腕が痛い/「若者はリベラル化しているのになぜリベラル政党の支持が増えないのか」を私も考えてみた。
Posted at 26/02/16
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2月16日(月)晴れ
昨日は朝ブログを書いた後東京に帰る予定だったのだが、どうも左の肩から腕にかけてが痛く、どうしようか迷ったが帰ることにした。いろいろやってたら出るのがお昼前になり、実家の地元のセブンを出たのが11時50分。高速に乗る前にお昼になり、八ヶ岳PAのトイレ休憩が12時半ごろ、1時ごろに境川PAに入ったが、ふだんはお昼を買って帰宅してから食べるのだが昨日はもうお昼を食べることにし、わかめそばとミニもつ丼。そばを食べているうちに自宅なら卵を入れたのになあと思うなど。昨日は霞がかかっていて晴れた日なら見える富士山がうっすら死か見えなかった。笹子トンネルを越えたあたりで石川PAが混雑と出たので避けて手前の藤野PAでトイレに行ったが、警戒していたが混んでいるということはなかった。首都高に入ってからもだいたい順調で、すんなり普段の駐車場まで行ったが満車。仕方ないので自宅の高層住宅を4分の3周して別の駐車場に停め、帰着した時には3時を過ぎていた。
左腕は相当痛くなっていて、さてどうするかと迷ったのだがとりあえず出かけることにし、日の傾いた街を駅まで歩いて、大手町に出た。丸善に行こうと思ったのだが、行ってみたら全館休館日。毎年この時期にはあるのは分かっているのにいつも引っかかるのはなぜか。日本橋まで歩いて日本橋の丸善で少し本を見て、「変な左翼でない人が書いている政治や社会の話はないかなあ」と思って探したのだが、そう思って探すと大体何らかのところが引っ掛かる本ばかりで、これというものがない。というかこれは考えてみたら結構昔からなんだよなと思う。それなら自分で書くかあ、と思ったり。昨日のブログ等は私自身としては割と書けてると思うのだが、一定以上の反応が増えない。何をどうすべきか。
https://amzn.to/4bXEc3I
等と考えつつ本を見ていたら佐々木れな『自滅する米中』(SBI新書、2025)を見つけた。ツイッターではよくお見かけする若手の国際政治学者の方だが、最近は中国関係の研究を進めておられる印象があった。ぱらぱらと見てみると割と面白いなと思ったので買うことにした。1階のレジが長蛇の列になっていたので2階に上がったら割とすぐ済んだ。それから向かいの高島屋に行き、地下で夕食になるものを探したが、「赤魚の煮つけ」の弁当があったので店の人と少し話をして買うことにした。そのあとはまっすぐ帰宅し、7時ごろニュースを見ながら弁当を食べて、けっこう疲れが出ていたので早めに寝た。「正反対な君と僕」と「豊臣兄弟!」は録画はしてあるのだが、まだ見られていない。
***
というところまで書いて買い物に出たのだが、今朝は起きたのは4時前。というか目が覚めてトイレに行き、時計を見たら4時前だったということだが。腕の痛みはよく寝たおかげで少しおさまってきてはいたのだが、少しスマホをいじったらぶり返した。スマホは腕の痛みの大敵のようだが、見ないわけにもいかずなかなか大変である。キーボードを打つのも激痛が走るというほどではないがまあ痛みにあまりよい感じはしない。先ほど数学の問題を考えていたら痛くなってきたので頭を使うと痛むのかもしれずそれはけっこう困るのだが、まあ体調を整えながら何とかしないとなとは思う。
***
「若者はリベラル化しているのになぜリベラル政党の支持が増えないのか」という問題について少し読んでいた。
https://x.com/sangituyama/status/2022996273960558631
実態として、特に「立憲」的なもの、あるいは立憲民主党という名前自体が嫌われているという話が出てきていて、へえっと思う。もともと立憲なんとかというのは立憲自由党とか立憲政友会とか戦前の保守政党に使われていた党名だし、日本に議会政治や民主主義を樹立するんだという心意気というかそういうものの現れた名前だと思っていたからまあレトロだけど悪くない党名なんじゃないかと枝野幸男さんが希望の党結成時に小池百合子さんに排除された人たちを集めて作った時には思っていたのだけど、まあ内容は放射能デマを広めたり話の通じない護憲平和の人を集めたりどうかとは思っていた。
考えてみると、この「立憲」ということばにも「護憲」という語感が含まれているのかもしれない。それを支持者は好み批判者は嫌がっているということなのかなとも思う。「護憲」という言葉も大正時代にはそれなりに意味があったが、今となっては教条的に過ぎて鼻白む感じが出てきている。立憲という言葉が嫌われているとしたらそういうことかなとは思うが、憲政史上のある種の宝のような言葉を地に落とした罪は重いなとは思った。
https://note.com/seanky/n/n105e4166a784
こちらのnoteはおおむね賛同できる内容だなと思った。高齢者を中心とする旧リベラル(護憲平和)層は全体の16%ほどで、新リベラル(子育て世代・シルバー民主主義に反対)とでもいうべき層が21%あり、「だれに福祉を回すべきか」で対立関係にある、というのはなるほどと思った。一方「リベラル嫌い」な人たちは3割ほどで、愛国心を重視するなどなどコアな保守は1割ほど、のこりの2割はリバタリアン的傾向、というのも実感としてはそんなもんだろうなと思った。
