「ふつうの軽音部」96話:「恋は人を強くする」/作者同士のやりとり/鳩野が久しぶりに歌った/総選挙のテーマは国民生活もあるが第一に外交安全保障/候補者の若返りと女性進出
Posted at 26/01/28
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1月28日(水)晴れ
昨日は午前中ブログ/noteを書いた後、懸案を片付けようと思って各所に電話したら思ったより簡単にスムーズに話が進みそうなのでかなり安心した。それから銀行に行って記帳して、西友で買い物をしてクリーニングを出しに行き、帰ってきて昼食。疲れが出て午後は少し横になっている時間があり、作業場に行って漫画の整理をしようと思ったのだが肝心の整理リストを忘れたのでただ横になって音楽を聴いていた。出かけるのが思ったよりバタバタの時間になってしまったが1000円札が足りないということがわかったのでもう一度銀行へ行って6000円だけおろした。
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https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913779623046
25日に更新された「ふつうの軽音部」の96話「大嘘を歌う」を何度も読み返し、また感想が書かれたブログやnoteなどを読んだりもするのだが、今回はいろいろと反響が大きいようだ。やはり作中で主人公の鳩野が歌うと反響が他の回と全く違う感じがする。私自身も実際に受けるインパクトが全く違うのでやはりすごいなといつも思う。
今回は元歌を歌っておられる「忘れらんねえよ」の柴田さんがTwitterで直に感想を述べ、それにマンガ原作者のクワハリさんが答えるというやりとりがあり、なんというかお互いの真摯さがすごいなと思った。
https://x.com/wasureranneyo/status/2016135961151996294
https://x.com/kuwahali/status/2016169669435261119
この曲はもちろん素晴らしい、というか凄いのだが、そんな個人的な動機で作られたものだとは思っていなかった。MVも「この人たちモテないだろうな」と思うアイドルオタクの男性たちが総出演という感じで、これはオタクを消費的に扱ってるのではないかという意見もnoteにはあったが、消費とかへったくれとかはどうでもよくて、「愛を持つ」ということ、「愛を伝える」ということがとにかく凄いことなんだ、というメッセージが強く伝わるものだった。そしてその結果「速攻爆死する」こともめちゃくちゃありそうだということは、自分自身が爆死経験が何度かあるからよくわかる。また、この人たちにこの勢いで来られたら女性の方は怖いだろうなということもわかる。いわゆる「恋している男のキモさ」ということそのものがテーマになっているのが凄いなと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=uU-Ui0aPT3c
主人公鳩野は女子だから状況は違うのだが、自己認識としてはそれに近いものがあって、水尾のことが好きな自分を「キモい」とか「殺してほしい」とか言ったり喚いたりする。これはある意味「恋している男」が鳩野に投影されているわけだけど、それをストレートに男で表すのでなく「ふつうの軽音部」の主人公の「迫力あるボーカリスト」である「鳩野ちひろ」が歌うことで昇華される部分があり、その愛の純粋性のみが剥き出しになるという仕掛けになっているわけである。
この形を変えた告白のような歌唱の結果がどうなるのかは「わからない」わけだが、作中でドラマーの内田桃が言うように、結果がどうであっても「きっとはとっちは強くなる」と思われるわけで、そこが信頼されるところでもあるのだなと思う。そしてそれは、その強い気持ちを持つ男子たちにとっても、その人のことを本当に思い、やることをやった上での恋とその告白なら、結果がどうあれ、その人が傷つくだけではなく、強くなれるよ、と言うメッセージでもあるわけである。まあまずは恋人になる以前に仲良くなる努力をしないといけないのは言うまでもないし、それをしたところでうまくいくとは限らないのは当然のことなのだが。しかし、この恋がうまくいくといいなと読者みんなに思わせるところが、この96話の評価にもつながっているのだろうと思う。
そう言うわけでこの作品は「軽音部」を舞台にしていることもあり、いわゆる邦ロックが色々なキャラクターによって歌われ、特にライバルバンドの「プロトコル」の鷹見が歌う曲は読者の注目を集めるし、私も好きな曲が多いのだが、やはり鳩野の歌う曲は何か違う感じがする。それで、作中で鳩野が歌っている曲を取り出してiPhoneのmusicで「鳩野ちひろ歌唱曲」と言うリストを作ってみた。カウントしてみると、この「アイラブ言う」でちょうど20曲目である。
1 andymori 「everithing is my guitar」 1巻8話
2 Hump Back 「拝啓、少年よ」 2巻13話
3 あいみょん 「君はロックを聴かない」 2巻15話
4 ナンバーガール 「透明少女」 2巻16話
5 syrup16g 「生活」 2巻17話
6 ACIDMAN 「赤橙」 2巻18話
7 スピッツ 「スピカ」 2巻20話
8 a flood of cirdle「理由なき反抗(The Rebel Age」3巻25話
9 Mr.Chilrdren 「名もなき詩」 3巻28話
10 ELLEGARDEN 「ジターバグ」 4巻36-7話
11 THE BLUE HEARTS「リンダリンダ」 5巻40話
12 andymori 「16」 6巻50話
13 サバシスター「覚悟を決めろ!」 7巻60話
14 ナンバーガール「IGGY POP FAN CLUB」 7巻61話
15 東京事変「閃光少女」 7巻62-2話
16 GLAY「誘惑」 9巻76話
17 くるり「ばらの花」 9巻77話
18 POLYSICS「Let'sダバダバ」 9巻82話
19 DOES「曇天」 9巻特別編(ジャンプ本誌出張版)
20 忘れらんねえよ「アイラブ言う」 未収録、おそらく11巻96話
と言うリストになるのだが、2巻と3巻に曲が続いているのは初ライブで失敗した鳩野がボーカル修行を思い立ち、永井公園で毎日弾き語りをすると言う修行パートで歌われる歌が並んでいるからである。逆に話が進行してくると、鷹見の回想がメインになる8巻では歌う場面がないし、まだ出ていないが3月4日発売予定の10巻も鳩野たちの谷九高校と同じ中学だった巽レイハの七道高校との合同ライブの場面とレイハや水尾の過去話が展開するのでやはり歌う場面がない。つまり、今回の「アイラブ言う」は満を持して、というか、鳩野ファンにとってはなかなか歌わない飢餓状態に読者が置かれた中でついに歌った、という曲でもあるので、そのカタルシスたるや、ということになっている面もあるのだろうと思う。というか、私はそうだった。
で、私はもともと車の中とかではたまにラジオをつける以外はほとんど「ふつうの軽音部」関連の曲を聴いているのだけど、このリストで聞いてみるとかなり純度が高いというか、マンガの場面も鮮明に思い出せるし、やはり主人公力というものはすごいなと思った。このマンガのファンの方にはぜひお勧めしたいリストである。次回の更新も待ち遠しい。
