁といった顔ぶれで、やはり20年もするとかなり世界は違うなとは思うが、日本は景気回復基調にあると言われてはいたけれども実質的なデフレが続いていて、失業率も4.1%と高止まりしているので、今のような人手不足状況とはかなり違う。デフレの中でも明るい兆しもあった、という感じだろうか。当時はまだ中国のGDPは世界4位であり、日本はまだ2位だった。自衛隊はイラクに派遣されていたが、2006年の6月にはサマーワから撤収する、というような状況である。

戦後の日本人のアイデンティティのかなり重要な部分を占めていたと今では思える「経済大国」としての地位は、ジリ貧ながらもGDP世界第2位ということでかろうじて保たれていた一方で、深刻な就職不況、「就職氷河期」の時代が続いていて、安倍内閣の元で「再チャレンジ担当大臣」が置かれるなど、雇用状況が深刻さを増していた時期でもあった。その後リーマンショック、民主党政権、東日本大震災ときて日本経済の深刻さが増し、日本経済全体の底上げを図るアベノミクスが実施されることになったが、雇用問題は抜本的に解消されず、現在までそれが引きずられてきているというその面でもある種の分水嶺の時代ではあった。

この時期の問題意識はそのまま現在まで同様かと言えば違う面も当然あるだろう。「日本は歴史の曲がりかどにある」という意識はおそらく現在の我々も多くの人が持っていることだと思う。「日本人の自己像」への希求というのも当然あるのだが、中国にGDPで遥かに抜かれるようになった今はその自己像はより傷ついたものになっているように思う。そういう意味で望ましいそれへの希求はより切迫したものになっているのではないか。これは今まで読んでいた先崎彰容「知性の復権」で触れられている通りだと思う。

「日本が置かれている理不尽な状況への憤り」というのは、なんというかそれをもう通り越して北朝鮮だけでなくロシアや中国に対して現実的に警戒心を持って備えなければならないという意識が深まってきているように思う。憤りという点ではむしろ、インバウンドの外国人や移住外国人に対する生活上の軋轢という形で対外問題、外交問題であるだけでなく内政問題にもなってきているわけで、それが参政党や保守党などの右派勢力の伸張を招いているわけである。こうしたことはおそらく20年前にはあまり予想できなかったことではないだろうか。

そういう意味では国内外の問題に対して、外交への期待はより高まっているのではないかと思う。

当時との状況の変化を意識しながら読むとまた意味が深くなるようにも思ったので、結局文庫をマケプレでポチった。まずはしっかり借りてきたものを読ませてもらって、読みきれないところは届いてからしっかり読もうと思う。

***

8時の気温が0度。朝方どんどん冷え込んでついに氷点である。寒冷前線が通過してシベリア高気圧が張り出してきたということだろう。寒い。予報を見ると金曜日ごろから来週にかけて、マイナス10度台の冷え込みの日が何日もあるようだ。これからが大寒本番ということだろうか。


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