そして重要なのは安全保障観として高齢層の旧リベラル以外は日米同盟を肯定しているというのもまあそうだろうなと思う。その強い理由になっているのがウクライナ戦争だ、というのはよく言われるけど本当かなと思っていたのだけど、最近ある程度はそうなのかなという気がしてきている。従来から保守である立場から言えば、プーチンのロシアがあの程度の残虐性や占領地から徴兵して前線に送るなどの国際法違反・非人道的なことをやるのはまあやるだろうと思っていた。ただ、「同じロシア人」というウクライナ人観を持っているのにあんな虐殺をやるとはという衝撃はある程度はあったが。
そこまで深刻なロシア観を持っていなかったリベラルにとっては大きな衝撃だったというのもわかるし、大部分の国際政治学者がウクライナを支持してロシアを非難していることも大きかっただろう。彼らは基本的にはリベラルだし、またフェミニストでもある人が多い、つまり日本のリベラルの標準的な人たちがそういう姿勢であるということも大きかったと思う。ロシアを支持する人たちの理屈はおおむね筋が通っていないという印象だったのだろうと思う。
また旧リベラルと新リベラルに関しては、高福祉を求めるという姿勢は同じであるけれども、旧リベラルが貧困層や高齢者に厚いことを求めるのに対し新リベラルは女性や子育て世代に手厚いことを求める、という違いがあるというのがわたしにとってはあまり認識していなかった新しい視点かなと思った。新リベラルは現役層でもあるから受益者である以上に負担者でもあり、負担感にも敏感だし政策の方向性も見ていて、特に数の多い高齢者に政治が左右されていることには批判的だというのはそうだろうと思った。
保守層が年齢によってあまり政策に対する考え方の違いがないから一枚岩的であるのに対し、リベラル層は年齢によってかなり立場の違いが出てくるというものそうだろうなとは思った。
そういうことで、立憲や共産党などに投票する旧リベラル層をのぞいては、安全保障について日米同盟堅持の姿勢を持ち、また福祉政策についても安倍政権以来きちんと目配りをしている自民党を支持層が多いのは当然だという結論になるようである。
これは前回の石破政権で自民党が大敗した理由もある程度は説明できて、それは石破さんが「アメリカに舐められてたまるか」みたいな無意味に反米的な言辞を弄したこと、また中国に対してはっきりした姿勢を表明しなかったことが大きいのだろう。それだけでは説明できない部分はもちろんあるが、構造的に自民党寄りになっているリベラルの支持を一気に失って集散でピンチを招くという離れ業は逆に言えば石破内閣にしかできなかったかもしれない。
こうした調査でもう少し深掘りしてほしいと思うのは、少し男女論がらみになるが「女子枠」の問題と「共同親権」の問題である。女子枠は私の予想としてはリベラル保守男女を問わず若者層には評判が悪いと思うし、高齢者は特に女性に支持が多いように思われる。保守派はおおむね反対でリベラルの方が賛成が多いだろうとは思う。共同親権の問題は若者には支持が多く、高齢の女性には反対が多い気はする。リベラルな立場であれば賛成になるとは思うが、これは日本の母性神話がどのくらいどの層に残っているかによるかなとは思う。その辺が可視化できるといろいろ考えやすくはなると思うのだが。
日本がこれからも生き残るためには保守の思想が必要だという立場からすれば決して楽観できる話ではないのだが、とりあえず情勢をつかむことが第一歩なので、こうした記事は大変参考になったと思う。
***
腕はまだ痛いが、何とか書けた。とりあえず腕や肩を暖めて痛みを和らげたいとは思う。
腕が痛い/「若者はリベラル化しているのになぜリベラル政党の支持が増えないのか」を私も考えてみた。
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2月16日(月)晴れ
昨日は朝ブログを書いた後東京に帰る予定だったのだが、どうも左の肩から腕にかけてが痛く、どうしようか迷ったが帰ることにした。いろいろやってたら出るのがお昼前になり、実家の地元のセブンを出たのが11時50分。高速に乗る前にお昼になり、八ヶ岳PAのトイレ休憩が12時半ごろ、1時ごろに境川PAに入ったが、ふだんはお昼を買って帰宅してから食べるのだが昨日はもうお昼を食べることにし、わかめそばとミニもつ丼。そばを食べているうちに自宅なら卵を入れたのになあと思うなど。昨日は霞がかかっていて晴れた日なら見える富士山がうっすら死か見えなかった。笹子トンネルを越えたあたりで石川PAが混雑と出たので避けて手前の藤野PAでトイレに行ったが、警戒していたが混んでいるということはなかった。首都高に入ってからもだいたい順調で、すんなり普段の駐車場まで行ったが満車。仕方ないので自宅の高層住宅を4分の3周して別の駐車場に停め、帰着した時には3時を過ぎていた。
左腕は相当痛くなっていて、さてどうするかと迷ったのだがとりあえず出かけることにし、日の傾いた街を駅まで歩いて、大手町に出た。丸善に行こうと思ったのだが、行ってみたら全館休館日。毎年この時期にはあるのは分かっているのにいつも引っかかるのはなぜか。日本橋まで歩いて日本橋の丸善で少し本を見て、「変な左翼でない人が書いている政治や社会の話はないかなあ」と思って探したのだが、そう思って探すと大体何らかのところが引っ掛かる本ばかりで、これというものがない。というかこれは考えてみたら結構昔からなんだよなと思う。それなら自分で書くかあ、と思ったり。昨日のブログ等は私自身としては割と書けてると思うのだが、一定以上の反応が増えない。何をどうすべきか。
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***