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総選挙が告示され、街頭演説や選挙運動も本格化してきた。投開票が2月8日だから選挙運動期間は後11日。まさに短期決戦で、逆に言えば各自治体の選挙管理委員会は準備に大童だし、投票用紙等の印刷もまだ終わらないうちに期日前投票が始まるという事態になっているようである。私も週末は東京に帰る予定なので、その日程で期日前投票を済ませてこようと思っている。
今回私が投票する東京15区(江東区)は6人が立候補していて、うち4人が女性である。江東区はもともと保守地盤が強いところなのだが、近年は保守政治家同士の激突や自爆によって山崎・木村・柿沢と言った有力候補が退場し、前回は立憲の酒井氏が当選し、3位の自民の大空氏が比例復活している。大空氏も「あなたのいばしょ」というNPOをやっていた人だから従来の保守政治家とは全く違う。
今回は中道に加入した酒井氏と自民党の大空氏が中心となる争いで、他に参政・維新・国民・減税日本ゆうこく連合の候補が出ているというオールスターキャストの感がある。社民・共産・れいわが出ていないのでリベラル・左派票はかなり酒井氏に集中することが予想はされるが、公明の支援を受けることを従来の支持者がどう評価するかという問題もあるようには思う。少し前の江東区の選挙を考えるとかなり様変わりした感があり、ある意味豊洲などの湾岸の住民の意向に近いのかなという気はするが、元々は下町なのでしっかりした保守が出てきたらどうなるかはよくわからない。最後に出てきた減税日本ゆうこく連合の吉野氏は元は参政党の共同代表も務めた人らしく、参政党の候補との間でどう票が割れるかという問題もありそうだ。
で、候補者の年齢は最後に出た吉野氏を除けば一概に若く、大空氏が27歳、国民の深見氏が32歳、中道の酒井氏が39歳という主要候補の若さである。吉野氏が58歳、参政の鈴木氏が46歳と平均を上げているので平均年齢は40歳を超えたが、少し前の江東区の選挙では考えられない若さで、シルバー民主主義とはどこの話かという感じではある。
そのほかでも東京13区(葛飾区)の候補者は国民の候補が31歳、自民現職が35歳で平均は30代になっていて、若い政治家(候補者)は多いなというのが印象である。逆に実家のある長野4区は現職の自民議員が70歳で国民・共産の新人がそれぞれ46歳。まあこのくらいが標準的な選挙区だろうか。特に都市部においては女性進出・若返りが進んでいるという印象が強い。
もっとも今回の選挙戦での争点は政治の若返りとか女性進出とかののんびりしたテーマではなく、物価高対策とか労働者の手取り増加とかの国民生活の問題ももちろんあるけれども、財務省の単年度予算主義を是正した上での国民・国土防衛のための外交安全保障政策など、大変な国際情勢の変化への対応が急務だろうと思う。中国での政変はかなり深刻なもののようだし、イランの国民虐殺やロシアのウクライナで非人道的な作戦も問題だし、ヨーロッパはグリーンランド問題で大騒ぎだが、トランプが再構築しようとしている世界像がどこに落ち着くのかがよくわからないところが大きく、その中ではやはり強力な指導力を持つ政府が望まれるのは言うまでもない。朝日新聞やれいわが「高市首相は白紙委任を望んでいる」云々と言っているのは「支持率下げてやるww」の足の引っ張り方の表れであるが、どちらにしても強力な政府指導部ができないとこの難局を乗り切るのは大変だろうと思う。
できれば自民党が過半数をとって維新と合わせて安定多数を取るくらいの勢いがあると良いのだが、ここにきて中道野田共同代表の統一教会との関わりが取り上げられてきたり、流れとしては自民有利な方向性が作られつつある感じがあって、なんとかなるといいなとは思う。しばき隊や立花隆氏のような撹乱要素がどちらかというと押さえ込まれている感じがあるのも今回の選挙の重要度が反映されている感じはする。
短い選挙戦だが、ここ数年の日本の命運をかける選挙でもあると思うので、自民党にはしっかり頑張ってもらいたいと思う。
生きるのに消極的である気がして、「積極性」について考えた:三つの積極性とその分析/「国際法秩序の危機」とロシア、イラン、中国の危機/なかなか凍らない湖
Posted at 26/01/27
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1月27日(火)晴れ
今朝も冷え込んでいる。今のところの最低気温はマイナス6.8度。このくらいだとだんだん普通になってきた。ただ、この程度だと諏訪湖は凍らないことが多い。マイナス9度くらいが二日ほど続き真冬日もあったので「全面結氷」という話はあったのだが、さて。
懸案事項があってそれを考えていて、今朝起きた時にいろいろ考えて、「本を書き始めよう」ということを思った、というのはつまり何を書くかは決まっていないのだが、まず書き始めようと思ったわけである。昨日の知情意の話でいけばつまりは知性や情動よりもまず意思から動かそうということなわけだが、それを考えていて、最初に書いた懸案事項のことも含めて、自分が世の中に対して消極的になっているな、と思った。世の中に対して消極的になっていたら商売が順調に進むはずはないよなあと思い、前に出ようという意識が必要だな、とか思ったりした。
さらに考えていると、実は今自分は生きることに消極的になっているのではないかと思い、流石にそれはないのでは、とは思ったが、「なくはない」程度はそういうものもあるがそれほどは気にしていないなと思った。
昨日必要書類を探していたのだが出てこないものがあって、これは書類の整理が悪いということもあるのだけど、自分が積極的にちゃんと整理していない、その書類の関係することに対しての姿勢が消極的だ、ということでもあるなと思って、そういう書類整理をもっと積極的にやらないといけないなと思った。
そこまで考えてから今日は燃えるゴミの日なのでゴミをまとめて軽で出かける。作業場に行ってゴミを見たがほとんどなかったのだけどひめくりが22日になっていて、この4日間ほぼ作業場にこなかったということに思い当たる。日めくりの4枚だけゴミ袋に追加してさらに出かけてゴミを出し、お城の近くのファミマまで走ってエビアンとBOSSのカフェオレを買って帰ってきた。
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車を運転しながら、「そういえば積極性とはなんだろう」と考えていた。「積極性」というのは知情意でいえば意思、それが強くなれば意志ということになるかと思うけれども、プラトンはこれを「気概」とも表現していたなと思ったり。
そういえば「知性」というのは様々な形や方向性があるし、「情動」というのもまたさまざまな感情や衝動があるわけだけど、「意思」というの強いか弱いかしかないのかな、というようなことを考えていたのだけど、やりたい、やろうという気持ちも積極的なときは強く、消極的なときは弱くなるわけだが、何かをやろうとすることは自分だけでやる場合もあるけれども他人と関係しながらやることも多いわけで、その辺で意思の形や方向性を考えることができるのではないかと思った。
1つはやろうとする意思、これはつまり「自発性」ともいうべきもので、自分からやりたい、やろう、と思って動き出すことである。
やりたくなくてもやらなければ、と思ってやることもあるが、やりたくないのにやっているとかやらされていると思い始めると被害者意識が出てきて良くないので、それはやめるか気持ちを変えるかしたほうがいいのだが、最近はここが切り替えられない話が多いなとは思う。まあ最近に限った話ではないけれども。
そういう形で意思なく動く、というのは知性や情動も歪めるのであまり望ましくはないのだが、「独裁体制」や「空気の支配」があるとそれに拘束されてしまうのも確かである。こういうものに対する対処は「やめるか耐えるか積極的に参加するか」のどれかなのだが、プラスの意味があることなら耐えたり参加したりする意味もあるが、「いじめ」とかなら早期に離脱したほうがいいわけで、しかしなかなかそうもできなかったりすることもあることはわかる。
今書きたかったことはそういうことではないので話は戻すが、「自分がやりたいからやる」というのは自分の範囲内であれば他者への影響はそんなに大きくないから、他者からの関係性もそれをバックアップするとか支援するか、ないしは邪魔し妨害するということになるだろう。普通は「特に関わらないし意識もしない」という関係性が一般だとは思うが。これは例えば何かを勉強するとか試験を受けて資格を取るとか研究するとか、自分で楽器を練習するとか詩を書いてみるとか毎日走ってみるとかそういうことが主だろう。自分でできることを自分でできる範囲でやることの自発性みたいなことが積極性や意志というものの一つの基盤としてあることは確かだと思う。高市早苗総理大臣が夜の会合などに出かけずに家で政策の勉強をしているというのもそういう意味ではこの自分の中での自発性を重視しているというふうに言えると思う。
積極性の2つ目は他人と関わろうとする意思、関係性ということになるかと思う。世の中というものはさまざまな関係性で成り立っているわけで、自分がどれくらい何をできるかに関わらず、人と関わらないで生きていくことは難しい。自給自足のロビンソンクルーソーのような生活が、お金さえあれば最小限の人との関わりで生きていけるのが現代の都会であるというふうにも言えるのだけど、それでも何かしら人と関わらないで生きていくことはできないわけで、誰かに何かを頼まれたり、職場で新しい仕事を引き受けさせられたり、注文を受けてそれに答えたり、みたいなことは当然ながらあるし、例えば町内会の仕事であるとか勉強会であるとか選挙運動であるとかそういうものに「参加する」という意味での関係性で、これはいわばすでにあるものに関わる、ある意味受け身でも成り立つ関係性への意思ということである。
これはだから自分が参加を表明してそれに参加して動くが、場合によってはそれから離脱することも可能なわけで、例えば「会社に就職」して給与ないし賃金をもらって働くというのもそういうものだろう。これも当然ながらそれなりの、場合によってはかなりの意欲が必要なものであって、この積極性が一生続くとは限らないから、途中で退職したり引きこもったりということになったりするわけである。
この他人との関係性は言葉を変えていえば社会性ということであり、群としての人間、空気を読みながらお互いに役割を果たしていくことで社会を維持する能力みたいなものがある程度以上の割合の人間が持っていることで安定的に社会を運営できるわけだから、これはある意味人間存在にとってかなり必要な能力だとは思うのだが、上に述べたように人との関係を持たなくても生きていけるような社会的な仕組みが整ってきたりすることでその参加性が落ちてきたということも言えるだろうと思う。
前近代社会の多くは共同体社会であってその共同体の人間関係の稠密さによって共同体が維持されてきたのが産業革命と都市化によって民衆が解体されて大衆になることによってその参加的な積極性の必要が薄れてきているというのが一つの現代の危機で、非婚化・少子化なども基本的には同じ傾向のものだろうと思う。
基本的にこれが最もうまく行っている形というのはフォロワーシップともいうべきもので、そこでの関係性をリードする人をうまくフォローしながら協力してより良い形に持っていくというのが「参加性」の最も理想的な形だろうと思う。
ということで、つまり三つ目は、自分でやるだけでなく、自分が参加するだけでなく、人を自分のやりたいこと、自分の意思に積極的に関わらせようとする意思としての積極性というものがあるだろう。つまり、受け身ではなくより主体的に人と関わっていくということで、つまりはリーダーシップということになるかと思う。
もちろんフォロワーシップが最もうまく行ってる形というのはリーダーと二人三脚みたいになるし、そうしたフォロワーシップがリーダーシップと区別しにくいものではあると思う。これは例えば民主主義の最もうまく行っている形であって、十分リーダーとしても振る舞える資質を持った人がフォロワーにまわり、プロジェクトや政治や会社を成功させ、時期を見て自らリーダーとして立場を変える、というような形だろう。つまり、多くの人がリーダーとしての思考ができることが民主主義社会の前提になっているわけだから、この辺りは大事なことだろうと思う。
ただこのリーダーシップを取る形での積極性というのは資質というか能力のようなものはある。まあそれは言い出せば自分で頑張るという意味での積極性においても頑張ることが得意な人もいれば得意でない人もいるという意味では資質のようなものはあるわけで、「参加する」という意味での積極性はより多くの人に要求されるけれどもやはりそのことがあまり得意でない人がいるのも事実だから、「意思」においても資質の強弱とか優劣というものはどうしても仕方のないことではあるだろうと思う。
これは「知性」において多様であるだけでなく得意不得意もあり、また「情動≒感性」においても感情の豊かさや感性の広さ、発想の豊かさなどにおいて明らかに多様なだけでなく強弱や優劣も存在することと変わらないだろうと思う。
ただ、より多くの人に関わるものとして、このリーダーシップの、つまり「指導者としての」才能というのはクローズアップされやすい。指導者にも独断専行型の指導者もあれば対話型の指導者もあり、知性と発想の冴えで人を引っ張るタイプもあれば「強さ」を見せることで人について来させるというようなタイプもある。
このリーダーシップというのは「やりたいことがあるからこうする」という自発性先行型の場合もあれば「権力そのものが目的」という「権力への意志」型の場合もあり、行動体としての創設者は「やりたいこと先行型」であっても後期になると「権力そのものが目的」型のタイプが力を持つようになりがちということはあるだろう。
最初に戻ると、「関わらせようとする意志」を実現するためには概ね三つの方法があって、一つは共感によって、一つは利益によって、もう一つは権力によって実現する、ということになると思う。一番容易で一般的なのは利益によって、つまりお金で人を動かすことで、この一般的な形が「賃金を払って人を雇って働いてもらう」ということであるし、お金を払って業者を雇って働いてもらう、ということでもある。これは近代資本主義社会では一般に一番感情が関わらないでできることであるが、前近代社会だと逆に水臭いと言われたり金で人を動かそうというのかと反発されたりすることもあるから、最も一般的と言えるかどうかはわからない。
共感で人を動かすというのは一番大きいのは宗教運動や社会運動だが、身近では友情とか愛情とか親近感とかそういうもので人を動かすということだろう。政治運動なのではその政治家の姿勢に共感して動く、というのがこれだけれどもこの党の主張が実現すれば自分の生活がより豊かで安定し、安心なものになると思って投票するのならばある意味利益に動かされたということになる。権力によって、というのは市民社会においては原則的に市民社会の安寧に反する行動に対して警察権力が行使されるとか教室でのそういうものを脅かす行為に対して教育的指導が行われるとかそういうことだが、この辺りはもちろん権力側の(制度面も含めての)匙加減でかなり変わってくる。ただより権威主義的な、より独裁的な政体になればより強硬に市民や国民の意思を権力的に統制しようということになってくるわけである。