というところまで書いて買い物に出たのだが、今朝は起きたのは4時前。というか目が覚めてトイレに行き、時計を見たら4時前だったということだが。腕の痛みはよく寝たおかげで少しおさまってきてはいたのだが、少しスマホをいじったらぶり返した。スマホは腕の痛みの大敵のようだが、見ないわけにもいかずなかなか大変である。キーボードを打つのも激痛が走るというほどではないがまあ痛みにあまりよい感じはしない。先ほど数学の問題を考えていたら痛くなってきたので頭を使うと痛むのかもしれずそれはけっこう困るのだが、まあ体調を整えながら何とかしないとなとは思う。
***
「若者はリベラル化しているのになぜリベラル政党の支持が増えないのか」という問題について少し読んでいた。
https://x.com/sangituyama/status/2022996273960558631
実態として、特に「立憲」的なもの、あるいは立憲民主党という名前自体が嫌われているという話が出てきていて、へえっと思う。もともと立憲なんとかというのは立憲自由党とか立憲政友会とか戦前の保守政党に使われていた党名だし、日本に議会政治や民主主義を樹立するんだという心意気というかそういうものの現れた名前だと思っていたからまあレトロだけど悪くない党名なんじゃないかと枝野幸男さんが希望の党結成時に小池百合子さんに排除された人たちを集めて作った時には思っていたのだけど、まあ内容は放射能デマを広めたり話の通じない護憲平和の人を集めたりどうかとは思っていた。
考えてみると、この「立憲」ということばにも「護憲」という語感が含まれているのかもしれない。それを支持者は好み批判者は嫌がっているということなのかなとも思う。「護憲」という言葉も大正時代にはそれなりに意味があったが、今となっては教条的に過ぎて鼻白む感じが出てきている。立憲という言葉が嫌われているとしたらそういうことかなとは思うが、憲政史上のある種の宝のような言葉を地に落とした罪は重いなとは思った。
https://note.com/seanky/n/n105e4166a784
こちらのnoteはおおむね賛同できる内容だなと思った。高齢者を中心とする旧リベラル(護憲平和)層は全体の16%ほどで、新リベラル(子育て世代・シルバー民主主義に反対)とでもいうべき層が21%あり、「だれに福祉を回すべきか」で対立関係にある、というのはなるほどと思った。一方「リベラル嫌い」な人たちは3割ほどで、愛国心を重視するなどなどコアな保守は1割ほど、のこりの2割はリバタリアン的傾向、というのも実感としてはそんなもんだろうなと思った。
そして重要なのは安全保障観として高齢層の旧リベラル以外は日米同盟を肯定しているというのもまあそうだろうなと思う。その強い理由になっているのがウクライナ戦争だ、というのはよく言われるけど本当かなと思っていたのだけど、最近ある程度はそうなのかなという気がしてきている。従来から保守である立場から言えば、プーチンのロシアがあの程度の残虐性や占領地から徴兵して前線に送るなどの国際法違反・非人道的なことをやるのはまあやるだろうと思っていた。ただ、「同じロシア人」というウクライナ人観を持っているのにあんな虐殺をやるとはという衝撃はある程度はあったが。
そこまで深刻なロシア観を持っていなかったリベラルにとっては大きな衝撃だったというのもわかるし、大部分の国際政治学者がウクライナを支持してロシアを非難していることも大きかっただろう。彼らは基本的にはリベラルだし、またフェミニストでもある人が多い、つまり日本のリベラルの標準的な人たちがそういう姿勢であるということも大きかったと思う。ロシアを支持する人たちの理屈はおおむね筋が通っていないという印象だったのだろうと思う。
また旧リベラルと新リベラルに関しては、高福祉を求めるという姿勢は同じであるけれども、旧リベラルが貧困層や高齢者に厚いことを求めるのに対し新リベラルは女性や子育て世代に手厚いことを求める、という違いがあるというのがわたしにとってはあまり認識していなかった新しい視点かなと思った。新リベラルは現役層でもあるから受益者である以上に負担者でもあり、負担感にも敏感だし政策の方向性も見ていて、特に数の多い高齢者に政治が左右されていることには批判的だというのはそうだろうと思った。
保守層が年齢によってあまり政策に対する考え方の違いがないから一枚岩的であるのに対し、リベラル層は年齢によってかなり立場の違いが出てくるというものそうだろうなとは思った。
そういうことで、立憲や共産党などに投票する旧リベラル層をのぞいては、安全保障について日米同盟堅持の姿勢を持ち、また福祉政策についても安倍政権以来きちんと目配りをしている自民党を支持層が多いのは当然だという結論になるようである。
これは前回の石破政権で自民党が大敗した理由もある程度は説明できて、それは石破さんが「アメリカに舐められてたまるか」みたいな無意味に反米的な言辞を弄したこと、また中国に対してはっきりした姿勢を表明しなかったことが大きいのだろう。それだけでは説明できない部分はもちろんあるが、構造的に自民党寄りになっているリベラルの支持を一気に失って集散でピンチを招くという離れ業は逆に言えば石破内閣にしかできなかったかもしれない。
こうした調査でもう少し深掘りしてほしいと思うのは、少し男女論がらみになるが「女子枠」の問題と「共同親権」の問題である。女子枠は私の予想としてはリベラル保守男女を問わず若者層には評判が悪いと思うし、高齢者は特に女性に支持が多いように思われる。保守派はおおむね反対でリベラルの方が賛成が多いだろうとは思う。共同親権の問題は若者には支持が多く、高齢の女性には反対が多い気はする。リベラルな立場であれば賛成になるとは思うが、これは日本の母性神話がどのくらいどの層に残っているかによるかなとは思う。その辺が可視化できるといろいろ考えやすくはなると思うのだが。
日本がこれからも生き残るためには保守の思想が必要だという立場からすれば決して楽観できる話ではないのだが、とりあえず情勢をつかむことが第一歩なので、こうした記事は大変参考になったと思う。
***
腕はまだ痛いが、何とか書けた。とりあえず腕や肩を暖めて痛みを和らげたいとは思う。
「ふつうの軽音部」98話を読んだ:嘘がない鳩野に感じた嫉妬とバンド=「仲間」の発見/「仲間」を語る先行作品はマンガのみ/衆院選で「サナ」が圧勝した理由と仲間意識/マンガから疎外されている左翼インテリ
Posted at 26/02/15
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2月15日(日)晴れ
昨日は午前中ブログ/noteを書いたあと、金曜深夜に寝落ちして見られなかった「葬送のフリーレン」を録画で見て、少しいろいろやっていたらすぐお昼の時間になり、あるものを食べた、のだと思う。毎朝こうして昨日のことを思い出しながら書いているのだが、あまり変化のない部分については「昨日どうだっけ」と思ってしまうことが最近増えている。買い物のレシートは取ってあって金銭出納帳につけているのだが、最近はそれをよすがに前日のことを思い出すのだが、昨日のレシートは早朝の分と夜の分しか出てこなかったので、午前中の行動がはっきりしないのだが、多分出かけなかったのだろうと思う。
夜は西友に行って夕食の買い物。最近は駅前のスーパーに行っていたのだが、終了時刻が近づくと品数が減っていて、値引き品が多くはなっているがなんとなく行動の色を変えたくて西友に行ったわけである。そんなには変わらないけど。それでも24時間営業だから夜でも品数は一定以上あるし、惣菜や刺身も安くなっているのもいくつかあり、1000円以下で済んだ割にはいろいろ買えたと思う。帰ってきて少しニュースを見ながら夕食を摂って、少し日本酒を飲んだが空になった。オリンピックは見てないのでテレビも見るものが少ないのが最近寝られる時間が増えている感じはある。うたた寝をしていたら深夜になっていて、時計を見たら12時ぴったりだったので、「ふつうの軽音部」の更新を読んでから寝ることにした。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094914280980288
「ふつうの軽音部」98話「真打登場する」。冒頭は谷九高校の2年生の比較的上手なバンド「フォレストチアガール」の演奏。合同ライブ演奏順ラストに登場する七道高校の二楷堂まわりたちのバンド「とがなくてしす」の出番に向かって、鳩野は「空気が緊張してきた気がする」といい、七道高校の顧問は「最後のバンド人選ミスったかも」と考えている。人格者?の墨田部長以下「一年生の問題児三人」のメンバーが揃い、ベースとまわりとドラムの行成が癖強の会話をする中、現れたレイハが鳩野の首をぐいっとやって「あんなの見なくていいから」と中坊並み感全開で鳩野を連れ出す。
外に連れ出された鳩野はバンドの演奏を酷評されると思いきや、レイハはいきなり「水尾のことが好きなのか」と聞いてきて鳩野は焦るのだが、レイハは「鳩野は正直そんなに上手くないと思ったし、音楽は技術がないとダメだと思う」と言いながら、「鳩野の歌は嘘がなく、感情が伝わる気がした」という。
鳩野の歌で鳩野の恋愛感情に気づいたのは厘と同じだが、レイハはそれが水尾に向けられたものだと気づいていて、「昔付き合っていた」と水尾に聞いたレイハ自身から聞かれたことで鳩野は答えに迷うのだが、答えられない鳩野を見てレイハはニタリとして「ハトノさんって結構かわいいね」という。この場面がオチとしてはかなりイケている。鳩野が心中「なんなんだよこの女・・・もう俺はお前に心乱されっぱなしだよ・・・」とオタクっぽい反応をするのも笑う。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094912731880567
「嘘がないっていうか、感情が伝わってくる感じがした」というレイハの評は、レイハ自身にとってはかなり重要なことなのである。90話「嘘を歌う」は「飛び抜けて歌がうまい」ために心の中に何を抱えていようと聞くものを感動させてしまう実力を持つレイハの歌とその心中と、そのレイハの心中に悲しみを見てしまう鳩野の下りが描かれていて、その答えがここにきたのか、という感じである。
純のことを忘れようとレイハが水尾に好きだったと告白する場面が回想されるが、それがレイハが自分の心に「嘘」をついた結果であることを暗示される。水尾もそれに最初は気づかず付き合ったのだけど、「知っていたはずのレイハの思い」に気づいて分かれた件は89話で描写されている。
そしてレイハの鳩野の歌に対する本当の評価は、鳩野のバンド「はーとぶれいく」と結びついていて、「バンドがどうとか考えたことなかった」というレイハに対し、鳩野は「レイハさんはバンドマンっていうよりシンガーって感じだもんね」とフラットに答えるのだが、それにレイハが「ハトノさん私ね、実は結構負けず嫌いなんだよ。意外とね」と強キャラライバル感全開で応える横顔がとても良かった。
つまりは「嘘がなく感情を伝える鳩野のうた」と、「バンドのボーカルとして歌う鳩野の歌」に、レイハは思うところがあった、ということなわけである。