こうして考えてみると意思の形というのも強弱だけでなくかなりのバリエーションがあることがわかってくるし、法や政治というものがどれだけ意思に関わりのあるものかというのも理解できてくるなと思った。知性や情動についても考えてみるといろいろ思わぬところに話が広がりそうで、面白いかもしれないと思った。
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そのような意味で、積極的な権力主義的な意思によって運営されているのが権威主義国家だと思うのだが、それらの代表であるロシアや中国やイランにおいてかなり危機的な状況が訪れているように思える。
もともと、「国際法」秩序に基づく欧米主導型の国際関係が崩壊しつつあるというのは指摘されるようになってきたし、今までその主導的な地位を保ってきたアメリカ合衆国が率先して国際法秩序に基づく国際関係に異議を唱えるようになってきたことが、大きなショックを持って特に欧米、EU諸国やカナダによって語られるようになってきている。
しかし、ミネソタの移民取り締まり問題やグリーンランド領有問題でアメリカの国論も分裂が強くなってきている(もともとトランプの再登場自体が国論の激しい亀裂がもたらしたものだが)だけでなく、ロシアではウクライナ戦争の占領政策の非人道性が語られたり、人的な激しい消耗について語られるようになってきていて、またイランでも反政府デモが反イスラム・反シーア派の運動にまで発展し、イスラム革命政府によって強権的に押さえつけられたようだが、この動きが容易に止まるとは思えないという状況になってきている。
また中国でも内情が本当にはわからないが、軍部のクーデタ的な動きによって習近平体制にかなり深刻な亀裂が走っているらしいこともいろいろな形で伝わってきている。
従来の欧米中心の国際法秩序というのは冷戦崩壊後の自由主義的・自由経済主義的なグローバリズムの進展と表裏一体をなすものであったわけだけど、逆に言えばそれはアメリカが自国の世界一旺盛な市場を中国やヨーロッパなどに提供することでアメリカ資本主義の発展を図っていたのが、市場開放によるアメリカ産業の空洞化のもたらした深刻な国内の亀裂がアメリカを内向きにさせ、アメリカが積極的に関わる範囲を西半球に限定する一方で世界を大国認定した核保有国のロシアや中国と按分していき、その他の国々に対しては「自力で備えよ」という方向の思想が基本的に働いているように思われる。
とはいえアメリカ市場を中国に侵食されたことでトランプやアメリカの政治家の反中国感情はかなり強いように思われる。またヨーロッパに対する反発が強いのは、アメリカの市場を利用してきたのに防衛を一方的にアメリカに頼っているという不満がトランプにあるからで、市場もやらん(関税政策)し防衛もしない(ウクライナでのロシアとの妥協)し、これからの中露との大国間対立に備えるためにグリーンランドを要求する、ということになってきているわけである。
これらの大国中心の世界観はおそらくプーチンとも共有されている部分が結構大きいと思うのだが、中国はロシアはまだ御していけると見ている感があるが、アメリカに対してはまだコミュニケーションがまともに取れていない感じがする。
だから日本や台湾など米中間にある国に関してはアメリカは「自分でやれ」と「アメリカが関与する」の間を動いている感があって、いまだにグローバル支配の観念が強そうな米軍当局は台湾や沖縄防衛、中国に対して一気に鎮圧できる体勢の維持に余念がない感じがする。その辺でまだ日本はアメリカをある程度信頼しておける面はあると思うが、世界のどこかでのバランスの変化によって日本にとって不利な状況がやってくることは十分考えられるから、アメリカの力を借りずとも国土を防衛できる体勢の構築が急務であることに変わりはないだろう。
いろいろな政治勢力から「日本再生」が唱えられているが、今必要なのはまさに「Make Japan Great Again」な政策であることに間違いはないだろう。カナダの首相がミドルパワー連合を唱えているが、これはどうも私には第二次世界大戦の時の英米の超大国に対抗する日独伊のミドルパワー連合のように見えてならないし、また権威主義諸国も上に書いたように崩壊可能性もかなり高まってきているので、ここ数年の動向が外交でも防衛でも肝になってくるように思う。綱渡りの場面も出てくるかもしれないが、外交の舵取りを誤らずにとってもらいたいものだと思う。
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昨日は午後書類を探して押し入れをひっくり返して格闘した後、諦めて出かけて銀行で記帳したあと図書館で本を返却し、それから諏訪湖畔へ走って諏訪湖 サのスマートインターからの連絡道路が湖周線と接続するところにできた湖畔テラスの道の駅に行ってみた。先日母を松本に連れて行ったときに周囲のコンビニに車椅子で使いやすいトイレがなかったから少しみてみたかったのだが、店内もきれいだし屋上にも階下にも諏訪湖が見えるテラスがあり、車椅子トイレも使いやすそうだった。屋上で諏訪湖を見たが全面結氷のニュースはあったけど結構もう溶けていて、昨日は最高気温が0.1度だったからそのくらいになるともうダメなんだなと思ったり。ココアを買って飲んだが美味しかった。
その後湖を半周して岡谷に行って、書店で書類整理用のファイルを買い、ユニクロで長袖Tシャツを買おうと思ったが思った価格のがなかったのでやめ、夕食の買い物をして近くのしまむらまで走り、長袖Tを買ったのだが、どうもこれも思ったのと違った。もう暗くなっていたのでしまむらの入り口がよくわからず結構遠回りになった。
夜は帰ってきて7時のニュースを見ながらご飯を食べ、少し横になったらいつの間にか爆睡してしまった。12時ごろ起きてジャンプラの更新を見たが「ダンダダン」が更新されてなかったので入浴して髪を洗い、乾かしてから寝た。寝つきも悪かったし眠りも浅かった気がする。まあそんなこともあったので朝は意思であるとか積極性であるとかについてずっと考えていたりしたわけだが。
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今日は衆議院総選挙の告示日。まだ積極的に分析するほどの意識がないのだが、今回は自民党が勝たないとまずいことだけは確かだろう。
「全体状況」は視点により変わる/「知」への偏りと「情・意」との付き合い方/「身口意」と呼吸:介在するもの/「ふつうの軽音部」「正反対な君と僕」「豊臣兄弟」/総選挙雑観:高市首相と大阪の自維対立
Posted at 26/01/26
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1月26日(月)晴れ
今朝も冷え込んでいるが、雪は降っていない。ただ昨日が結局真冬日だったので、雪かきがなされているところは雪はないがなされていないところで日が当たらないところはそのまま残っている。今朝の最低気温は今のところマイナス9.4度だが、まだ下がる可能性はあるだろう。