レイハと鳩野の関係は中学の同級生なのだが、当時はそんなに深い関わりはなかったのだけど、鳩野が高校入学後の最初のライブで失敗したのを取り返すためにボーカル修行として夏休みに毎日公園で弾き語りをしていたところにレイハが来て、圧倒的なパフォーマンスを見せつけたのが2巻19話であり、鳩野はそれをきっかけに「もっとわがままにもっと傍若無人に」歌う「弾き語りの核心」を掴めるようになったという経緯があった。しかしこの時はただレイハのパフォーマンスに圧倒されてしまったので、レイハは「ああいうできない子が頑張ってるってなんか感動しちゃうんだよね」というある意味見下した心情であったのに対し、鳩野は「多分レイハさんは私のことを完全にナメている。もしいつかまた会うことがあったらその時は目にもの見せてやるぜ」と心に思うわけである。
つまりは、レイハの「負けず嫌いの心に火をつけた」ということは、鳩野が79話ぶり(19話の初出は2024年4月であるので1年10ヶ月ぶり)に「目にモノを見せてやった」わけであり、この辺はまさに少年マンガで、ついに「強キャラの一人が主人公をライバル認定してきた」という場面なのである。
90話で心中は純の逮捕でどん底にあったレイハが外側は笑顔で聞くものの心に響く歌を歌うのだけど、レイハの心中は「私は歌に気持ちなんて乗せてない。嘘しか歌ってない。でもみんな感動する。私には音楽の才能があるから。音楽なんてそれだけ。それが全てだから」と思いながら歌っている。純の弱さに背を向け、自分の気持ちに背を向けて歌い続けるレイハの心中の悲しみに気付いていたのは鳩野だけで、鳩野はレイハの心中に涙を流し、92話で歌い終わって帰ろうとするレイハを引き留め、自分の歌を聞かせたわけである。
レイハの心中は、「嘘のない歌を歌う」鳩野に歌い手として嫉妬を感じただけでなく、水尾に対するストレートな思いを叫んだ鳩野に対して、純に対する自分の思いをまともに伝えられず、純の弱さを見てしまって怯んでしまい、自分の気持ちに背を向けてしまった自分とを対比して、人間としての「負けず嫌い」を奮い起こしたということもあるのだろうと思う。
この辺りは「鳩野の歌が全てを前向きに展開させる」という「鳩野の神っぷり」の表現でもあるのだが、その「鳩野の神が神であるゆえん」が、彼女の歌にあるだけでなく裏表のないそのストレートさとか、「バンドという仲間たちと一緒に演奏している」ということにも支えられているのだということが明らかにされていて、この作品が本当にいい作品だなと改めて思ったのである。
「ワンピース」60巻589話で「兄」エースを失い、「俺は弱い!」と絶望のどん底に沈むルフィに、590話でジンベエが「失ったものばかり数えるな!無いものは無い!確認せい!お前にまだ残っているものは何じゃ!」と言われ、ルフィが「仲間がいる゛よ!!!」と答える場面があるのだが、レイハのような強者に「私には仲間=バンドがいない」と気づかせるというのは、「ふつうの軽音部」は本当にジャンプマンガだなと改めて思わされた感じがする。
で、レイハのバンドメンバーとして候補に上がりそうなまわりたちの演奏がついに始まる、という展開になっているわけだけど、その演奏を周りが聞かせたい桃は聴いているが鳩野は聞かなそうだということ、また自分のベースに足りないモノを感じているがそれが掴めていない厘がまわりの演奏に何を感じるのか、というあたりが気になるわけである。次回もまた目が離せない展開なのであった。
***
読み終えてから感想コメントを書いたり他の人のコメントを読んだりタイムライン上のさまざまな感想を読んだりして、結局寝たのは1時半ごろになった。早く寝た方ではあるのだが。起きてからも何度か読み返し、7時前から感想を書いているがもう8時20分を過ぎた。朝ごはんを食べたから続きを描こうと思う。
***
朝食了。塩パン目玉焼きを食べカフェオレを飲みながら考えていたのだが、上記のようなことを考えていても連想として出てくるのはマンガなのだよな、と思う。テーマによってはもちろん小説や子供・少年向けの物語が出てくることもよくあるわけだが、「仲間」というテーマとして出てくるのはマンガなのである。
よく知られているように、一時期の少年ジャンプ(集英社)は「友情・努力・勝利」というテーマをスローガンに爆発的に発行部数を伸ばし、私が少年時代の70年代にはすでに先行のマガジンやサンデーを抑えてトップに立っており、時々しか読まなくなっていた80年代にはキン肉マンやドラゴンボール、北斗の拳など、また90年代にはスラムダンク・ハンターハンターそれにワンピースなど、圧倒的な作品群で凄まじい売り上げを上げていた。21世紀になってからもトップの座を守り続けたが、私が再び読むようになった2010年代以降においても「僕のヒーローアカデミア」「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「チェンソーマン」などの爆発的ヒットを放ち続けている。
その中で、友情・努力・勝利はさまざまに形を変えつつもある種鉄板の集客源であり続けたわけで、「仲間」というある種の共同性の意識を強く日本人に植えつけもしたのでは無いかということを思ったわけである。
その起源を考えてみると例えば「鬼平犯科帳」や「銭形平次」などに見られるある種の仲間意識があったが、それらは江戸時代が舞台ということもありある種の封建的上下関係から逃れられない部分もあった。さらに遡ると「三国志演義」の劉備・関羽・張飛の義兄弟たちの友情関係というものがあるが、これは悲劇的な結末を迎えるわけである。また同じく中国の作品としては「水滸伝」があり、これは「アウトローたちの集まる梁山泊」という意味では「ワンピース」に通じるものがあるが、後半はなんだかよくわからない方向に拡散していく感じがあった。
欧米の作品では一番思いつくのは「十五少年漂流記」なのだが、これは民主的な共同体作りみたいな行儀の良さがあり、ワンピースのような普段はハチャメチャでしょっちゅう喧嘩したりしているのだが戦いになると団結し、それぞれが弱さを抱えながらもリーダーであるルフィの元で仲間の力を信頼して困難を乗り越えていく、というような自由奔放さは無いわけだ。だから「十五少年」には途中で分裂騒ぎがあり、まあこれは「ワンピース」でもウソップが一時グループを抜けるという展開があったりはするが、素直に謝ることで復帰できている訳である。「十五少年」には「蝿の王」という凄まじいネガ作品があり、そこが近代文学の侮れないところではあるが、友情や仲間というものを無条件には信頼できないという近代人の哀しさの表れでもあるような気はする。
それに比べると、ジャンプに代表される日本の少年マンガはかなり無条件で「仲間の素晴らしさ」を説いていて、その系統での名作は多い。そういう作品がヒットするというのは日本人の幼さの表れだ、みたいなシニカルで冷笑的な批評も左翼方面からは昔からよくなされていたが、そんな批評がいくら現れても日本人がそういう作品を求める心性に水をかけることはできないのが面白いなと思う。
ただ、逆に言えば近代文学や現代文学で正面からそういう仲間意識のようなモノを称賛する作品は自分が知る限りではないわけである。これは考えてみたら不思議なことなのだが、それだけ日本の少年マンガが突出した存在だということは言えるだろう。だから「仲間意識」のようなモノで先行作品を考えても、ストレートなものはマンガしか出てこないのである。
ただ、現代のような民主主義社会において、仲間意識というのはかなり重要なファクターだろう。国家という共同体に仲間という意識が持てなければ、老人福祉や障害者福祉などを現役世代負担することに対して説得力が持てない。左翼はそれを人道主義や社会的正義のような理屈で説得しようとするから信頼されないのである。
日本には古くから「一揆」という伝統があり、これは本来は「一味同心」ということを表すわけだが、領主への反抗という面が強く捉えられて民衆的なものと捉えられているが、オープンレターではめられた呉座勇一氏の「日本中世の領主一揆」という本にもあるように、領主層もまた一味同心してより上の支配に対抗することはあった。「国人一揆」が一番わかりやすい例だろう。
江戸時代にも町人や武士の垣根を越えた同好の士の集まりが文化を支えていたことは研究にもよくあり、秋田蘭画の佐竹義敦や小田野直武は主従の垣根を越えて共に写生をしたりしていたという話もある。鎌倉幕府自体が将軍という共通の主人を形の上では頂いた御家人たちの共同体的な部分があったということもある。
そうした原初的な共同性というものは明治以降も個人的な友情関係や、戦時中の「同期の櫻」みたいな感覚、「戦友」という概念の強さとして、現代の友情の源流のようなものになっているのだろう。特に「戦友」的なものが例えば60年・70年の安保闘争にも尾を引き、それらが現代のマンガの中にも反映されている部分はあるようには思う。
こうしたものはある種普遍的なものではあるのだが、そういう物語=ナラティブが繰り返し繰り返しヒットしているのが日本の特徴なのではないかという気がする。階級格差化が進行しているとか、国際情勢の悪化などの外的な要因もある中で、これらのナラティブが日本において強い力を持っていることは決して無視することができないことだろうと思う。
直近の衆議院総選挙で、高市早苗首相が率いる自民党が圧勝したのも、同じ面があるのではないだろうか。「サナ活」とか「サナ推し」という言葉が飛び交い、左派メディアはこれを有権者の幼さの表れだと冷笑するのに余念がなかったが、つまりは若い人たちをはじめとして、国民の多くは高市さんを「仲間」だと認識したということなのだと思う。
女性初の総理大臣だというのももちろんあるがそれだけではなく、一般家庭に生まれて「女だてらに」と言われながら国立大学に通い、政治を志して松下政経塾に入って、夜の席も断って地道に政策の勉強を続け、安倍元首相ら重鎮に評価されて頭角を表し、はっきりすぎる物言いで時に波紋を呼びながら、自分の信じる正義と日本のあるべき姿を提げて総裁選で勝利し、少数与党の困難の中で好機を逃さず勝負に打って出た高市さんを、若い女性だけでなく多くの国民がある種の理想的なロールモデルとして受け入れたからこそ、このような地滑り的な大勝を収めたのだろうと思う。「学者3代目だからといって恵まれてるとかいうな」とか「翻訳はセレブバイトが多いとか批判するな」というような人たちとは違うのである。
日本人の7割はヤンキーで3割はオタクだというような言説があるが、共通しているところは「マンガを読む」というところだろう。だからそこで繰り返し語られるナラティブが日本人のメンタリティに影響していないはずはないのである。左派インテリの弱点はそこから疎外されていることであって、その一角である出版界においてもマンガを低俗なものだと呪いながら、マンガの売上でなんとかその他の出版も維持されているというのが現状であるわけで、だからこそさらにマンガを敵視する視点も生まれてきてしまうのだろうなとは思う。
左派インテリがどうしても「民衆=国民」を理解できず、意味不明な陰謀論で国民を語ったり果てには罵倒したりするのも彼らがマンガというナラティブ世界から追放された、いわば「楽園追放」の状態にあるからではないかと思うので、彼らがそれを受け入れ再び国民と歩むことができるようになるのかは、そこにかかっているのではないかという気がしたわけである。