朝一度起きたのは4時前だったが、トイレに行ってからもう一度床に入り、頭や目に行気をして少し休め、起きたのは5時ごろだった。それから少し支度して出かけ、ジャンプ・ヤンマガ・スピリッツとボスのカフェオレを近くのセブンで買い、職場にものを取りに行って帰ってきた。
頭の中の整理ができていないなと思ってまず全体状況の把握から、と言うようなことを考えていたのだけど、全体状況というのはとりあえずは今自分を取り巻く「全体」というか、自分がやりたいこと、その他守備範囲のことを捉えるということになるが、その中には世界の全体状況を考える、みたいなこともあるわけで、その意味では「全体状況」と言っても何をテーマに、そしてどこを中心に考えるかによって何が全体かというのが変わってくる。自分の関心領域という意味では関心領域全体の中で世界の全体状況は個別状況になるわけで、その辺をきちんと整理することが大事だなと思う。
自分を取り巻く状況というのを考えても、自分の人生の全体状況と個別状況という問題設定と、自分の今日の全体状況と個別状況というのでは捉え方が変わってくるわけである。この辺は実は自分の中で結構混同されてきたことなので、ちゃんと整理しておかなければならないと思う。
これは例えば日本を主体に考えれば、世界の全体状況というのはある意味個別状況であり、日本の社会問題とある意味並列的に取り扱われる部分がある。もちろん世界の全体状況を主体的に考えれば日本の状況は個別状況になるわけだけど、そこもまた我々は日本にいる日本人なので、それに重点が置かれるのはある意味当然であって、アメリカにいるアメリカ人が考える状況とはもちろん重なる部分は多いにしても違う部分も多くなってくる。世界がデフォルトで存在するわけではある意味なくて、そこにはある意味での自然科学でいう「観測者問題」が起こってくるわけである。
だから当然ながら西欧人が構想する世界史と日本人が構想する世界史は大きく異なってくるし、これは極端に言えば個人によって捉え方が変わることもある意味当然なわけである。そこを共有していくことで世界史の全体像が形作られては行くが、そういう意味で「完璧な世界史」というものは存在しないということになる。
だから自分なりの世界観というものは当然あるわけだけど、それがどの程度客観性があるかとか、他人と共有可能であるかとか、異文化の人と共有し合えるかとかは、そう簡単なことではない。それこそ造物主がこの世界を作ったという世界観と自然発生したという世界観は根本で対立するわけだから、そこにおける「ルール」の考え方もまた変わってくるだろう。その辺はおそらく「例えば自由はリバティか」に書かれているような問題とつながってくるのだろうと思う。
まあ、頭がごちゃごちゃするから現在の自分の全体状況を考えて、ということを考えているうちに全体状況と言っても色々だよなと考え始めてそんなことを考えていた。まあそこはそれなりに整理はできたが、自分の今の全体状況の把握はこれからである。
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で、自分自身の問題を考えているときに、最近思ったことで割と頭で考えると妥当かどうかかなり迷うことでもこれはこうすべきだ、ないしこうするのが正しいというのが客観的にはわからないが主観的にはそうだ、みたいなことを迷いながら実行してみて結果的にその方向もありになりそうだ、ということがあった。自分は割と知性偏重というか考えて正しいとかこれだと思うことについても、他の面から考えるとこういう可能性もあるしああいう可能性もある、となってしまって踏ん切りが遅い、という部分があったのだが、見切り発車せざるを得ない状況で動いてみた、ということがあり、知性と意思の葛藤、みたいなものだなと思ったわけである。
それで、そういえば「知情意」という言葉があったのを思い出し、知、つまり考えていることと情、つまりそれに対する気持ち、それから意、つまりやりたいこと、というのが一致していると行動はしやすいな、ということを思ったわけである。知情意の一致とでもいえばいいか。
そしてこれは人間のタイプにも当てはまるなと思って、エニアグラムや野口整体の体癖のことなどを思い出していたのだが、例えば知情意のうち知=考えが強いタイプはいろいろ考えて決断が遅れがちになるし、情=気持ちが先に立つタイプは決断が歪みがちになるし、意=やりたいことが先に立つタイプは決断が拙速になったりフェイルセーフが見落とされていたりしがちになる、みたいなことはあるなと思った。
同時に、考えてもよくわからないけどここはやるべきだ、と思ったり、気持ちとしてはやりたくないけどやろう、となったり、やる気は出ないけど合理的に考えたらやるしかない、みたいになったり、知性的には無駄な気はするけど気持ち的にはこれがいいのでは、と思って動いたり、それぞれの判断のバランスが結構ときによって変わったりすることもあるわけである。それは自分の中だけでなく人によって動かされることも多いわけで、そこに人間の社会性というものが関わってくるのだろう。
やりたいと思うことにしても、「あいつには絶対負けたくない」とか「面白いことはやりたいがつまらないことはやりたくない」とか、なるべく平和で穏便な方向性を選びたいとか、面倒くさいからいろいろ考えたくない、考えずに行動したい、みたいないろいろなことがもちろん人間のタイプにもよるけど一人の人間の中でもいろいろ起こるわけである。
そのようなそれぞれの「考え・気持ち・やりたいこと」の方向性によってタイプに分けるのがエニアグラムだが、まあ理想的には考えと気持ちとやる気が一致して行動するのが一番迷いがなく理想ではあるわけである。というか逆にいえば迷いというのは一つの領域の中だけでなくて魂の全体的な不協和音みたいなものとして現れるわけで、迷いながらも実行する、ということ、わからないけどやってみる、ということはまああるわけである。そこに例えば「信頼」あの人の言うことだから、と言うことがあったり、「占い」みたいな超自然のものに対する信頼というか依存というかというものもあったりするわけで、最終的には知情意それぞれを超えたところの「勘」みたいなものが人間にとって重要だったりするわけである。
まあこういう心ないし魂の構造というのは遡ればプラトンの思想に至るのだが、プラトンはこの魂の三分法を「統治者=知性」「防衛者=意志」「生産者=感情」という国家構造から発想したということのようで、あまりそういうふうに考えたことがなかったのでAIというものは整理が上手いなと思った。
それが発展してカントの純粋理性=知性、実践理性=意志、判断力=感情という三つの批判書の哲学に発展したということだから、知情意というのは実際西洋哲学の王道的な考え方なのだなと改めて思った。この辺は知識としてはあったにしてもあまり腑に落ちていなかったので今回考えて調べてみてかなり納得できた感じはある。
で、これはやはり西欧的なものだから、例えば仏教ではこの辺をどう考えていたのかと思って検索してみたら、「身口意」という概念があり、身体的な行動、言葉、心という三分法になっていて、「知情意」の方は結局は心の働きのみについて考えているわけだからつまりは「霊肉二分論」、身体=肉体は心の働きに従うもの、という考え方が強いことがより納得できたりするわけである。