考えてみると高市首相がドラマーでもあり、韓国の李在明大統領とドラム外交を繰り広げたのは、ある種の象徴かもしれないと思った。リューマチの持病もあるし警備上の事情もあるから色々難しいとは思うが、ドラム演奏やバイクや車の運転などの趣味も楽しむ心の余裕も忘れないでもらいたいとも思う。
総選挙の高市内閣大勝と予算の年度内成立/「期待される日本」になってきた/ポッドキャスト/「シテの花」:父親の取り合いという情念溢れるドラマ/年齢不詳/noteの「いいね」と「ビュー数」
Posted at 26/02/14
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2月14日(土)晴れ
昨日は午前中母を岡谷の病院に連れて行く。昨日はなぜか病院も空いていたし診察も治療も順調で、トラブルなく帰ることができたのでよかった。母の車椅子を押していたら近くに座っていたおばさんに「いいご夫婦ですね」と言われたので「母です」と言ったのだが、母は90を超えているし私は母が26の時の子供なのだが、母が若く見えたのか私が老けて見えたのか。最近時々そういうことを言われる。まあ母はまだ髪が黒いところがあるが私は真っ白なので、そういうふうにも見えるのかもしれないと思った。若い頃は妹と歩いていると「お姉さんですか」と言われたものなのだが。
近くのスーパーで買い物をし、母を施設に帰してから近くのドラッグストアでトイレットペーパーを買って施設に届け、家に戻って昼食。帰ってから朝のnoteの更新で終わっていたのをブログの方も更新した。最近は比較的noteの「いいね」が増えていて、8日間連続で10を超えている。ビュー数も一日600を超えているので2012年ごろかな、ブログでアクセスが平均500行ってた頃を思い出すのだが、まだこのあたりに壁があるのかなと思う。フォロワーさんが633なので妥当と言えば妥当なのだが、Twitterの方は最近ようやく900に戻しているけど個別のツイートのアクセスは二桁止まりということも多く、まだまだだなと思う。一時期の騒動で鍵をかけた方のアカウントはまだ3000フォロワーあるのだが、もうしばらくは様子を見ようと思う。
こちらは日記形式で書いていて、それは2000年ごろにウェブ日記で書き始めたのが私のネットの初期の発信だったので、それが今でもスタイルとして残っているということなのだけど、一つ一つの記事の内容を一つに絞って書いた方がいいのかな、ということはあるのだが、そうすると毎日一つというのは縛りが大きすぎるし、いくつも書きたいことがあるけれどもそれだけで一つの記事にするにはボリュームも首尾も足らせられない、ということが往々にしてある。だから今のように毎日いくつかの話題を取り上げるというスタイルにしているのだけど、これは時間に追われながら尚且つ言いたいことはとりあえず一通り書く、という書き手の呼吸としてはそれなりに良いのだが、読み手にとっては雑多な印象になるだろうなとは思っている。ただ執筆を生活のメインにするには収入的に無理があるので、その辺の工夫をしている暇がないという感じになっている。痛し痒しである。
夜は仕事が終わって帰ってご飯を食べて少し横になったらうたた寝をしてしまい、寒かったので入浴してから寝た。金曜の夜は寝るのはフリーレンを見てからにしたいのだが、昨日は体力的に難しかった。
***
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026021300996&g=pol
8日の衆議院総選挙が自民党の圧勝に終わったのを受けて、18日から特別国会が開かれるが、特別国会では首相指名選挙に続いてそのまま施政方針演説など政府4演説、各党代表質問と続いて来週後半ないし3月頭から予算審議が本格化ということになるのだろう。高市総理としては超短期決戦で衆院選挙をやったのは中道が態勢が整わないうちにというのもあっただろうが予算審議の時間をなるべく確保して年度内に予算成立を図りたいというのはあったと思うので、迅速な審議を求めて行くのは当然だろうと思う。
ただ自民党が大勝しすぎて自民党内にも非主流派・反主流派が大勢いる情勢になったこと、また特に中道(というより元立憲民主党)が壊滅状態なので国会審議の態勢がなかなか整えられないということもあり、返ってモタモタしてしまう感じになっているようである。
予算を年度内に自然成立させるのはもう物理的にほぼ無理なので、参議院でも予算が可決されなければ年度内成立は難しいが、当面は迅速な予算審議だけでなく暫定予算も詰めながら国会に臨んでいくということになるのだろう。高市さんはスピード感を重視する人に思えるので日程がなかなか前倒しできないことにイライラしているのではないかという気はするのだが、衆参両院の議員たちだけでなく多くの官僚や事務職員を加えれば数千人の人が関わって行くだろう予算審議を慣例よりもスピードアップして進めるのはそう容易いことではないようには思う。野党や党内野党の人たちだけでなく、高市内閣の方針に反感を持っている官僚たちなども少しだけ消極的反抗をすれば審議を遅らせるくらいのことはできるわけで、小泉元首相のように「小泉内閣に少しでも反対する人は全部抵抗勢力」みたいなある意味強権的なやり方はできないしやるべきでもないから、なかなか困ることもあるだろうと思う。
今回の予算は既に石破内閣の元で概算要求が始まったものだから本格的な高市内閣の予算ではないので早く処理したい思いはあるだろうと思うが、焦って小池百合子さんの「排除します」発言のような強権的と見える発言をしないようには気を付けてもらいたいと思う。