ここで仏教が優れているというか面白いなと思うのは、身体と精神=心の間に口=言葉を入れていることで、つまりこの「言葉」が身体と心を介在するものということになるのだろうと思う。ヨーロッパ的なロゴスというものは介在者というよりはむしろ絶対的な神の言葉みたいなイメージが強いが、仏教的には介在者であり、ということはつまり状況によって変化する方便ということになるわけだから、言葉よりも行動や心根を把握する方が大事だということになり、この辺は日本でもそういう傾向は強いのではないかという気はした。
これは仏教ないしインド的な(つまりヨーガ)修行法においても「呼吸」を重視することが多いわけで、これはつまり呼吸というのは基本的には不随意運動(身体の領域)であるのに意志的にもある程度コントロールできる(心の領域)ということから身体と心の懸け橋になるからだ。心のありようをコントロールするために身体、つまり呼吸を使って整えることができ、また呼吸をうまく整えることで身体のできる領域を広げる、というような介在者としての大きな重要性を持っているということだろう。
おそらくは仏教の無常観とか縁起説、全てのものは実在ではなく関係としてそこにある、みたいな考え方もまた呼吸という介在者を重視することと通底する部分はあるのだろうと思う。
まあAIというのは実際、大まかに大体のことを示すのは結構得意なんだなと思った。40年前にあったらこういう学問に勘が悪い自分であってももっと理解が進んでいただろうなと思うとちょっと残念ではある。まあこれは最初に書いたように自分が「知」に傾きすぎていて、「情」や「意」に関わる問題にうまく対処できないでずっと来ていて、かなりの歳月の間にようやくだんだん少しは掴めてきた、ということが大きくて、勘の悪さを長年の生きてきた過程の中でようやく少しは補えたかな、という感じではあるので、40年前に言葉だけ知っていてもどこまで理解できたかはわからないかも、とは思ったのだが。
***
昨日読んだ「ふつうの軽音部」96話、アニメ「正反対な君と僕」3話、「豊臣兄弟!」第4回についてもいろいろ感想を書きたいのだが、少しずつ簡単に。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913779623046
「ふつうの軽音部」96話「大嘘を歌う」はついに主人公鳩野たちのバンド「はーとぶれいく」のライブ場面なのだが、とても良かった。感想欄に「歌うたびに最高を更新してくる」というのがあったけど、本当にそうだと思った。歌われたのは「忘れらんねえよ」というバンドの「あいらぶ言う」と言う曲だったのだが、MVを見るとドルオタの男たちが推しをニコニコしながら語る場面から始まり、人を好きになると言うのがどう言うことなのか、男があまりニコニコしすぎるのは気持ち悪い、みたいな感じもやはり本質であって、それでも思い余って男が泣いてしまうくらいの気持ちというのが恋なんだな、最高で最低だな、と思うわけである。
https://www.youtube.com/watch?v=uU-Ui0aPT3c
歌唱の場面は圧巻なのだが、そう言う意味で「恋するキモい男の代表例」みたいなヨンスの表情がすごく良かった。歌を聞かせたい相手としてはまず第一に片思いをしている水尾と、呼び止めてまで聞いてもらっているレイハなのだが、はーとぶれいくのメンバーもその歌声をすごいと感じていて、軽音部の他のメンバー、特にトゲトゲピーナッツのメンツに届いている感じがよく、鶴先輩と七道の凄腕ベーシスト二楷堂まわりに届いているのも良かった。ラストはメンバー二人の反応がキモなのだが、それは読んでのお楽しみということだろうか。七道高校の上手そうなメンツや鶴先輩に引き止められた彩目に絡んできた草壁がどういう反応をするのかは来週のお楽しみということだろう。
https://sh-anime.shochiku.co.jp/seihantai_anime/
「正反対な君と僕」では平が中心の原作4話と図書館での二人を描いた原作5話だった。両方ともかなりモノローグが長いのだけど、割とうまく処理していたと思う。「ふつうの軽音部」でもそうだけど、最初はモブだと思っていたキャラクターが後になると彼らが中心の話が作られていく群像劇的な描き方が良いなと思う。私は絡んでくるようになったネアカな山田と常に変な想像をしている図書委員の西さんが好きなので、彼らの絡みも早くみたいなと思う。
https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/blog/bl/pwWYoeNnb2/bp/pzn4lv1Jl0/
「豊臣兄弟!」では桶狭間回だったが、普通なら信長の妻・濃姫とのやりとりになりそうなところに
妹の市がいるのが割と不思議だったのだが、実は史実の上ではこの時期には濃姫が生存していたのかどうかさえ不明確なのだそうで、彼女は子供は産んでいないと思われるので子供の出生年代からも特定できないということのようだ。そう考えてみると秀吉の姉や妹がどういう人だったのかかなり詳しい記録が残っているのはすごいことで、もちろん彼が天下人になったからこそではある。逆に彼や秀長(小一郎)が誰の息子だったのかは研究史的には不確かなようで、今回の大河では弥右衛門=筑阿弥説(つまり母なか=大政所は再婚していない)をとっているようだ。先日読んでいた新書では父方の親戚から秀吉の家来になった人も結構いるようなので、この時代の兄弟夫婦関係というのも興味深いなとは思った。
あと、桶狭間の後、計略を実行した家来を労った後、畳に大の字になって「勝った」と何度も繰り返す信長が描かれていて、この大河は基本的には怪物は出てこない(というか一番怪物っぽいのは秀吉だが)、要は「人間ドラマ」としての大河なんだなと思った。
そうそう、書き忘れていたが、桶狭間の殺陣はよかったなと思う。こういうのが丁寧に描かれていると楽しい。ただ刀より槍の方が実際には多く使われていたのではないかという気はするけれども。
***
国民民主党の玉木さん、政策について語っているときはかっこいいのに政局になるとグラグラして残念な感じになる、というツイートを見たのだが、まあそうだなと思う。この辺は旧民主党から希望の党、国民民主党の流れがあるからある意味仕方ないのかもしれないが、今回の選挙で議席を伸ばしてより主体的に連合などに対しての主導権を取るような存在になってくれると良いなと思う。
参政党は「高市さんを応援したかったら参政党へ」などとちょっとこすい手を使っていてどうかと思うし、今回は私のタイムラインの右寄りの人たちも参政党を見限った人たちが多いように思う。とはいえ、中道改革連合や参政党の力が侮れないものがあるのは確かなので、高市さんには頑張ってもらいたいと思う。
https://mainichi.jp/articles/20260125/k00/00m/010/167000c
ただ、今回の解散後の土日には街頭演説に立たなかったようで、ちょっとその辺はどうなのという気はする。何をやっていたのか明らかになると良いとは思うが、選挙戦術の分析をしていたのか、それとも引っ越しの片付けなどをしていたということなんだろうか。
https://mainichi.jp/articles/20260123/k00/00m/010/064000c
また、一つ問題になるのは維新と連立したことで、自民党が維新に惨敗している大阪でどう応援演説の日程を入れるかということが問題だということがある。お互いに今回は選挙協力はしない、ということで話がついたらしいが、他の都道府県はともかく大阪に関しては維新と自民は激突するわけだから自民候補側も高市さんの応援は欲しいだろうし、維新側も高市さんが自民議員の応援に入ったら感情的なしこりは残る可能性はある。その辺をどううまくやるか、差配が必要だという気はするがどうなるか。
「パンダの切れ目は日中友好の切れ目」か/カナダの安楽死とイラン情勢の深刻さ/「ミドルパワー連合」と「三国同盟」/出生率とマイルドヤンキー/司法の暴走を止めるためには/積雪/他
Posted at 26/01/25
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1月25日(日)晴れ
今日は午前中はブログ/noteを書く気にならず、もう午後1時半を過ぎた。久しぶりに日差しが降り注いで、家の中にいると暖かいのだけど、外気温はマイナス1.9度。今のところの最高気温はマイナス1.1度。これから次第だけど、今日は真冬日になる可能性が高い気がする。
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-P1124VMJ6R/list?mediaAction=watch
昨夜はなんだか疲れが出て、7時のニュースを見ながらご飯を食べていたが、次に始まった新プロジェクトXの北陸新幹線飯山トンネルの話がかなり良くて、その工事の困難さに想いを馳せながらじっくり見てしまった。その跡少し横になったら爆睡してしまい、10時半ごろ一度意識を取り戻したのだがまた眠ってしまって、起きたら2時だった。ストーブが灯油が切れていて寒い。入浴してから2階に上がって寝室でストーブをつけて、寝床に入ったがうまく寝付けない。気がついたら寝室のストーブも消えていて、中途半端な眠たさと目の冴えで仕方がないので起き出して、灯油を外のタンクからポリタンクに入れようと玄関から出てみたら銀世界だった。
積もっていたのは5センチ弱だから新潟や東北のようなことはないのだが、今季では一番降ったような気がする。フロントとリアのワイパーを立てて雪をかきおろし、それからタンクのところへ行って給油して、廊下に戻ってストーブのタンク二つに灯油を入れ、それから家の前を簡単に雪かき。雪はほぼ上がっていた。それから居間に戻って「ふつうの軽音部」96話「大嘘を歌う」を読んだ。内容はまさに神回であったのだが、これはまた書く気になってからにしたい。今日の半分はこの不規則な睡眠とこの作品への感動のせいでほぼ潰れた。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913779623046
午前中は何度も読み返しながらTwitterには書き込んでいたのだが、noteを書く気が起きない。ご飯は炊いたがお昼の買い物にも行く気にならなくて、ストックを見たら「モツカレー」のレトルトがあったのでこれで済ませることにした。気がつくと妹たちが正月に買ったらしき沢庵が残っているのに気づき、梅干しと沢庵を薬味がわりにして紅茶を淹れて昼ご飯を済ませた。
***
今日は中国に返還されるパンダの最後の観覧日とのことだが、パンダが中国との友好に関して結構とっかかりになっている人は多かった気がする。最初にパンダがやってきたのは日中共同宣言、つまり日中国交回復の直後だから、パンダの歴史はそのまま「日中友好」の歴史であったことになる。その象徴的なパンダが日本からいなくなるということが、多くの日本人の気持ちにとって、中国に対する最後の親しみの要素が消えることになるのではないかという懸念はある。なんとなく、「パンダの切れ目が縁の切れ目」で日中友好最後の日にならないと良いのだが、という気はするのだが、そこまで中国側が考えているのかはよくわからない。
中国側も安倍政権の頃までは日本の出方や世論を慎重に見極めながら日本に対処していた感じがあるのだが、最近はすっかり「小国に対する大国の態度」みたいに高飛車な、あまり考えているとは思えないような対応をするようになってきているから、その辺の機微はもう無視しているのではないかという気がする。対中感情が日本で悪化することの意味を軽く考えるようになった政権と付き合うのは、日本のようなナイーブな大衆感情が政治を左右する民主主義国への接し方としてはあまり得策ではないのだが、やはりこの辺りもウクライナ戦争を境にしたロシアの大国主義的な態度に強く影響され出している感じがするし、トランプのアメリカもそうした態度になってきていて、ただ日本の場合は対中国の前線だということと、そして多少は「シンゾーとの友情」の要素も残っているからか、ヨーロッパに対してほどギリギリ締め上げては来ていない感じはある。まあ、どこまでそれが続くかは楽観しないほうがいいようには思うが。
中国も中央軍事委員会のメンバー、つまり人民解放軍トップの粛清が続き、ついには習近平プラス一人になってしまったようで、よくわからないがスターリンやヒトラー、近くはプーチンもそうだったけど、重要な局面で意に沿わない有能な軍人を排除するという挙に出ていて、これが独裁者の猜疑心の現れなのか、中国の皇帝の伝統なのか、さまざまな反応がTwitterでもみられる。太平天国に例えたものまで出ている。日本の戦前のような「統帥権の独立」があればそういうことは起こらないわけだが、もちろん別の弊害もあるので難しいところである。
https://x.com/TheresaAFallon/status/2015100775081329126
https://x.com/Yaita_Akio/status/2015086076373950620
しかし中国の皇帝であっても、有能な将軍の粛清は平定が終わったとのことがふつうであって、項羽を滅ぼした後に韓信が「狡兎死して走狗煮らる」の故事が典型なのだが、これから台湾侵攻という彼にとっての大一番の前に軍令の要になる人物を排除するというのは意味がよくわからない。逆に言えば軍部は台湾侵攻には慎重だから、それを有無を言わせず実行するためには排除が必要だったと解釈するしかないのだが、おそらくは専門家が無理だという以上は無理なので、習近平体制それ自体に綻びが出てくる可能性は高いような気はする。しかしだからと言って台湾侵攻がないというわけではないだろうから、日本としてはできる範囲で牽制していくしかないだろうと思う。
***
カナダの首相がミドルパワーの連帯で大国に対抗しよう、という演説を行って日本では感銘を受けている人が多いようだったが、その国内では日本ではなかなか考えにくいことが起きているらしい。
https://x.com/TheresaAFallon/status/2015100775081329126
なんと、全死亡の5%が今は「安楽死」になっているのだそうだ。日本の死亡原因は1位が癌で24%、2位が心疾患で14%、3位が老衰で13%、4位が脳血管疾患で6%、5位が肺炎で5%とのことだから、肺炎で死ぬくらいの割合で安楽死が行われていることになる。ちなみに日本の自殺の割合は死因の10位に入っていないので、10位のアルツハイマー病の1.6%より少ないということのようだ。
https://x.com/Sz73B/status/2015205590067535902
なぜこんなに安楽死が多いのかと思ったら、身体障害者の場合、手続き的に「保護の継続の延長申請」には膨大な書類が必要だが安楽死の申請は書類一枚で済むそうで、この辺りはある意味「闇」の世界という感じになる。日本のように弱者保護ビジネスが盛んすぎるのもどうかと思うが、本人の意思がそうしたバイアスのない形で反映される仕組みは必要だろうと思う。
***
イランについては全く情報が出て来なくなったが、かなり深刻な状況であることは推察される。