それを考えるとある程度は暫定予算を用意しなければならないのは当然で、アメリカのようにしばしば政府機能停止というわけにはいかないから、それは両面から進めていって貰えばいいと思う。まあ特に言えるのは、焦りは禁物だ、ということだろうか。
https://x.com/russianblue2009/status/2022151421035229450
ただ、経済市場の様子を見ていると、高市政権大勝で株価が上がるのは予想通りにしても、為替も円高傾向が出てきて、再建も長期金利が低下(債券高)の傾向になっていて、「高市政権=積極財政=財政悪化=円安債権安」の等式が崩れつつあるのも興味深いと思う。考えてみたらG7や国連安保理常任理事国の国々、つまりは「大国」の中で、日本ほど政権基盤が安定し、対外的にも問題が少ない国はないわけで、一時期の中国の強硬姿勢もレアアース輸出も解禁されたり中国の漁船拿捕にも強硬な抗議がなく、日本との軋轢を避ける傾向に出ているので、そうした状況を踏まえると「日本買い」はある意味当然である気はする。安倍元総理は「Buy my Abenomics」とよく言っていたが、高市総理も期せずしてSanaenomicsが買われているわけで、環境は整いつつあるということはあるだろう。
というか、いろいろな意味で日本は再び期待されるようになってきている感じがある。総選挙の前から、台湾では高市総理の対中姿勢が高く評価されていたのはもちろんだが、韓国でも「右派政権」に対する警戒感がドラム外交で緩みつつあり、アメリカは高市政権支持を異例なまでに打ち出しているし、イギリスやイラリアの首相も来日し、フィリピンなどの中国との間に問題を抱える国も日本に接近しようとしている雰囲気がある。経済だけでなく外交や安全保障の面でも、日本が再び注目され、見直されている感じがあるわけである。
https://mainichi.jp/articles/20260213/k00/00m/010/203000c
ヨーロッパで高市首相がどの程度評価されているかはわからないところもあるが、ウクライナとの友好議連の会長でありロシアから永久入国禁止を突きつけられている麻生派の森英介議員が衆院議長に就任する方向のようなので、これがそれなりにインパクトを持って受け止められるのではないか、という気はする。
「日本はやりそうだ」という期待感が高まるだけでなく、違法な外国人の取り締まりなども進んでいるようで、タガが緩んだ日本社会という印象も少なくなっている感じはする。内閣が変わるだけでこれだけの変化が起こるのだというのはすごいことだとは思うが、その最も期待の根源は、高市さんが周りを戸惑わせるほどの「やる気」に満ち溢れているからだ、ということなのだと思う。
健康に気を配り、焦らずに大きな仕事をやり遂げてもらえると良いなと思う。
***
現在の民主主義というのは保守派が担っていて、それを破壊しようとするのがエリート主義の左翼であり、また話し合いも拒否し原理主義的な主張を押し付け反対者には暴力的に振る舞うwokeやいわゆるしばき隊が民主主義を破壊しようとしているという雰囲気は、多くの若者が感じ取っているようには思うのだが、その辺りのところを書くのはもう少し用意が必要な感じがするので、また改めて書きたい。
***
マンガに関しては昨日聞いたポッドキャストが面白かった。
https://note.com/hap_pia58/n/n05ef52aceddb
「ふつうの軽音部」について語っているのが面白かったのだが、語り口もよくこういう発信の仕方もあるのかと感心した。繰り返して2回も聞いてしまったが、他にも「ハイスコアガール」について語っているのも良かった。私もいろいろ工夫したいと思う。
***
あとマンガについて一つだけ書いておくと、今日更新の「サンデーうぇぶり」の「シテの花」55話が大変良かった。
https://www.sunday-webry.com/episode/12207421983383916914
錬成会の名の下にお能のシテ方の流儀の家元の息子である至龍と家元の弟である理事長の息子の世鳳(よだか)が采配を振るって二組に分かれて技を競う催しになっているのだが、ついにクライマックス手前の世鳳の舞台になっている。舞台の舞と謡に合わせてそれぞれの演者たちの今までの歩みや心の中が吐露されて行くのだが、今まで腹が見えなかった世鳳がついにその重い情念の由るところを吐露したのが、ある意味衝撃的な内容だった。
実父である理事長サイドに立ってその野望のために動いているように見えて、実は家元を心の底から慕い、天才児らしく勝手に振る舞う至龍に嫉妬して、家元を真に支えていこうという強い気持ちを持っていて、「あなたの息子に生まれたかった」と心情を吐露(もちろん舞と謡でであり言葉にするわけではない)するのだが、こういう情念というのは言われてみたら文学などではどこかで読んだ気もするが、マンガで表現されたことは初めてなんじゃないかと思った。
つまりはこの錬成回における対立は至龍と世鳳の「父親の取り合い」なのであり、ふつうに考えれば世鳳の負けが最初からわかっている戦いになるわけで、その辺りがなんともまた情念が濃い。主人公の琥太朗はそうした「人の思い」を鏡のように映し出してしまう能役者なので、それがどのように影響するのかはわからないのだが、この「対決」がこんなに盛り上がるとは思わなかったので、凄いと思ってとりあえず書きたいと思ったのだった。
能に興味がある人にも、マンガに興味がある人にも、人間ドラマに興味がある人にも、おすすめできる作品だと思う。
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