https://x.com/Vnourozi/status/2015175376235024775
このレポートによると死者は4万3千人に上っているというが、アメリカはほとんど関心を失っていて、もっぱら関心はグリーンランドということのようだが、今後のイランの統治について本当に持つのかという気はする。
***
日本の出生率は以前に比べれば下がっているわけだが、韓国や中国、台湾などに比べてまだ比較的高い。Z世代では上位3割しか子供を持つべきではないと言われている、というような話はあるが、それはどうなのかなという気がする。子供を育てるのに多くの資本が必要な都会のエリート層は一部を除いて子供の数を極端に減らす傾向があるとは思うが、いわゆるマイルドヤンキーと言われる層は今でもそうではないように思う。日本はおそらく、東アジアの諸国の中で最もこのマイルドヤンキーと言われる層が厚いのではないかと思うし、逆に言えば学校教育の洗脳というか汚染のようなものが通らない不透水層みたいなものがあって、それが逆に少子化を押しとどめているのではないかという気がする。東京一極集中を避けて地方でもある程度豊かに生活できるようにすることは、いろいろな意味で少子化を食い止めることにつながるのではないかと思う。
***
「ミドルパワーの連合」というアイデアについて。
https://x.com/KS_1013/status/2015115031126618122
https://x.com/chutoislam/status/2014941949199851669
「ルールに基づいた国際社会は終わった」という話自体、今までだっていうほどそうだったか?とは思ってしまうのだが、ヨーロッパやカナダがこういうことを言い始めたというのはつまりはグリーンランド問題だろう。エルドアンのトルコなどはウクライナ戦争に関してもロシアにもウクライナにも話ができる立場を生かしていた(特に黒海の喉元のボスフォラス海峡の通行許可権を握っていることが大きい)し、シリア情勢などでもイニシアティブを取り、イスラエルにも対抗できる立場を保持していて、まあ典型的な「NATOに加盟しているが独立したミドルパワー」としての外交を展開してきた。それもヨーロッパやNATO諸国、湾岸諸国、対立はしていてもイランやイスラエルとの外交ができる立場を確保しているからこそな訳だろう。
デンマークが世界最大の島であり北極海の要石の位置にあるグリーンランドを帝国主義時代が遥かに過ぎ去った後も所有していることの正当性は「武力による現状変更は認めない」という国際ルールだけだし、先住民の数が少なく独立運動も規模が小さいからそれが保たれているだけだろう。トランプがグリーンランドの領有権の正当性を主張するのは抗議のモンロー主義に基づくものしかないとは思うが、その理屈が通るなら中国の沖縄領有の主張も通りそうな感じになってしまう。ただデンマークの領有権の主張もポストコロニアリズム的に考えればそんなに強いものではなくなるという部分もあるし、「西半球はアメリカが仕切る」というモンロー主義の極北の(まさに極北だが)主張でもあるので、そう簡単には引っ込めない気もする。ヨーロッパも「植民地領有の継続」にこだわることの世界的な危険にどれくらい気づいているのかという気もしなくはないのだが、まあかと言ってアメリカの領有を正当化する理屈もアメリカ人以外に通用しそうなものはないからデンマークの方に理があるように見えるだけなのではないかとは思う。
アメリカやロシア、中国などの大国(スーパーパワー)の横暴に対抗するためにはミドルパワーの国々が連帯すべきだ、というのは、第二次世界大戦前の米英のような「持てる国」に対抗するためには「持たざる国」であるドイツやイタリアや日本が協力し合うべきだ、という主張みを感じるところもあり、あまり変な方向に引かれない方がいいような気はしなくはない。中国古代で言えば「合従策(中小国連合)」か「連衡策(大国との同盟)」か、みたいな話になるわけだが、古代中国の場合は唯一の超大国・秦に飲み込まれてしまったわけだが現代世界には対抗するスーパーパワーが現状三国あるわけで、特に周辺に同格な同盟をするに足る国があるわけではない日本においては、日米同盟を守ることが現状は一番マシだとは思う。現在の状況を考えればいずれにしても国防費・安全保障費は積み増しせざるを得ないのは確かだから、アメリカが要求するのならばそれなりに防衛体制を高めていくというのは少なくとも今のところは得策だと思う。
***
衆議院解散の際に万歳を三唱するという風習の意味をあまりよく理解していなかったのだが、これは明治時代の末からのことで、帝国議会が成立したのち、選挙大干渉が行われた第二回衆議院総選挙の前の解散の際には特にそういう記述はなかったようだ。始まったのは日露戦争より後だったようだから、議会が政府批判だけでなく隈板内閣を経験して政府の一員ともなるという意識を持つようになった後、「天皇の権威」というものをより意識するようになったのちに「解散の詔書煥発」という天皇の今でいう国事行為の執行に対して御稜威を称えるという趣旨で万歳を三唱するようになった、という話は説得力があるように思った。
もともと万歳三唱という行為や「万歳」を「バンザイ」と読むようになったのは帝国憲法発布式典(1889年2月11日)での奉賀が始まりだったというからまだ新しい習慣だったわけで、どういう時にやるべきかという模索の中で詔書煥発という状況に対して行われるようになったということなのだろう。まあ「解散を喜んだ」わけではないわけだけど、解散というのは即総選挙ということなので議員たちも気合を入れるのにはちょうど良い行為だから定着したということもあるのではないかという気はする。
***
一般道での時速194キロ走行で起こした事故が危険運転致死罪が適用されなかったという話はかなり波紋を呼んでいるが、これは現行法の法解釈の判例としてそのようになっているということのようだった。
他にも術後譫妄状態の患者の証言が取り上げられて医師が有罪になったり、明らかな選挙妨害が表現の自由として許容されたりなどのおかしな判決がかなり出ている中で、司法の判断に対する不振が広がっているように思う。
こうした判決のおかしさの是正というのは司法内部の取り組みでは難しいことも多いように思うが、そのあたりは司法権の独立という理屈によって是正がされないままになっているわけで、その辺は改めていくべきところがあるのではないかという気はする。
司法は法律と憲法に基づいて判断を下すわけだが、国民が直接その信任不信任を決めることは形骸化している最高裁判所判事の国民審査以外できないわけで、人事的な方向での解決は難しい面が多いだろう。
ということは国民の側からできることは国民の代表者として選任される国会議員とその中から選ばれる内閣によって提出される立法措置によって、つまり法律自体を変えることによっておかしな判例を克服していくしかないということになるのではないだろうか。
その辺りのことについてはあまり詳しくはないのだが、そうした主張を候補者がするようになったら、支持したいという気持ちはある。司法の暴走はそろそろ止めなければならないように思うところがある。
***
今日はなんというか小ネタの羅列になったが、いろいろ注目したいことが多いということでもある。いずれにしてもどの件も良い方に向かえばいいのだがとは思う。
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